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新しいゲーム

 首の両断と引き換えに放った闇魔法で、首切人の片目を削り取れた……と思う。


「…………アハハ、化け物」


 首切人がそう言って嬉しそうに口角を上げる。


「いい腕ですね。それに刀だ。もしかして剣聖だったりします?」

「……剣聖一位、イオリ」

「ごきげんよう。ステラ・ツー・グランスです」

「よろしくね。てか、首を斬った相手に名乗られるのは初めてだよ」

「それは奇遇ですね。私も首を斬られた相手に名乗るのは初めてですよ」


 平静を装うが、内心ドキドキで心臓が破裂しそうだ。


 練習はしていた。

 セイラに腕を斬り落とされてくっつける練習。

 だけど流石に首でやったことはなかった。

 頭と胴が分離する前に、血が噴き出るより前に光魔法で引っ付ける。

 理論上は可能――。

 だけど、剣聖の腕がもう少し悪くて、あるいは刀が手入れされていない鈍らだったなら、一瞬で修復できるほどの綺麗な断面にはならなかっただろう。

 あるいは、斬首される瞬間にのみ浮かび上がる、あの真っ黒な感覚を私が知らなければ……。


 つまりは割と奇跡的な、それこそ紙一重の生還だった。たぶん二度目はない。

 ――そういう考えを一切表に出さずに、優雅に、不気味に、何度でも使える技術であるかのように振る舞うことを心掛ける。


「セイラがいないのは残念だったけど、案外楽しめそでうれし」

「ところでスレイの次期皇帝候補がなぜこんなところにいらっしゃるか伺っても?」


 いつの間にか現れていた女に尋ねる。剣聖一位と同時に現れたことから、この人が第一皇女であることが推察される。


「国王様がお亡くなりになったのですから、弔問するのは隣人として当然のことでしょう?」


 その、ただの言葉は、抜けるような、穏やかな、響くような、甘く揺さぶられるような、人間を狂わせる類の、不思議な説得力のある発話だった。中身のない今のたった一言で、確かにこの人は皇帝に相応しいかもしれないなとなぜだか感じてしまう。


「国王様を殺したのは、そこの宰相夫人に擬態している魔王なのですが、その情報は把握されていますか?」

「あら、そうなんですの? まあ、わたくしは魔王にも犯人にも興味がありませんからね」

「でしたらほんの少しの間だけ、傍観していていただけませんか? 私はそこの魔王と決着をつけますので。紅茶を淹れますね」

「でしたらお紅茶にあなたの眼球を浮かべてくださる? ちょうど喉が渇いていたから、嬉しいわ」

「……………………」


 剣聖一位の片目を潰したのだから、要求を通したければ相応の対価で誠意を見せろ、と言われている。

 いや、ここで少しでも悩む素振りを見せてしまえば、きっとこの場を支配される。

 現状、魔王とカトレアと剣聖一位の三人を相手にして、私たちが生還できる可能性はゼロだ。

 それよりは、片目を失ってでも、剣聖一位には静かに座っていてもらう方がまだ勝ち目がある。

 短刀で左の眼球を抉る――。

 影。

 足元を縫ったエルミナの影が第一皇女を狙い、剣聖が魔法を斬る。


「わたくしのものを、勝手に損なわないでくださいますぅ?」

「お元気なこと。お紅茶なんかより、この女の血が飲みたいわ。イオリ」

「ミヤ、本当に飲む? 飲まなくね? 前もそういって飲まなかったよね?」

「飲まないわよ。穢らわしい」

「なら別の言い方をして」

「ごめん。あの女を斬って」

「おっけー」


 剣聖一位(イオリ)が刀を抜いた。

 エルミナが前に出る。

 ということは私がカトレアとやる感じね。

 まあ、私のカトレア戦におけるこれまでの勝率百パーセント。勝ったことしかないからな。

 しかしそうなると私たちの戦う様を魔王が優雅に観戦する形になってしまう。

 というか、この状況が作れるからこそ、逆に魔王がこの場にいるのか。

 王妃が魔王のために紅茶を淹れている。

 脅されている、というよりは魔王のお世話ができることを喜んでいるように見える。

 魔王のことを「お姉さま」なんて呼んでいるし。

 その状況を、近衛騎士たちはなんとも思っていないようだ。

 すなわち、あちら側はすでに〈魔王〉に支配されているということか。


 カトレアがこちらへ歩みを進める。

 杖を構える。

 カトレアが剣を抜く。そのまま、剣聖一位の方を向いた。


「……………………?」


 時間差で、魔王の護衛たちが頽れる。


「感謝します、ステラさん。私があの女と交わした契約には、あなたの生命に関わる条項が含まれていました。ですがどうやら、あなたの首が一度両断されたことで、条件が満たされたようです。私は自由に動くことができる。今、私の柄は私が握っている」


 カトレアの剣が燃え上がる。


「――火剣」

「……っ! イオリッ!」


 豪炎が六つの部屋をぶち抜いて、皇女と剣聖を屋外まで運んだ。


「剣聖は私が抑えます。お二人はどうぞ、ご随意に」

 カトレアが、二人を追って消えていった。


「……………………」

「…………………………」


 魔王と目が合った。


「ごきげんよう、魔王様。久方ぶりですね。……あれぇ、強い人たちがみんな急にいなくなっちゃいましたけど、なにか計算違いがあったりしました?」

「わっはっは、分かるぞ。挑発したいのだろう。お主は我に逃げられると困るものな」

「契約に縛られる魔王様は私たちを攻撃する手段がないんじゃないですか? そんな顔してても分かりますよ。実は人生最大のピンチなのでしょう? ふふ、かわいいですね」


 魔王はおそらく本当に契約のせいで私たちに攻撃できない。剣聖やカトレア卿を使えたのは、魔王の攻撃意志ではなく、利害関係によって自らの意志で私を攻撃している、という判定が入るからだったのだと思う。

 だから今の私たちは本当に魔王を殴り放題だ。

 だけど唯一怖いのは逃げられること。

 逃げ切られてどこかに潜まれるということは、ユナちゃん殺害の大きな機会を与えてしまうということになる。私たちが今されて一番嫌なのはコレ。つまり魔王が今取るべき行動はコレ。

 ではなぜ魔王は即座に逃げないのか。

 おそらく私たちに抵抗できない今、逃げきれない可能性を考えている。


「………………………………」

「………………………………」


 聖女と魔王の視線が交わる。


 私とエルミナは、逃げられさえしなければ魔王を殺せると考えている。

 魔王は、契約さえなければ逃げずとも私たちを殺せると考えている。


「……するかぁ? 契約」


 エルミナが年を重ねたならこんな感じになるんだろうな、と思わせる悪い笑みを魔王が浮かべている。


「いいでしょう」


 契約は、互いが自己の利益を信じるときに結ばれる。


「魔王との契約である。『現時点で王国法が規定するところのエルミナ・ファスタ・ツー・グルナートとステラ・ツー・グランスの両名は魔王との間に生じたこれまでの一切の予言・契約を破棄することで、以下の新たな契約を得る。魔王はエルミナ・ファスタ・ツー・グルナートまたはステラ・ツー・グランスの存命の間に限り、生存者のうち最も近い者の心臓を中心として馬身原器の定めるところの百馬身以上の距離を離れることができない。同様にエルミナ・ファスタ・ツー・グルナートとステラ・ツー・グランスの両名もまた魔王を中心として百馬身以上の距離を離れることはできない』」

「契約」

「しますわ」

「わっはっは、不遜にして愉快!」


 カチン、と奥歯の裏で剣が交わるような冷たい契約の感触。

 これでまたゲームが変わった。

 私たちと魔王、どちらかが死ぬまで殺しあう。

 どちらも逃げることはできない。

 やってやる。

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