王国礼賛
三年生最初の休暇に入った。
いつものこの時期はファスタ領に戻るエルミナだけど、今年は王都に残っていた。なぜなら建国祭が行われるからだ。エルミナだけでなく、普段王都外に住んでいる貴族も結構やってくるらしい。ライカとユーリカの親と会って、それぞれご飯を食べた。
普段の年一の建国祭は祝日にこそなれ、私たちの生活は特には変わらない。
だけど今年のは建国三百年を記念する節目の祭典だから、かなり盛大である。
言ってしまえば国王夫妻が飾り立てられた馬車に乗って王都を練りまわるだけなのだけど、国王が貴族門の外に出るということは、騎士団や宮廷魔術師団がみんな出てくるということを意味しており、要するに甚だ大所帯の行進が行われるということである。おそらく先導の馬を見てから、実際に国王夫妻の馬車がやってくるまでにホトドグを30本以上食べられるだろう。たぶん見る側も国王よりもお祭りの屋台やお酒の雰囲気を楽しみにしている気がする。少なくとも庶民層は。
私は過去生で何度かこのお祭りを見ているけれど、ちゃんと観覧したことは一度もなかった。なぜなら、エディング第二王子のお忍び街歩きに付き合わされていたから……。うぐぅ。
因みにこれの少し後に婚約破棄破棄イベントが発生することから、これって「乙女ゲーム」の世界で好感度を測る最終イベントだったのでは? みたいなことをユナちゃんと疑ってみた過去生もある。仮にそうだったとしたなら、足りていなかったのは他の誰でもないエルミナ様の好感度だったに違いない。今の私はMAXだからね。
「エルミナは行進に出なくていいんですか?」
そういえば過去生のエルミナはこれに参加していたなと思い出した。
「数名が学園の代表として出るようですけれど、選抜の際にわたくしたちは魔法学院にいましたからね。わたくしたちの学年では、リュカとカイが選ばれたそうですわ」
「ああ、いいですね。剣と魔法でバランスがよさそう」
「単に成績順だと聞いていますけど」
「じゃあエルミナは当日特に予定はない感じですか? せっかくなんで庶民飯をその口に突っ込みまくっていいですか」
「せめてあなたが美味しいと思うものだけにしてくださるぅ?」
*****
祭典の日になった。
といっても平民街では三日前くらいからすでに飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎが始まっている。たぶん建国とか国王とかどうでもよくて、日頃の抑圧を発散できる場があることが大事なのだろう。「一杯飲めば一年長生きできる」というフレーズが流行していて、みんな千年生きることを目標に酒を飲んでいた。
また、貴族以外でも王都外からもたくさんの人が訪れていた。この人たちは国王目的かもしれない。王都に住んでいない方が国王を尊敬しやすい気がするから。
ということはつまり、それらに乗じて変な人たちもたくさん王都に入ってくるわけで、地下組織フィデスのみなさんが治安維持のために奮闘していた。暴れてたり、恫喝している人たちに甘い声をかけて人気のいない場所に連れ出し、〝諫める〟という極めて地下組織的なやり方だった。私たちはフィデスのトップ2以外とは面識がないから、群衆に紛れた構成員っぽい人を探す遊びは結構楽しかった。みなさんも暴れたり、恫喝したりしないように気を付けましょう。
スラムもまあまあお祭り騒ぎだった。
というか私たちがお祭り騒ぎにした。
元々は(王都外の人々に汚いものを見せないために)お祭りから完全に隔離され、橋や川岸には、いつもの何十倍の兵が監視に回されていた。そういうのを見てしまうと、ぶち壊してやりたくなるというのが聖女魂というものだ。といっても騎士団と争いたいわけじゃないから、地下トンネルから死ぬほど食料と酒を運んで、スラムはスラムで盛り上がってもらったわけである。
昨日は私も混ぜてもらったけれど、とても楽しかった。なんだろうな、別に顔見知りというわけじゃなくても、楽しそうにしている人を見かけたなら、「明日からも陰りなくあってほしいな」という風に考えてしまう。ファスタ領の領主代行人が使っていた「合理性」という言葉が私は好きだけど、この感情はどちらかというと合理とは逆側にあるものであるような気がする。
「これってどういうあれなんでしょう。例えばその対象がエルミナだったなら自分でも全然納得できるんですけど、なんで知らない人にまでこんなことを思うんでしょう」
「あなたって根が高貴なのよ」
「初めて言われました。エルミナにそんな風に言われると、ちょっと嬉しいかも」
「グランス領でも言われていたでしょう」
「あの人は無礼だったからノーカン扱いです」
「高貴と狭量はどうやら両立するようですわね」
エルミナが熱々の揚げチーズを串に差したものを食べながら答えた(串に刺さっているとなんでも美味しい)。
「あ、ほら、先頭が来ますよ」
国王の行進がやってきた。
先行する騎士団によって「この線を超えれば問答無用で斬る」という再三の警告が入る。
初めに騎兵、音楽隊、フラッグ隊、歩兵と騎兵、王国騎士団、宮廷魔術師団、近衛騎士団、国王夫妻とあって、国王の馬車を対称として後ろにも同じ編成が続いている。即ち、めちゃくちゃ列が長い。リュカとカイはフラッグ隊の後ろの歩兵の層にいた。手を振ってみたけれど、気付いてもらえたかは微妙なところだった。
王国騎士団にはカトレア卿もいた。
こうやって見ると、騎士団の中でも群を抜いて存在感がある。
「私あの人に勝ったことあるんですよ」
「はいはい、わたくしが何もできずにメイに負けたときですわね」
「嗚呼、あの高慢なエルミナ様がこんなにも卑屈になられてしまって」
「正解が分かりませんわ!」
続く宮廷魔術師団はかなり気を張っていた。
確かに、先日のエーデル領での魔法陣を使った領主爆殺未遂事件は当然王宮にも伝わっているだろう。あれを防ぐには、足元に魔法陣が出た瞬間に魔法を当てて潰すしかない。おそらくは馬車を中心としてエリア分けをして、二人の魔術師がペアになってそれぞれが担った空間をケアしているように見えた。
遠くでなにか物音がした。
護衛全体に緊張が走る。
単に酔っ払いが派手に転んだとかそういう音だと思うけれど、この人たちは音がする度に警戒をしないといけないはずだから、めちゃくちゃ大変そうだ。そういえば私は宮廷魔術師になれるメダルを持っていたはずだけど、こういう大変さを見てしまうとなりたくないな。
そう思いながらようやくやってきた国王を見たときには、すべてが終わっていた。
私の目からは、魔法陣の展開は見えなかったように思う。
国王の足元から沸き上がった闇魔法が、国王の全身を〝捕食〟していた。
下々の民に手を振っていたその右腕だけが、ボトリとその場に落ちて残った。




