最前線でお茶を飲む③
「……ったく、先ほどから聞いていれば、人が一生懸命戦っている最中に他の女を口説くのをやめてくださるぅ?」
ダダダと足元に降り注ぐ炎の槍の雨をバックステップでかわしながら、エルミナがこちらに接近し、また離れていった。
「わっはっは、罪作りよの。我は全ての不敬を許すぞ。懐が深いのでな」
エルミナを追いこもうとした魔王が、闇魔法のカウンターにあって後退する。
……この二人、今のを言いたいがためだけにこっちの近くに来たな。
というかよくあれだけ戦いながら聞いてたね。
間合いを詰めに来たエルミナを待ち構えていたように、魔王の水魔法の檻が展開する。
昨日私が溺れさせられたのと同じ形式の魔法だ。これに闇魔法は打てない。
エルミナの身に着けていた魔石が、それらを打ち消した。
「エルミナ……!」
思わず賞賛の声が漏れる。
おそらくは今のは魔法大会のご褒美にロス先生からもらったものだろう。
紫紺等級の魔石のはずだから、「王家の加護」ほどの魔法無効の力は作れないはずだけど、あるいは対水属性に限定することで成立しているようなものかもしれない。
こういう対策を準備しているあたりが本当に偉い。私だったら今のは防げなかった。まさに「エルミナの指輪」だ。
「魔王からは許可をもらったので、一応お父様の方にも確認しておこうと思うんですけど、そのうちエルミナと結婚してもいいですか? いや、しないかもしれないけど、その可能性の方が高いとは思うのだけど、ご存命の間に許可だけはもらっておこうと思いまして」
王妃と話し込んでいる間、随分と放置してしまったので、礼儀として一応宰相にも話しかけておこうと思った。
「……それは君とエルミナが決めることだろう。私の意見は関係ないのでは?」
「それもそうですね。今そこであなたのパートナーと娘さんが殺しあっていますけど、どちらを応援していますか? 王妃様は魔王を応援されているようですが」
宰相が持ち上げていたカップに口をつけずに受け皿に戻した。
「どうだろうか。かつては妻を乗っ取った魔王を殺すことばかり考えていた。あの手から娘たちを護りたいと考えていた。それがせめてもの妻への償いだと考えていた。だが、最近になって思うこともある。この地平に妻を最も理解している者がいるとすれば、それは私でも娘でもなく、あの魔王なのではないか、と」
主張性のないふにゃふにゃした回答に、この人への興味が紅茶よりも早く冷めていくのを感じた。
「……つまりどちらも応援していないし、どちらも応援している、と。まあいいんじゃないですか。エルミナも魔王様も、あなたからの応援に価値を感じるとは想像しにくいですし」
王妃様はきちんと話に応えてくれた。互いに譲れない方法論がありながらも、私たちは互いを理解しようとはしていた。魔王ですら、時おり私を香ばしく焼き上げながらも、互いの利益の着地点を探ってくれていた。……極めて独善的ではあったけれど、それでもだ。
だからこの人ともなにか話せたらと思ったんだけどな。
だって、このホール内の何人かはおそらく明日にはもう生きていないんだよ?
思想の乗らない上辺だけの言葉をやりとりするフェーズじゃないでしょう。
私を対闇魔法の部屋で魔王と対峙させたのも、そんなにふにゃふにゃした意志だったの?
「辛辣なことだ」
「頭から紅茶をかけていないだけマシですよ」




