エルミナ/公爵家の茶会
「――以上が、新しい我が義妹にして、今にも処刑されそうなステラが残していった作戦ですよ」
「…………作戦って、なーんにもありませんわね!」
「いやはやまったく」
レッカ・クラフトが肩をすくめて答えた。その表情に、姉のレミリアと最後に会話した日のことを思い出す。
「自分ではなくわたくしだったら、なにかできるはず。もう七日あればいろいろできるはず。だから立場を交換しましょう。……狂気にもほどがありますわ」
「私も、魔王を名乗ったくだりは新しい家族としてあの場で吐くかと思いましたよ」
「あの子って、そういうところがありますからね」
「苦労が偲ばれますね」
「その分、多くのものを受け取っていますわ」
「それで、どうしますか? 義妹はあなたが真犯人を見つけることを期待しているようでしたが」
「ステラが残した作戦は全部無視します。情報が増えましたから。それにあの場でステラが殺されなかったことがまず奇跡的でした。お父様の気まぐれに感謝ですわね」
「父君は王国法を厳守される方なのでは? 七日間は処刑されないと思うけれど」
「王国法は王国の人間に対して適用されるものであって、当然魔物には適用されません」
「あぁ……、『魔王』なんて名乗るから……」
「あの瞬間における意図は……意図は分かりますのよ。少しでも場を混乱させて正常な判断をさせず、押し切りたかったのでしょう。ええ、本当に。……なにを笑っていらっしゃいますの?」
「いや、いい関係だなと。私もあの子と同じ年に生まれたかったよ」
「それでも、わたくしの方が早くステラを見つけていますわ」
「だろうね」
「それで、レイは貸してくださいますの?」
「もちろんステラを助けるのは手伝うけれど、命までは天秤に乗せさせたくはないな。グランス家の本懐は魔王の討伐にある。それまでは無駄な消耗はしたくない」
「でしたらやはりお借りしたいですわね。〈魔王〉はわたくしのお母様です」
「…………へえ。根拠は?」
「あの場でステラがわたくしのみに伝わる形でそれを伝えました。一種の暗号だと思ってくださいまし」
「……あは。なら、信じますよ」
「わたくしもそうでなかったら信じませんわ」
「となると、あなたは魔王と人間の子どもということになる? だから闇魔法が使える?……いや、失礼。発言を謝罪します。この議論に時間を割く価値はない」
「構いませんわ。わたくしが血統主義者だったなら、きっと今頃泣き喚いていたでしょうけれど」
「宿命的だね」
「ただの因果ですわ」
「つまり、国王殺しの犯人は宰相夫人――あえてこう呼ぶけれど――ということになる?」
「もはや犯人なんて誰でも構わないのではなくて? トップのレイヤーに〈魔王〉が居座っている以上、王国法に則り罪を晴らせばよいという単なる社会的なフェイズはすでに終わっていると考えます。殺るか殺られるかの二択ですわ」
「ステラを逃がす。そして〈魔王〉を撃ち滅ぼす」
「シンプルになりましたわね」
「うん、分かりやすい。ところでどうして宰相夫人はあの場にわざわざ出てきたのだろう。私はあまり知らないけれど、ああいった場で表に出てくるタイプではないよね?」
「予感ですけれど、ステラが『魔王』を勝手に名乗ったからでは?」
「あは」
「あの子ってそういうところがあるんですわ」
「ステラはいまどこに捕らわれているのかな」
「極めて高い確率で、王宮敷地内の外れにある地下ですわね」
「魔王を自称する危険人物をわざわざ足元に置いておくなんてことがある?」
「わたくしも、あんなところにあのようなものがあるなんて驚きましたけれど、実際にわたくしはそこに囚われていました。闇魔法への対策が取られた部屋ですわ。本来は闇魔法を使う外敵から身を守るための、王族のシェルターとしての役割を想定して作られたものなのでしょう」
「なるほど。内と外をひっくり返したわけだ。……もしかしてすべての壁が竜のウロコで作られている?」
「……ったく嫌になりますわね。普通の公爵家の方は、そういった情報をどこで仕入れますの?」
「どこかで聞いた与太話を思い出しただけだよ。領内に吟遊詩人が集まってくるような酒場を作っておくといい。ほとんどは創作だけど、たまにこういった情報が混ざっている」
「参考にさせていただきますわ」
「ではステラが自力でそこから脱出することは不可能?」
「ですわね。少なくともわたくしは無理でした。ご丁寧に手枷や足枷から鎖まで、竜のウロコの加工品でしたから。身動き一つ取るのも難しいでしょう」
「ステラなら、足枷でなくて、自分の脚の方を斬りかねない」
「まあ。よくご存じですこと。ですが闇魔法で落とした断面は、剣などで斬られるのと違って聖魔法でもくっつきませんから、おそらくはやらないでしょう」
「どうして?」
「だってあの子はわたくしが来ると信じていますもの。その前提があるのでしたら、わざわざ自分の戦力を落とすような行為はしませんわ」
「……今後あの子の義姉としてやっていく上で一番の重労働は、あなたたちの惚気話を聞かされ続けることかもしれないな。いいですね、私もパートナーが欲しくなります」
「社交シーズンに出てこないからですわよ。それにあなたにはレイがいるのではなくて?」
「あれはなんというか、その枠ではないんだ」
「知りませんけど……。レイの魔法は竜のウロコを抜けまして?」
「土魔法の方では無理だろう。水魔法ならばあるいはとも思うけれど、私たちが地下から牢獄までたどり着くことを考えると、竜のウロコを壊しきる前に、狭いトンネル内にいる私たちの方が水没してしまう可能性が高い。それに、派手にやると気付かれてしまうのではないかな。……セイラがいてくれると話が早かったのだけど」
セイラはユナを連れて王都を出ているはずだ。契約魔石を警戒したために、当人たち以外は誰も方角すら知らない。つまりは、いつ合流できるかの予測を立てることは難しい。
「でしたらカイでしょうね」
「どなたで?」
「騎士団長の令息で学園の同級生ですわ。わたくしたちと一緒に竜を斬った実績があります」
「王国騎士団の関係者を信用できる?」
「ステラが信頼する程度には」
「なら義妹の救出についてはクリアですね。その後はどうします? 選択肢としては、その場で魔王を倒しに行くか、いったん王都を出て態勢を立て直してから出直すかの二択だろうか」
「あなたの立場としては、今すぐにでも魔王を倒したいのではなくて?」
「それはそうだけど、我々は母の代から三十年以上準備している。仮に一度退くことで討伐の確率を上げられるとあなたたちが考えるのであれば、もう数年なら問題なく待つよ」
「……あとで正式な書類を用意しておきますから、もし今回の件でわたくしが死んだなら、ファスタ領を引き継いでいただけませんこと?」
「光栄な話だ」
「実際問題として、王都から離れれば離れるほど、時間が経てば経つほど、わたくしたちは王都に戻ってくることが難しくなると考えますわ」
「だろうね。『魔王討伐』を名目に宰相が手を回してくるのだから、王国全土を敵に回すということになるだろう。あはは、義妹が『魔王』を名乗ったばかりに」
「本当に。それよりはせっかく王宮の敷地内にいるのですから――失礼。あなたの王国法解釈によれば地下は敷地に含まれませんでしたわね――、そのまま攻め入った方が早いですわ」
「当然、騎士団と魔術師団がいるわけだけど、どうする?」
「レイの魔法で建物ごと沈められませんこと?」
「あとで確認しておくけど、王宮までのトンネルを掘った後にさらにそれをするのはいささか難しいのではないかと思う。あれにも魔力という概念はあるからね」
「まあ、存じ上げませんでしたわ。でしたらその時に王宮にいる数を減らすしかありませんわね。スラムから溢れた魔物が平民街まで及んだ場合、騎士団が出動するはずですわ」
「つまり、下町に魔物を放つと。まるで魔王の配下だ」とレッカが苦笑する。
「否めませんわ」
「私は動物の死骸を使って任意の型の魔獣を作る技術を持っているけれど、そんなに多くは作れませんよ。魔阻が足りない」
「わたくしたちは大量の魔水を持っています。この水を適切に扱うことで素早く魔物化を行うことが可能ですわ」
「ああ、ああ、怖い怖い。一体何に使うつもりでそんなものを持っているのか」
「誓って、聖水を作るためですわ」
「では王宮からでも見えるくらい背が高くて、強そうで、実際のところ殺傷性の低そうな魔獣をたくさん作るといいね。人々の避難は?」
「ソフィ・フィリアの地下トンネルに避難させます。スラム出身の者たちがいますから、スラム民の案内はそちらに。平民街はメイに頼みますわ」
「その子は知っていますよ。魔法大会であなたを瞬殺していた」
「偏った情報をお持ちなのではなくて? パン屋の売り子として、下層では人気なのだそうですわ」
「いいですね。ただ、誘導するための人数が足りないのでは?」
「地下組織フィデスはわたくしたちの協力者ですわ。運用は建国祭で確認できていますから、そちらの人員を使います。混乱に乗じた略奪等への抑止にもなるかと」
「……ッ……! ああ! フェイリー・フォン・レイカーネル嬢!」
「……ったく嫌になりますわね。それも吟遊詩人におしゃべりをさせましたの? わたくしが名前を調べるためにどれだけ苦労したものか」
「単に昔誘って振られたことがあるのでね。そういった情報が欲しかったら、武闘派の集まる裏の闘技場を建てるといいよ」
「参考にしますわ」
「今回の件による損壊に対する人々への財産の補償は私がやるよ。当日壊された家屋については、グランス家が建て替え費用の二倍の補償を出しましょう。窓口を作っておいてくれますか?」
「感謝しますわ。あとで契約書をください」
「騎士団の方はそれで人数が削れるとして、魔術師団の方はどうする?」
「これはユナのアイデアですが、王都の外にも魔物をつくり、攻め込ませましょう。併せて王宮の裏の森に火を放ちます」
「……もしかすると最近は学園で習うのかな。王都の壊し方」
「ええ。出席と実技によって評価されますわ」
「やれやれ、私のころから随分と先進的になったようだ。――ただ、どれだけ数を削っても結局は三十人の魔術師団員よりも、一人の魔術師団長の方が厄介だ。問題はこれをどうするか」
「できることなら戦わずに、対話と説得で解決したいところですわね」
「最善はそれであるとして、最悪にも備えるべきだろう」
「一般クラスの魔術師が出払った後に、貴族門の内側に複数の強力な魔人が現れたなら、団長はその対処に出ていくと思います?」
「……キミと話すのは本当に楽しい。義妹の脱獄を知られる前だとしたら、可能性は高いと思うよ。キミが後継してくれたなら、きっとソフィも喜ぶだろう」
「それは少し癪ですけれど……」
「魔人を作るための人間の死体は?」
「基本的に大事なのは骨格ですわね? でしたら王都の外に埋葬用の土地がありますから、そこからお借りします。肉付けはお任せしてもよろしくて?」
「任されよう」
「ですが今回の目的は王国を壊すことではなく、魔王を討つことですから、各局面での優先順位を間違えないようにしていきたいですわね」
「魔王を討てた場合、いったん退く? そのまま王宮に居座って、目標を王国の破壊にシフトすることもできると思うけど」
「それは流石に欲張りすぎですわね。王宮の上位戦力が戻ってくれば、わたくしたちは量と質の両面においてまだ勝てませんわ。それに、宰相夫人という高い地位から魔王がいなくなることで、この王都のグロテスクなシステムを健全に解体できるようになる可能性はありますから、様子見させていただきます」
「その際には私が責任をもってキミをウォルツ家に紹介するよ」
「ありがたいこと」
そう、ステラのことばかり考えて気にしていなかったが、もし仮にグルナートの魔王性を暴き討伐できたなら、その後もグルナート家がこれまで通りの地位でいられるということはおそらくないだろう。家名がなくなるか、国外追放になることくらいは十分に考えられる。だから今後もしこの王国を変えていきたいのなら、「グルナート家公爵令嬢」としてではなく、きっと今とは別の力学に頼っていく必要がある。
だけどそれを悪くないと思えてしまうのは、きっとステラのせいだろう。
「おーほっほっほっほ、なんとなく流れで上手いことやっていきますわ~」
「……それはなに?」
「……ん、こほん。……わたくしの真似をするステラの真似ですわ」
「なるほど?」




