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A hot cup of

 私たちはそれを「聖水」と名付けた。

 なぜならその水には、魔物にダメージを与える効果があったから。

 実験を繰り返す間に日は沈んでしまったけれど、辺りは明るかった。

 なぜなら少し魔法を流すだけで、水面が明々と輝いたから。

「聖水」は、街に持ち帰っても魔物に対して効果があった。

 私たちが聖リムを使ってやりたかったものが、ふんわりと出来上がってしまった!


 ステラ仮説:

 水の中に魔阻が含まれていたことで、光魔法が「聖―対魔」の軸を獲得し、そこに引っ張られる形で聖魔法成分が付与された?


 これ以上の検討のしようがなかったから、これだと思うことにする。


 検証過程で私たちに更なる混乱を与えた大事件があった。

 なんと旅館の露天風呂のお湯でも同じ光り方をしたのだ。


 それから様々な実験をしたのだけど、結論だけを簡潔に述べるのなら、そもそも私たちがユインの街で「温泉」だとありがたがっていたものの主成分が魔阻であるようだ。

 魔温水が「温泉のよう」だったのではなく、温泉がそもそも「魔泉」だったのだ。……魔泉ってなに?


 でも街の人の話を聞く限り、これが誰かのなにかしらの陰謀というわけではなさそうだった。百年以上前から今のような泉質で親しまれていたらしいし、そもそも地下を掘りまくってそこに魔阻を混ぜるという大変すぎる作業が、なにかしらの意図に対して合理的であるとは考えにくかった。


「ん……? ちょっと待ってください。じゃあこの温泉の入浴中にうっかり死んじゃったりしたら、即席魔人が出来上がるってことですか?」とメイ。

「さすがに、それだったら私たちが知っているんじゃない? これだけ温泉があって過去に一人も入浴中に死んだことがないというのはないでしょう」と私。

「では仮説が間違っているか、真実が秘匿されているかですわね」


 じゃあ確かめてみよう、という話で、まずは敷地のすみで干からびていたトカゲを旅館のお湯につけてみる。


「あれ、魔蜥蜴(トカゲ)にならない……」

「つまり山奥の魔泉とここでは、性質が同一ではないということですわね」

 ユイン領が重大な真実を隠蔽しているわけではなさそうだったので、そこはほっと胸をなでおろす。

「確かに、言われてみるとこっちの方が、光り方というか水面のペカー度が少ないですね」とメイ。

「じゃあ濃度的なものが違うんだ」

 聖水の効果も変わってくるかを試したいけれど、魔物がいないから試せない。……なんか急に人為的に魔物を作って遊んでる人たちの気持ちが分かっちゃったな。


 結局、翌日に旅館で作った聖水(仮)を持って、昨日の雪山の魔泉に戻ってきた。そこで人為的に魔物を作り、持ってきた聖水(仮)をかけてみる。

「変化なし、ですわね」

 その後いろいろと試してみたけれど、結局〈聖水〉として機能するのは、この山奥魔泉で作ったものだけだということが分かった。マユナの反応を見るに、たぶん溶けている魔阻量の差だろう。


「根本的な話として、魔石を作るときに魔阻が出るのはそうだとして、これって自然界にも魔阻が存在しているという示唆ですよね?」とユナちゃんがエルミナに尋ねる。

「地上で人の手によって生み出された魔阻が地下に溜まったものが噴き出しているのか、そもそも大地から噴き出しているのか、という問いですわね」

「魔石っていつから、あるのでしょう」とライカ。

「建国を描いた複数の物語に魔石の描写がありますから、少なくとも数百年前からはあるでしょうね」

「というか、いわゆるアーティファクトみたいな、今だと理論不明の魔道具はたぶんその頃のやつだから、今よりも魔石の水準が高かった可能性もあると思うよ」とメイ。

「ということは、魔阻も当時の方が出ていた可能性?」と私。

「当時の人たちは魔物被害をどうしてたのかな」というユナちゃんの問いに、

「だから滅びたのではなくて?」とエルミナが返した。

「「「なるほど……」」」


「そういえば、ソフィ会長の遺した資料に、そういうときに現れるのが『魔王』なんじゃない? みたいな記述ありましたね」

「あなた、よく覚えていますわね」

「エルミナだって覚えるでしょう?」

「私が一句たがわずに憶えるのは、公文書だけですわ」

「あの資料結構好きだったんですよね。洞察があって」

「先代の聖女様が戦ったという魔王以前にも、魔王っていたんでしょうか。先輩と出会ってから、『聖女物語』を有名ではないものも含めてたくさん漁ったんですけど、『魔王』という言葉は見かけたことないです」


『聖女物語』とは、いわゆる「聖女」に関する詩や小噺を集めた説話集だ。私も過去生で調べたことがあるけれど、私に言わせたらあれは〈聖女〉の物語ではなく、「魔物と戦うことになった人間」を集合的に描いたものだと思う。さらに言うのなら、この「魔物」も私たちが言うところの〈魔物〉ではなく、天災や人災などの生活を脅かすもの全般に対する隠喩として使われている。編者によっては、干ばつ時に降雨を祈り続けた女や、悪逆領主と戦った勇敢な市民の話なんかが載っているものもある。私がよく言われる「聖女らしい」「聖女らしくない」なんていう評価軸も、この説話集が巡り巡って寝物語になっているのが原因だ。


「……よろしいですか」と普段こういう場ではあまり喋らないセイラが珍しく口を開いた。「少なくとも四十年ほど前には存在したかと。私の師匠に当たる人物が遭遇し、斬りきれなかったと言っていました」

「それはスレイにですの?」

「場所については聞いていませんが、おそらく」

「セイラの師匠って剣聖の中でも一番強い人だよね。当時はまだそんなにだったとか?」

「少なくとも、今の私よりは斬れたかと」

「それで勝てないんだ……」


 例えば一対一で戦ったとして、セイラに勝てる人間を私はレイしか知らないし、レイの強さはこの王国で三本の指には入るだろう。


「師匠は相性の話をしていました。剣聖は神を斬るための刀ですから、魔王に対してはクリティカルではないとか。もにょもにょ言っていました、ふふ」

「確かに、魔物に対して他属性よりも聖魔法が極めて有効であることを踏まえるならば、そういった相性問題があるかもしれませんわね」

 つまり魔王は剣聖に強く、剣聖は神に強く、もしかして神は魔王に強い?

 ユナちゃん世界の「岩紙はさみ」みたいだ。


「でもそれって私の入る余地なくない?」

「それこそ先輩の〈聖女〉なんじゃないですか? 女()を祀る教会の鑑定式で出ている判定ですから」

「私はセイラに弱いってこと?」

「ステラさん……」

「聖水晶は〈魔王〉を倒せる魔法適性を測る機能がある?」

 珍しく茶番に乗って私の顎をクイッとしてきたセイラを無視して、ユナちゃんが話を進める。

「でもその意図があるのなら、もっとちゃんと私を大事にして、王国一丸となって私を鍛えた方がいいんじゃない?」

「先ほどの魔道具の話と同じで、目的が失われて形骸化しているのかもしれませんわね」


 旧聖女の一件で記録が残されていないことも大きいのかもしれない。学院(キエルヒ)の図書館の本は一通り目を通したけれど、そういった正式な記録は見ていない。仮に学院の魔獣騒動中に穴に落ちていなかったとしたなら、私たちがやるべきだったのは、どさくさに紛れて禁書庫に忍び込むことだったのではないだろうか。いやでも流石にそれは思いつかないよ。


 話が遠大になってきたのでいったん着地しておくと、私たちは楽しく温泉巡りをして、ユイン領で一般に解放されている湯のすべてに浸かった。


 各所のお湯で実験したけれど、結局一番「聖水」に向いているのは、やっぱり最初の魔泉だった。

 そこでエルミナは〝偶然〟魔泉のある一帯を気に入って、得意の高位貴族傲慢ムーブでユイン領主と交渉し、おーほっほっほっほ、五年間の借地権を得た。


 本来、国王から貸し与えられた土地を別の貴族に又貸しする行為には厳密な規定があって、基本的には王国法で禁止されている。だから正確にいうと、借地の名義人は平民のメイになっている。

 ()()()()()金利でエルミナからお金を借り受けたメイが実際に購入したのは、金貨何百枚もする聖女まんじゅうの改良権だ。


 聖女まんじゅうは今やユイン領の名物だからこれが高額であることには合理性があるし、一方でメイは聖女のファンだと公言している。そもそも聖女まんじゅうは元々彼女のアイデアから生まれたものであるから、弄る権利を手元に回収しておきたくなったとしても違和感はない。ただし、抜け目のないユイン領主は自領の名物を守るために改良とその販売をユイン領内のみで行うことを条件に記した。であるならば、そのためにメイにユイン領内の工房が与えられることは自然な流れであり、そのための借地として()()、魔泉のある区画が選ばれた。


 なぜこんな王国法を這って進むかのような迂遠ムーブが短時間で成立したかというと、闇オークション(トレモ)魔法大会賭博(トーレス)でご存じのように、エルミナがリスクを全無視して白金貨を旅に持ち歩く異常者だからだ。料金や各種の手数料をその場で払えるから、手続きが非常にスムーズに進んだ。


 加えて聖女(わたし)がいたのも良かった。

 昨年の聖女巡礼で、私はユイン領の魔物を祓って感謝されている。

 だから「聖女(ステラ)が魔物の再発を危惧しているけれど、要請がない限り王国の聖女として公には動けないから、その意図を汲んだエルミナとメイが(あえて聖女と一切関係ないように振る舞って)拠点を確保した」という裏の物語が用意されている。なんとこれは事実でもあるから、お金をばら撒くような真似をしていた私たちを嫌悪していた(信頼できる)領主補佐官も納得させることができた。


 ……というわけで、聖水工場が誕生した!

 ここで取れた魔水を樽詰めして運び込むことで、今後私は王都にいながら誰もが使える聖水を作れるようになる。これはかなりすごいことだ。

 もっとも魔物よりも人間の方が面倒だから、この「聖水」をどのように表に出すかは考えなければならない。でもそこは、トレやリムの流通で高い実績を持つエルミナに任せることにする。


 今回の件で改めて思ったけれど、エルミナは手持ちの情報で達成目標(けいやく)の中にストーリーを描くのが異様に上手い。ましてやそれを課金によってどんどん加速させるから、反対者にすると気付いたときには物事が()()()いる。私の過去生の婚約破棄破棄みたいに。それが分かってなんだかとても嬉しかった。


「こわいね~」

 王都に戻る馬車の中で、美味しいお土産を口に運びながらもぐもぐごちる。

「なにがですの?」

 エルミナが半分こした聖女まんじゅうを小さく齧ってから尋ねる。

 二つに分けたまんじゅうは、ちょうど聖女の焼き印の首のあたりで割られていた。

「なんでしょうね。エルミナとおまんじゅうかな」


 学園に戻った私たちは、三年生になった。







◆◆◆◆◆


 ≪学園二年目、成果報告(リザルト)


 ・魔法大会で準優勝した!

 ・魔法都市で研究した!

 ・聖鉱石を発見した!

 ・特殊魔法杖を手に入れた!

 ・グランス公爵家と同盟を結んだ!

 ・地下トンネルを作れるようになった!

 ・光リムケーブルの計画を始めた!

 ・魔法陣を使えるようになった!

 ・聖水を発見した!

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