聖女ですが何度ループしても悪役令嬢に婚約破棄破棄されます
エルミナの処刑日がやってきた。
王宮内の広間に、王宮関係者や高位貴族が集まっている。
私は昨日グランス公爵家の養子――ターラ・ストーバ・ツー・グランスの娘となったので、義姉であるレッカ様と一緒にステラ・ツー・グランスとして会場に入ることができた。
高座には、女王と二人の王子、近衛騎士、魔術師、騎士団に捕縛されたエルミナがいる。エルミナの目と口には覆いがされていて、遠目から見ても手首に強い痣の後が見て取れた。
宰相、つまりはエルミナの父親が書状をもって現れる。
その前にエディング第二王子が立ちあがり宣言する。
「――以上の罪により、エルミナ・ファスタ・ツー・グルナート、貴女との婚約を破棄する」
色々と罪が並べられていたけれど、重要度は低そうなものばかりだった。
これは予想した通りだった。つまり殺人の罪で婚約破棄をするのであれば、記録には王子の婚約者が国王を殺したと残ってしまう。そうでなくするためには、一度どうでもいい罪で婚約を破棄したあとで、婚約者ではないただのエルミナが殺人の罪を言い渡されなければならないのだ。王族を誑かした罪で私は過去に何度も斬首になっているから、ここら辺の手順については自信がある。
「そして」とエディング王子殿下が言葉を続ける。「我が婚約者の代わりとして、同じく公爵家の令嬢であり、王国に対する貢献はなはだしい、聖女ステラ・ツー・グランスを迎えることとする」
どよめきの中、一歩前に進み出る。
「光栄です。エディング殿下。聖女として、伴侶として、王国や殿下のお力になれるよう精一杯務めさせていただきますわ」
会場はざわつくが、なんてことのないごくありふれた悪役令嬢と聖女の断罪イベントだ。
エディング王子には三日かけて根回しをした。つまり、「公爵令嬢であり聖女でもあるステラ」を好きにできて、かつ私は侍女としてネリーとリーズを王宮に連れて行く約束をした。
どういう声色・間・思考・笑い方・振る舞いがこの人に刺さるかを私は散々知っている。リーズとネリーの二人との間に起こるあらゆる行為・関係性に目を瞑るとも宣誓した。
エディング王子としては、兄の狙っていた女を横取りでき、聖女という権威も手に入れ、物わかりのいい顔が好みの女と、好いている側室二人を手に入れたことになる。
今になって悪役令嬢を正しく婚約破棄させることができるとは、なんとも因果なものだ。
「次に、エルミナ・ファスタ・ツー・グルナートの国王殺害の罪について問う。意見があれば、今この場においてのみ受け付ける」
宰相が王国法に則り儀礼的に言う。
「宰相様、よろしいでしょうか?」
あくまで形式上の問いかけに対して声を上げた私を宰相が睨む。しかし今この瞬間、私は公爵令嬢で第二王子の婚約者だ。発言は通る。
「なんでしょうな、ステラ殿」
「発言の許可に感謝します。まず初めに確認しておきたいのですが、エルミナ様を即座に犯人だと断定された理由は、犯行が闇魔法によって行われたこと、エルミナ様が唯一の闇魔法であること、の二点ですね?」
「三点です。エルミナ殿は国王陛下に対して魔法の届き得る射程範囲にいた」
「なるほど。では犯行が闇魔法でなく、例えば火魔法や剣によるものだったとしたらエルミナ様が捕縛されることはなかった」
「少なくとも七日後に処刑、という話にはならなかったかもしれませんな」
「では二点目、三点目の論拠も同様に?」
「そうですな。総合的に見て、議論の余地なしと判断されました」
エルミナ曰く、この宰相はロジックで物事を組むタイプだ。慌てずに一手ずついく。
「では仮に、私が犯人の要件を満たす人物を捕まえて来れば、エルミナ様は無罪になるのでしょうか?」
「そのたらればに意味はありませんな。そのようなことは延命のためになんとでも言える。処刑は本日これより行われる」
「では、私がその人物を捕縛し、すでにこの会場に連行している場合はどうでしょうか?」
「その場合は、判断を一時的に留保して審議するのが妥当でしょうな。もっともそんな都合の良い人物が本当にいればですが」
「なるほど。つまり今この瞬間に、エルミナ様と同等かあるいはそれ以上に犯人らしい人物を立てれば、決定は覆る」
「…………いかにも」
「それは良かったです。会場内のすべての皆さんにご紹介しましょう。式典のあの日あのとき、国王様の射程ほど近くにいて闇魔法を使用でき、かつ狡猾に騎士団の目を逃れた人物を。そして自らを真犯人と名乗る人物を。――――ディナハト」
私の陰から伸びた闇が、エルミナの視界の拘束を解き、エディング第二王子の前髪を〝削り取った〟。
「犯人像の要件をすべて満たした聖女にして闇魔法使い、魔王ステラ・ツー・グランスから、みなさまにご挨拶を差し上げます。ごきげんよう」
ざわつく会場を刺激するために、闇魔法で中央の柱の一部を〝削り取る〟。
どよめき。悲鳴。
貴族たちの混乱の波が回復しないそのうちに、議論を制圧しに行く。
「そう、つま――」
「ほう、魔王を名乗るか。面白い」
くそ。私の声に、より通る声が被せられた。
その声の主に道を開けるように、傍聴貴族の波が割れる。
その先から現れたのは、グルナート家の家紋。おそらくはエルミナの母親――。
「…………わはは」
小さく、逆に笑ってしまった。
私がさ、こう、このままビシッと婚約破棄を破棄されてさ、エルミナの確定有罪が剝がれてさ、これまでの人生を逆手にとってさ、いい感じになり得るルートだったじゃん。
だけど〝理解って〟しまったから。
おそらく他の人には見えていないものなのだろう。エルミナにもきっと見えていない。
仮にエルミナに見えていて、知っていたなら、当然今の私はこんなにあたふたしていない。
それは旧聖女いわく、〈聖女〉にのみ判定可能な存在。
その母親は、当然のごとく〈魔王〉だった。
ちょっと盛り上がっちゃって「魔王」なんて名乗ってみたら、本物の〈魔王〉が釣れてしまった。
ステラを撃つ? 今???? 当たる?????
持ち込み禁止なんて守らずに杖を持ってくれば良かった。いや違う。今のこれは人間態に見える。人間のときは聖魔法は効かないと旧聖女が言っていた。いやそれも違うな。今私が持っている最大のアドバンテージは、私が〈魔王〉に気付いたことに、魔王がまだ気づいていないかもしれない点だ。やみくもにやって勝てるなら、三十年前だって旧聖女がとっくに勝っている。あの人はハチャメチャではあったけど、決して無能ではない。
でも機をうかがう?
機?
いつまで?
私ってもうすぐ斬首になりそうなのに?
いや違う。これも違う。
本来なら知らないはずのことを知ったという点で、この情報が私に有利に働くことこそあれど、知らなかった場合と比べて不利になることはあり得ない。つまり眼前の〈魔王〉は単なるお得情報だ。
なので根本的には、今私がやるべきことに変わりはない。
予定通り、エルミナに繋ぐ。エルミナに託す。
ただそれだけを考える。
「やれやれ! エルミナ嬢はとんだ冤罪だったようだ!」
静まり返った会場に、ヨハン第一王子が大きな声で介入する。
「は、はぁ!? いや、ステラ、なんだおま、私の前髪が、はあ、ちょっと面が良いからって許さんぞ! 母上、この者との婚約などありえません。破棄させていただく。捕えよ!」
威勢でエディング第二王子が続く。
「ディクレーエン」
王子の命で前に出てきた騎士たちを、闇魔法で牽制する。
「母上、ソフィ・フィリアの喪も明けました。ご存じのように、レミリアの妹であるエルミナ嬢を、私は愛しておりました。エディングの婚約者でなくなった今、私がいただいても構いませんね?」
「……うむ、許しますよ」
今のは本当に偉いぞ、ヨハン殿下!
私が想定していたよりもエルミナの自由度がやや上がるはず。
あとは――。
「エルミナ母は魔王です」
と日本語でもごもご叫ぶと同時に大掛かりな闇魔法を展開する。
今の謎の音の羅列が誰かに向けた秘密のメッセージではなく、魔法の詠唱だと誤認させる。
「ガハッ……」
口の中に水魔法を生成された。
と思った時には、大きな水の立方体の中に、自分が閉じ込められている。
「……ゴッ」
溺れてしまう。
私を中心に水魔法が組まれているので、闇魔法で削ることができない。
なんだよ、めちゃくちゃ対策されてるじゃん。
自分を覆っている水の温度が、急激に下がっていくのが分かる。意識がもう持たない。
だけど、やれることは全部やったはず。
少なくともこれまでの婚約破棄破棄イベントの中では一番頑張った。
ああでも、怖いな。ここで私の意識が永遠に終わるならまだいい(良くはないけれど)。
次に目が覚めたとき、十二歳の私だったらどうしよう。
いやでも、仮に運命というものがあるのなら、キミはこれから私を嬲って、斬って、燃やして、飢えさせて、溺れさせて、とにかく私に酷いことをしたいはずだろう?
全部受け入れる。
ゴミの浮いた冷めたシチューだって何杯でも食べる。
どんなに酷いことをされても、何日だって、何十年だって耐え続けよう。
だから私を好きなようにいじめるといい。
だって絶対にエルミナが助けに来てくれるはずだから。
「私はエルミナを――――」
水の中でなにも考えられなくなる。
あとは頼……んだよ……エル、ミ、ナ――。




