最初の舞踏会
今日はアルス王立魔法学園の入学式だ!
こんなに入学式を楽しみにしていない学園生も珍しいだろう。
いつもなら「よっ! 聖女様!」とわざとらしく見送ってくれる下層の人たちも、今回は「聖女」と呼んでいいのか掴みかねているらしく、なんとなく距離感がよそよそしい。
加えて先日のエルミナ様からの呼び出し。当初の目標、「悪役令嬢からは距離を取る」とはなんだったのかという感じだ。
たぶん教会に呼び出されたあれは牽制というか見物というか品定めというか接敵というか、そういうやつだったのだろう。
「夜」がね、人生八回目の私だって「なんだそりゃ」と思うぐらいだから、エルミナ様が呼び出してみたくなっても不思議ではない、と思う。逆にエルミナ様以外に呼び出されなかったのが不思議なくらいだけど、きっと呼び出したかった中で一番高位なのがエルミナ様だったのだろう。
入学式では、そんなエルミナ様が入学生代表の挨拶を行っている。
これは鑑定式のあとに貴族校にのみ行われた筆記試験の結果を参照して選ばれるものらしい。
我ら平民は筆記試験を受けるほどの学がないから、そもそも試験を受けさせてもらえない。校舎も違えば、入学式にも呼ばれない。入学後もひたすら魔石を加工したり、インフラ活用する実習を受けたりするという話だから、もうほとんど別の施設と見なしていいだろう。
すなわち、この場にいる平民は私と遠くのスペースにいるジルや貴族の従者たちだけで、他は全員貴族ということになる。制服は同じだから視覚的には溶け込めているはずだけど、社交界を経ている貴族の子たちは誰かしら顔を知っている相手がいるから、消去法で誰も顔を知らない私が浮き彫りになっている。なんか「ヨルノ」と呼称されていた。ちなみに私はお前らの顔と名前をそこそこ知っているんだからな!
入学式が終わると、パーティが開かれる。こちらは同学年になったエディング第二王子はもちろん、卒業生のヨハン第一王子、その婚約者で学園の現生徒会長でもあるソフィ様も出席される。
このソフィ様は四大公爵家の一つウォルツ家のご令嬢で、父は財務大臣、将来は王妃様、四属性にない「雷」の魔法を使うなど中々にすごい人材である。風貌も美しい剣のような、あるいは雪原に咲く一輪の花のような凛とした佇まいがあって、いわゆる完璧超人だ。
ただ私が知っているすべてのループにおいて、この人はもうすぐ死亡する。死因は馬車事故、転落死、焼死など悲劇的なものばかり。転生者やループ者ではないという結論は出ているけれど、どこかの誰かさんに似ていてシンパシーを感じずにはいられない。
仮にこの世界に「運命」というものがあるとするならば彼女はその体現者であり、逆に「運命」でないならば誰かが事故を装って彼女を殺害しているということになる。私としては後者の方が望ましいのだが、そうだとするなら彼女を助けられるはずだから、これは今回の小目標の一つでもある。
なんて考えながら壁際の花をやっていたら、
「ねえ、キミ。僕と踊らない?」と声をかけられた。
「ええ、喜んで」とエスコートされてフロアに出る。
楽曲が変わるタイミングで、ダンスの輪に加わった。
「キミ、夜の聖女ちゃんでしょ」
「ステラですよ」
「これは失礼。わたくしリュカ・フォン・アラグスと申します」
なんて堅苦しい挨拶を軽快なステップに合わせてするものだから少し可笑しい。
「リュカでいいよ」
「よろしく、リュカ」
彼は宮廷魔術師長の令息で、彼自身も魔法の才能がある。普通は二属性使えたらかなり珍しいところを、彼はおそらく三属性使えるはずだ。あとぽつんと壁際に立つ平民に声をかけてくれることからも分かるように、いいやつだ。人となりというものは基本的に変わらないものだから、たぶんこの人生でもいいやつだと思う。私は彼が結構好きだ。
「お誘いありがとう。料理を食べつくすところだったわ」
「それなら僕はこのホールにいる全員から感謝されるべきだね」
「ふふ、面白い」
「キミはダンスが上手だね」
「あら、あなたに合わせているのよ」
「面白い。ならこれはどう?」
と普通にくるくる舞いにさせられた。いや、これはリュカが上手すぎるだけだから!
やがて曲が終わる。互いに一礼をする。
「ねえ、次の夜会でもまた踊ろうよ」と指先をくるくる回して彼が煽ってくる。
「ええ、そうね。楽しかったわ」
「ねえ、次は彼と踊ってあげてくれない? 陰気そうに見えるけど、友だちなんだ。剣ばっかり振ってるもんだから、いい歳してこういうのに慣れていなくてね、でもいいやつだよ」
「あなたのお友達なら喜んで」
リュカがちょいちょいと背の高い男を呼ぶ。
「ねえ、カイ。この子がカイと踊ってくれるって」
「いや俺は」
「いいからいいから。今一瞬の煩わしさと、あとでネチネチ言われる煩わしさを比べてみなよ。こういうのは僕の方が上手なんだから騙されたと思ってさ」
「いや、だが」
「ちょっとあなた。少し失礼ではないですか? パートナーを前にその言いぐさは」
「あ、ああ……ああ、そうだ。その通りだ。すまない。俺と踊ってくれるだろうか?」
「ええ、よろこんで」
リュカが去り際に「アシストありがとね」とウインクを飛ばしてきたので、「貸し一つだからね」の笑みを返してから、彼の手を取る。
「ステラです」
「ああ、そうか。失礼した。カイ・フォン・シュバルツだ」
曲が始める。
「その、違ったらすまないが、あなたは剣をされているのか?」
「あら、どうしてそう思いますの?」
「皮膚の硬くなり方で分かる。腕の筋肉の付き方も、見せるためでなく使うためのものだ」
「ん、もう。そういうことは相手を選んで言わないと叩かれますからね」
「すまない」
「いえ、私は言われて嬉しかったです。ありがとう。カイ様の手もご立派ですね」
「剣ばかり振っている。その、どんな剣を使うんだ?」
「どんな、と言われると普通の剣なので説明が難しいですが、今握られている私の手を柄だとすると、刃先が肩といったところでしょうか」
「それは少々長いのではないか? 扱いにくくないか? 丈の合わない剣は変な癖がつく」
「私は平民ですから、帯刀が許可されていません。見つかったらすぐに処罰です。つまり私が剣を扱う状況というのは、基本的に相手の剣を奪って以降の話になります。だから成人サイズの剣を扱えないと意味がないのです」
「なるほど。そうか、なるほど。だから軸がぶれないのだな」
と言っている間に曲が終わった。
「感謝する。その、こんな風に楽しいものだとは思っていなかった。俺は騎士団のところで普段稽古をしている。その、いつでも手合わせにきてくれ」
と最後までちょっと失礼なまま去っていった彼は王国騎士団長の息子である。彼も、たまに言い方が悪いが結構いいやつだ。少なくとも彼に斬られたことはない。学年だと一番剣の腕が立つだろう。これまでの人生では剣の扱いを練習してこなかったからあんまりすごさが分からなかったけど、今生では分かることが色々あるかもしれない。それはちょっと楽しみだ。
その後は壁の方で大人しくパーティを過ごした。
エルミナ様が絡んできたら嫌だなと思ったけど、平穏無事に終えることができた。
あれだけ行くのが嫌だったのに、終わってみたら結構楽しかったなと思う。リュカとカイにも会えて思いがけずはしゃいでしまった。
そう、最期がいつも悲惨だから忘れそうになるのだけど、私の人生にだって楽しかったことはあるのだ。それは星の輝きのように瞬いていたり、今はもうないものだったりもするけれど、そういうキラキラの欠片を大事にしながら生きていきたいな、と夜空を見上げて思う。
「ちょっとあんた。あんたよ!」
後ろから、肩をぐいと掴まれた。
「私ですか? 大変失礼しました。まさか初対面の方にこんなに失礼な呼び止められ方をするとは思っていませんでしたので」
「なっ」
四人の令嬢。たぶん先ほど一緒に入学した人たちだ。名前は知らない。顔は見たことがあるような、ないような。
「ご温情でリュカ様とカイ様に踊っていただいて、いい気にならないことですわね。平民」と令嬢A。
「夜の聖女とか言われて調子に乗っているんでしょうけど、エルミナ様の方がずっとすごいんですから!」と令嬢B。
「そうですわ。エルミナ様にコテンパンにされておしまいなさい」と令嬢C。
「そうですわ! そうですわ!」とこれは私。
「「「は、はァ……?」」」
これは人生からくるテクニックなのだけど、キャンキャン噛みついてくるお優しい貴族様からの言いがかりは、私も貴族側に立って同調することで「え、なに?」みたいな空気を作り出せることがある。間違っても剣や杖を握っている相手には絶対にやらないのが肝だ。
ご令嬢たちが「なにこれ」となっている間にささっと学園の敷地を出て、ジルと合流する。
「なにかいいことでもありましたか?」
「いいえ、なーんにも」
昔はちょっとした嫌がらせで消耗していた。だけど、楽しいことがあるとケチをつけてくる人たちがどの人生でもいたせいで、逆にケチをつけられると今日は楽しかったんだなぁと思うようになってしまった。だから最近は嫌がらせをされても「一生懸命生きていてかわいいね」くらいに思わないこともない。でもまあ、聖女の力で魔物から守りたい対象かって言われると微妙なところだけど……。
ともかく、そういう諸々も込みで今日の学園デビュー(七回目)は楽しかったなと思う。明日からも楽しめるところは存分に楽しんでいこう。
よーし、明日からも存分に楽しんでいきますわよ~!