死罪宣告
エルミナの処刑が決まった。
完全に、完全にハメられた。
そう、そうなのだ。国王が闇魔法に食われたその瞬間に、国王の右腕が落ちるよりも早く、私はエルミナを連れて国外に逃げるべきだった。
あと少し、もうあと少し時間をもらえたなら私も思い至れたと思う。だけど、騎士団の方が判断は早かった。
闇魔法が国王を殺した事実。
闇魔法の使い手がこの国にエルミナ一人しかいない事実。
この二つが合わさったとき、エルミナは国王の暗殺犯として推定される。
しかもまさに、ことが起きたのは私たちの目の前だった。
王国側からしてみると、エルミナを捕縛しない理由は何一つ存在しない。
今なら分かる。エーデルの馬車爆破事件があったからこそ、その教訓は共有され、騎士団はその場で即座に犯人を捜す。視界の中に闇魔法の使い手がいる。捕縛する。
エーデルの事件自体が今日のための一つの布石だったのだ。
王国騎士団の刻印が入った四本の剣がエルミナの首を隙間なく取り囲み、エルミナは抵抗せずに連行されることで私が巻き添えになることを避けた。
王国法に則り七日後に斬首刑に処されることになり、私は何もできないまま七日目を迎えた。
*****
なにも成し遂げることができなかった。
これまで自分がなにかを成し遂げたとき、隣には常にエルミナがいたことに気が付いた。ソフィ会長を止めたときも、エルフの里を守ったときも、剣聖五位を倒したときも、王都の地下組織と繋がったときも、全部エルミナが一緒にいた。
私は何一つ、一人では成し遂げていない。
やろうとはしたのだ。
国王を殺害した個人あるいは組織は、エルミナに罪を押し付けた点を除けば、王国に弓を引く不届きものであるという点で私たちは同じ視点を持っている。だからまず、この犯人を見つけてエルミナ奪還のために手を組もうと考えた。ジルやフィデスに頼ったけれど、見つけることはできなかった。確かに、ここまで物事をうまくやれる人間が、王都が封鎖される前に脱出していないとは考えにくい。
というかもし犯人を見つけられたなら、そいつの首をもってエルミナの冤罪を晴らせばいいわけで、手を組む必要はないのだった。そう、頭がひどく混乱している。今の私は物事を正しく考えられていない。
それから、闇魔法の使い手という側面から犯人の手がかりを得られないかと考えた。
思いついたのは、エーデルの魔法杖屋のネココだ。ネココは〝闇魔法が出力された痕跡のある杖〟を知っていた。ということは、かつて闇魔法使いに杖を売ったことがあるのではないか。思いついた瞬間にエーデルに使いを送ったけれど、早馬が行って帰ってくる頃にはもう処刑は終わっている。どう考えてもさらにあと七日は必要だ。ユナちゃんが思い描いていた光リムケーブルの有用性を私は初めて真に認識し、そしてそれは現状において、ただの空論であった。
結局のところ、私にできたのは、セイラにユナちゃんを逃がしてもらうことだけだった。
*****
処刑五日前。
「それってつまりステラはエルミナさまを奪還しに王宮に乗り込むってこと?」
ユナちゃんが私のことを「ステラ」と呼ぶのは、私に対して本気でキレているときだけである。
「ならば私もお供した方が可能性は上がるのではないでしょうか」
「駄目。セイラの柄は私が握ってる」
「違う。いま柄を預けられているのは姉さんじゃなくて私」
「私の師匠は皇帝を二人斬っています。私にこの国が斬れない道理はない」
「そりゃセイラがいてくれたら心強いなとは思うよ。だけどそれでセイラの師匠は死んだんでしょう? あなたが死なない道理はない。そしたらユナちゃんが一人になっちゃうじゃん」
「ステラは私をペットかなんかだと思っているわけ?」
「そうじゃないのが分かっててそういうことを言うのは良くないよ」
「……ごめんなさい」
「私も、ごめん。口に出すべきじゃなかった」
「……いったん斬りましょう。私を含めてみなさん冷静な議論が出来ていない」
「そうだね」
外の空気を吸ったり、薄い紅茶を飲んだりして一息ついた。こういう時はアルの犬を触らせてもらえるといいのだけど、学園内にあるエルミナ邸は従者ごと王宮に抑えられてしまっている。私たちが今いるのは、初期に住んでいた学園寮の部屋だ。
「私は落ち着いた、と思う。ユナちゃんは?」
「ごめん、姉さん。落ち着いた」
「はい、私もです」
冷静に考えよう。
「今、『私』と『ユナちゃん』と『セイラ』と『エルミナ』という、完全に等価値の四つの駒が盤上にあって、その一つ『エルミナ』が敵に取られようとしている。前提により一対一の駒交換は意味がないから却下ね。当然、駒二つを差し出して一つ得るような策は下作中の下作。評価は犠牲数によってのみなされるので、相手の駒をいくつとれるかは無関係。それが大前提です」
「うん、らしくなってきたと思う」
「現状の最善策は傍観、つまりはこのまま何もせずにエルミナを見捨てる案です。そう考えてみると、これはかなりアリっぽいな」
「ゲームの認識が正しくないのでは? 例えば我々で犯人を捕らえるなど、盤外から駒を補充することで、エルミナさんは奪還可能です」
「セイラが正しいと思う。犯人を捕まえる以外のアプローチはある? レッカ様への連絡は出したから処刑までには会えると思うけど、魔王案件じゃないし、結局はこの観点だと王家の下の公爵だからそこまで期待できないかも。これは他のすべての貴族にもいえると思う」
「そうだね。政治をするにしても結局今の情報量としては、『エルミナさまが確定で暗殺犯』だから、それを助ける、というのはそもそも損得を勘定するテーブルにないと思う。エルミナさまの父親は? 宰相だよね」
「エルミナの処刑書を書いたのが宰相だよ?」
「むしろ宰相黒幕説がある?」
ユナちゃんの言葉にちょっと考える。
あらゆる物事がそうであるように百パーセントないとはいえないけれど、わざわざこんな大掛かりなシナリオを描く意味がないと感じる。
「あんまり意味がないと思う」
「私もそう思った」
「なら学院のロジストの所属組織。直近で姉さんをハメた人だし」
「それを考えるには情報不足だと思う。黒幕ではなく、エルミナを助けられる人を考えよう」
「そうだった」
しかしそうなると、やはり具体的な案が全然出てこない。
沈黙する部屋にノックがあった。
「どなたでしょう」
「ネリーとリーズです。ステラ様、少しお話させていただいてもよろしいでしょうか?」
私の従者であるところのユナちゃんとセイラが、二人を部屋に招き入れる。
「どうされたのですか?」
ユナちゃんが薄くないお茶をお出しするのを待って、尋ねてみる。
「……父より、エルミナ様とのご縁を全て清算しておくように言われました」と、リーズが小さな声で言った。「それで、その、そうなるとステラ様はエルミナ様繋がりですから、今後お話をするわけにもいかず……。私に抗う力がないばかりに、申し訳ございません」
「申し訳ございません」
合わせてネリーも謝罪する。
「私がお二人について一番良いと感じているところは、こうやってご挨拶をしにきていただけるその誠実なところですよ。私はこれからもお二人のことが好きですし、お友達とも思っておりますから、誤解が解けた際には、いつでもお声がけくださいね。また一緒に魔法を練習しましょう」
「は、はい、ありがとうございます……。私もステラ様のことをお慕いしております」
「あの、ステラ様……」とリーズが口を開く。「一つ、ご意見をいただきたいことがあるのですが……」
「なんでしょう」
「実はこの後、エディング殿下に呼ばれているのですが――」
「………………」
瞬間、断片がカチリとハマる感覚を得る。
聖女
リーズ
エディング
処刑書の署名
ネリー
宰相は理で詰める
婚約破棄
真犯人
断罪
婚約破棄破棄
王国法
婚約者
闇魔法
公爵家
ネココからの連絡
あと七日あれば
ヨハン殿下
聖女すまいる
王国法
エルミナ
「………………………………あは」
絹よりも細い正解の糸口を、私はここから紡いでいく。




