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最前線でお茶を飲む①

「あなたはそこでお茶でも飲んでいてくださいます?」


 エルミナがローブを脱いで、手首の準備運動をしながら口にする。

 確かに、人間形態と魔王形態の二連戦があるとしたなら、二人で一緒に二戦やるよりも対人間と対魔王で役割を分担してリソースを注ぎ込んだ方が良さそうに思える。


 なぜならネココの店で作ってもらった私たちの杖には、しばらく魔法の色が残るから。

 聖魔法のあとに聖魔法を撃つのと、闇魔法のあとに聖魔法を撃つのでは、前者の方が威力が高いのだ。


 じゃあそれでどちらがどちらの役割を担当するかとなると、得意な方、つまりはエルミナが対人間態、私が対魔王ということになる。おそらく合理的だ。闇魔法は対人に本当に強いからね。


 一歩下がって、どうぞ、とエルミナに道を譲った。


「あら、あなたがわたくしの従者らしい振る舞いをするのって初めてではなくて?」

「そうかな? そうかも。私も今や公爵令嬢ですけどね」

「それはそれはありがとうございます。ステラ様」

「お気になさらず。エルミナ様」

「わっはっは、仲が良い!」と魔王が口をはさんできた。

「そうなんですよね。私たちって結構仲が良くて」

「あなたは、わたくしのお母様にちょっとフランクがすぎるのではなくて?」

「……そうかな?」

「そうですわ」

「わっはっは、我は気にせぬぞ。我らは熱い一夜を共にしておるゆえな」

「言い方!」

 熱かったのは私だけなんですけど。


 エルミナからじとついた視線を感じる。


「一つ伺いたいのですけれど、あなたはいつからわたくしのお母様に成り代わっていまして?」

「その問いはそこの宰相の尊厳のために勘弁してやれ。一つ答えるならば、お前を育てたのは我である。泣き喚く赤ん坊のお前を手ずからあやしたこともあるのだぞ」

「……そうですか。でしたらわたくしの記憶にある母は、きっとあなたなのでしょう。ここまで育ててくださり感謝いたします」

「それはこの身体の元の持ち主にするとよい。あやつのおかげで、我はお前が十六になるまでお前を殺すのことができなかったのであるから」

「……あら、もしかしてわたくしが十五のうちに死んでいたとしたのなら、契約違反であなたを道ずれにできましたの?」

「それはなかろう。我は娘をそこまで弱く育てた覚えはないのでな」

「しかし、そうしてわたくしはあなたを殺しに来たのですから、皮肉なものですわね」

「そうか? 我はこうしてお前と偽りなく話せて楽しいぞ」

「……もっと以前から、こうして話せていたらとは思いますわ」

「許せよ。あやつの契約の複雑さがついぞ我には紐解けんでな。お前にかける言葉一つで自覚なきままに滅す可能性もあったのだ。剣も魔法もろくに扱えぬくせに、論理一本で我をあそこまで縛り上げるとは、いやはや、この地平に真の化け物なる存在があったとするならば、それは我ではなくセレーネ・ミーレ・ツー・グルナートであっただろうよ」

「……覚えておきますわ。ありがとう」

「さて、楽しい親子の会話でお前の殺意が少し鈍ったところで、殺し合いを始め――」


 魔王がそう言い終わるよりも先に、エルミナの魔法陣が魔王の頭上に展開し、闇魔法が降り注ぐ。


「わっはっは、やはり我が育てた娘であるな。勝つために必要なことが分かっている。かわいいぞ!」


 闇に合わせた爆炎の中から、魔王の元気な声が響く。

 二人の中間地点で闇と炎が爆ぜた。

 エルミナが駆ける。

 その一歩目の跳躍力で、身体機能が最高まで引き上げられていることが分かった。


 細く、針のようにまっすぐ伸びてくる無数の炎線の一つが、回避するエルミナに掠った瞬間に青く爆ぜる。たぶん拷問で私に使っていた魔法だ。


 エルミナが陰から闇を編んでいく。

 魔王の足元からエルミナの闇が生える。

 魔王が跳んでそれを回避する。

 その頭上を覆うように、粗目の闇が魔王に降り注ぐ。

 魔王が炎で焼き尽くす。

 エルミナを取り囲むように周囲に八つの魔王の魔法陣。

 エルミナもまた、八つの魔法陣で魔王を取り囲む。

 ほぼゼロ距離からの魔法の相発射。

 両者が展開したうち半分の魔法陣を防御に回す形で、合わせて十六の魔法が相殺された。

 二人の周囲の空間を、床を削り取った闇と燻る炎が彩っている。


「やるではないか。あやつにてんで似ておらぬ」

「まあ。お母様に認められたのは初めてですわね」

「壊すには実に惜しいよな。我と契約せぬか? その身体を譲ってくれるのならば、そこの聖女と宰相は苦痛なく殺してやろう」

「それは、わたくしになんのメリットが?」

「愛に利得を求めるとは、無粋な娘よ」

「魔王に語る愛がありまして?」

「あやつから学んだからな。愛とは、献身と自己犠牲と依存と執着をないまぜにした耳障りの良い修辞表現であろう?」

「その程度の理解でよくもまあ、十数年も人間に擬態できましたわね」

「わっはっは、人間存在に対するこの理解の浅さこそ、いかにも人間らしいとは思わぬか」

「……ったく、さぞやステラはあなたと気が合ったことでしょうね」

「……ごほっ……私!?」

 先ほどまで魔王が座っていたテーブルで、優雅にお紅茶を飲みながら観戦していたところに急に矛先が飛んできて、思わずむせてしまった。


 何事もなかったかのように二人の戦いが再開したので、斜め向かいの宰相に声をかけてみる。

 テーブルには、王妃、宰相、私という不思議な組み合わせだ。


「お注ぎしましょうか?」

「いや、結構」と宰相に断られた。

「王妃様は?」

「いただきますよ」


 王妃と自分の分だけ紅茶を注いだ。

 私は魔王の使っていたカップを勝手に使っている。過去生で受けた礼儀作法の授業を思い返してみても、「王宮では王妃との茶会に魔王のカップを使い回してはいけない」と教わったことはないはずだ。


 火魔石の組み込まれたポットは、適切な温かさに保たれている。

 エルミナが好んで飲んでいるのと同じ香りだった。口内でその温かさを楽しみながら、きっとこれはグルナート家の味なのだろうと思った。

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