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契約はあなたに死をもたらす

 激しい縦方向の揺れに起こされた。


「エルミナ様、起きました」

「おはようですわ」


 合わない焦点を合わせる。

 冷たく湿った細いトンネルの中を這うように進んでいた。

 どうやらこの縦揺れはレイの背中を通して伝わってきているものらしい。

 それでようやく、あの対闇魔法の部屋から救出されて逃走中なのだと気が付いた。


「エルミ――」

「舌を噛みますわよっ」


 身体がぐんと揺れる。

 足元がぐんと隆起して、上方に押し上げられていた。

 そこでレイの背中から降ろされる。

 どこかの小屋のようだった。


「えっと、状況説明ですね。まず私から。魔王――エルミナの母親の狙いはユナちゃんを殺すことです。紆余曲折のなんやかんやの末の結論として、ユナちゃんの魂を消し去ることが、魔王に自由を持たらします。逆にいうと、今の魔王は破壊可能です。だけどユナちゃんが死ぬと破壊ができるかどうか分からなくなります。魔王は今の地位や肉体に固執してはいません。王国の支配などには興味はなさそうでした。魔王は私とエルミナに身体的な危害を加えられません。そういう契約があります。以上です」

「次はわたくしですわね」


 おそらく様々な疑問をいったん脇に置いて行われるエルミナの現状説明を、差し入れてもらったパンに塗りつけたジャムとバターをこれでもかと舐めながら聞いていく。

 スラムと平民街の住民を避難させて王都の内外に魔物を放ったこと。王宮の裏の森が大炎上中であること。騎士団や魔術師団はそれらの対処に出ており、王宮内は手薄になっていること。

 ミルクたっぷりの紅茶をごくごくと飲み干した。


「ありがとうございます、ふふっ」


 あまりの無茶苦茶さに、逆にちょっと元気が出た。

 私が魔王と取引した史上最も愚かな聖女だとしたら、エルミナは魔物を使って王都壊滅を目論む史上最も悪質な公爵令嬢かもしれない。


「つまり魔王がユナを殺すのが早いか、わたくしたちが魔王を殺すのが早いか、ということですわね」

「ユナちゃんは今どこに?」

「さあ」


 ということは、魔王もユナちゃんの居場所をまだしばらくは特定できないはずだ。良かったと考えよう。


「魔王は現在、王宮内に王妃やお父様と一緒に籠っているはずですわ。魔王に瞬間的に移動する能力がない限りは」

「今の魔王はただのめちゃくちゃ強い魔術師という感じです。火と水は使うところを見ました。〈契約〉という魔王的な、人間に行動を強制させうるスキル――エルフの〈掟〉みたいなやつです――はありますが、双方合意の上で成立するものなので、私たちがそれをかけられる心配はしなくていいと思います。ただそれによって魔王の命に従わざるを得ない状況になっている人間に攻撃されることはあるかもしれません。でもその人たちも、私とエルミナには攻撃できません」

「あなたそれ、結びましたわね。契約を」

「完全にミスりました。でももうデメリットは完全に吐き出した後なので、あとは攻撃されなさを楽しむだけです。私とエルミナは、魔王を一方的に殴ることができます」

「防御もされませんの?」

「……されます。すみません、ちょっと盛りました」

「正確におっしゃいなさい」

「……………………。魔王は直接間接に関わらず、現時点で王国法が規定するところのエルミナ・ファスタ・ツー・グルナートとステラ・ツー・グランスの両名を肉体の面において加害・加虐しない。加害性・加虐性の判定は、エルミナ、ステラが各自で行うものとする」

「契約魔石と同じと考えるのならば『直接間接に関わらず』の部分がおそらく肝ですわね。抜け道があるのではなくて?」

「私から言っておいてなんですけど、解釈ゲームはやめた方がいいです。たぶん魔王に自死させられた人たちは、みんな確信してハメにいった瞬間に裏を取られてます。あの対闇部屋で私がもう少し賢ければ魔王を詰められた可能性もあったとは思うんですけど、結果的には完全にミスりました。すみません」

「まあ、あなたがそう言うのなら、そうなのでしょうね。でしたら基本的にはやることは変わりませんわね」

「油断をせずに、魔王を殺す。今日、今から殺す。絶対に殺す」

「あなた、コンディションは大丈夫ですの?」

「なんだかんだ魔王とはほとんど会話しかしていないですからね。なんならさっきまで眠っていた分、捕えられる前より元気なまであります。一応、エルミナとの結婚の許可ももらったし」

「………………はぁ?」

「や、本当に。………………本当だって」

「…………一体、魔王となにをどう話したらそうなるのかしら」


「あー、盛り上がっているところ大変悪いんすけど、騎士団の見回りが来ます」


 窓に張り付いていたレイがこちらを見た。


「レイはどうしますの?」

「見かけだけそこの穴を埋めて、いったん戻ります。流石に今日はもう魔力が持たないっすね」

「そう。感謝しますわ」

「レイ、ありがとう」

「お二人が上手く見せつけてくれると、私もレッカ様を口説きやすくなるんですから、死んだら駄目っすよ」

「がんばります」

「当然ですわ」


 レイが来た穴から戻っていった。

 フード服に着替えて顔を隠す。


「行きますわよ」

「行きましょう」


 ――魔王を殺しに。

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