紅茶にミルクを垂らす
魔水TIPS
・水温が高いほど、魔水の量が多いほど、死骸の魔物化が早くなる
・一度凍らせると効果が薄くなる
・見た目と味は水とほとんど変わらない(分かった上で飲むとほんのり苦いと私は感じた)
・魔物化に使った魔水は魔阻が抜けてただの水のような液体に戻る
・生きている人間にかけても効果はない
「色々調べられてよかったですねえ」とメイが魔温水の中でマユナにもたれ掛かりながら言った。
冷たい外気とお湯の温度差が気持ちいい。
初めはみんな恐る恐るだったけれど、結局は全員肩までお湯に浸かって一息ついている。魔阻要素以外はただの温水のはずだけど、肌のピリピリする感覚や身体がぽかぽかする感覚は、かなり温泉に近いと感じる。
「でも、今は何ともなくても、明日変だったりする、かも」とライカが言う。
「念のためにあとで全員にステラを撃ちます」
「えっ!!!? いいんですか!?」
メイが異様に嬉しそうだ。
「でも生きている間は何ともなくとも、死んだあとに効果が発生して即魔人になったりしたら面白いですね」
「面白いかしら?」
「だって私たちが死ぬときって、きっと殺されるときですよね。死んでも相手に負担をかけまくりたくないですか?」
「……あなたと旧聖女って似ていると思いますわ」
「そういえばあの人も死後は魔人になりたいとか言ってましたね。まあ、それでセイラに斬られたのなら悪くない最期でしょう」
本当は聖女に祓って欲しかったのかもと思うけれど、それは考えないことにする。穴の中だったから……。
「夢が叶ってなによりでしたわね」
「これは魔阻の溶けた水、ですが、エルミナ様たちの闇魔法は、水に溶けますか?」とライカが尋ねた。
いい疑問だ。
「結論からいうと、本当に酷いことになるよ」
「リムに閉じたときも散々でしたわね」
「どういうことですか?」
メイが興味深そうに首を傾げる。
「たとえば私が水の中で闇魔法を使うでしょう? そうするとこう、水を削り取って侵食して広がっていく。紅茶にミルクを垂らすみたいに」
余談だけど、この「紅茶にミルクを垂らす」という表現は、貴族の間では「価値あるものを台無しにする」「愚かで浅はかな平民的行為」といった意味合いで使用されることが多い。もしかしたら私が一時期学園で呼ばれていた「シチュー姫」は、この「ミルク」のニュアンスを含んでいたかもしれない(呼ばれてないから!)。
「リムもね、内側から削り取ってなくなっちゃうの。でね、その結果がこう」
立ち上がって臀部あたりの皮膚がへこんでいるところを見せてあげた。
「抉れてる……。なるほどぉ、魔法で出した炎で自分が火傷することがあるのと同じですね」
「そう。闇水にちょっと触れただけでこうなっちゃったから、本当に絶対に決して疑う余地なく、水の中では使わない方がいい」
「実感がこもってる……」
失くした腕が生えてこないのと同じように、闇魔法による〝抉られ〟は聖魔法でも治癒できないのだ。
「でもエルミナは肌がきれいなのが悔しいんですよね。私よりも闇魔法歴がずっと長いのに。……あっ、いたっ」
エルミナの柔肌をなぞろうとして、指を折られそうになった。
「んっ……わたくしはあなたと違って何事も準備してから臨みますからね」
「聖魔法の場合はどう、ですか」
「この前ライカと話してたんですけど、先輩が聖リムをたくさん作って王国中に設置しておけば、対魔物問題は解決するんじゃないかって」
「ステラ先輩が過労死すること、以外は」
「お気遣い感謝……。私たちもリムができたときに考えたことがありましたね」
「試みましたわね」
エルミナが遠い目をする。濡れないように髪をあげているから、普段とシルエットが違う。
「問題があったんですか? なんだろ、魔石と同じように、貴族的な利権とかかな」
「それ以前の問題だったよ。リムに聖魔法は入るんだけど、私以外がそのリムを使おうとすると、光魔法になって出力されちゃうの。分かる?」
「………………あ~、なるほどです!」
メイがちょっと考えてから一人で納得した。
「逆にいうとだから聖魔法って光魔法のカテゴリの中にあるんですね!」
「あなた、すごいですわね」
エルミナが感心の声を上げる。
私も相当すごいと思う。流石に四属性を使える魔術師は、魔法に対する理解が早くて深い。
「メイ、どういうこと?」
「えっとね」
メイが指を立てて、そこに宿した小さな炎を槍の形に変形させた。
「私がこの炎の槍をリムに込めたとするでしょう? ライカがそのリムを使ったらなにが出てくると思う?」
メイの問いに、ライカが少し考えてから答える。
「ただの火。槍の形は関係ない」
「そう。魔石もそうだけど、書き込めるのは魔法の属性と量だけなの。だから火魔法を使えない人がその魔石やリムを使っても、この槍の形は再現できない。まあ、だからこそ魔術師という職業が廃れずに残ってるんだと思うけど」
敢えて私から注釈を入れさせていただくとすれば、仮に火魔法が使えたとしても、指先一つでこのレベルの魔法操作をできるのは、おそらく王国に十人もいないということくらいだ。
メイがライカに続ける。
「リムに聖魔法が入らないということは、光魔法が上のカテゴリで、その中の形質のバリエーションとして聖の属性があるのだと推察できる。火が槍の形になるのと同じように、光が対魔の形になるんだということ。私は聖魔法が光るから、それが『光魔法』とも呼ばれているんだと思っていたのだけど、実際は順番が逆だったんだね。〝光る〟が先で、その引き出しの中に〝対魔〟がある」
「つまりリムは光るけど、そこに魔物を祓う効果は入れられない」
「うむ、その通りだ、ライカくん」
「先生……!」
最後の謎定型を見るに、メイとライカはこんなやり取りをいつもしているのかもしれないな。
聖リムが作れなくて私とエルミナが悩んでいたときに、ユナちゃんも同じルートで同じ結論を出していた。そのうち二人が魔法理論について対談をしているところを聞いてみたい。
「でもそれなら光魔法ってどう使うのがいいんでしょう?」
「メイが五属性持ちだったらどう使う?」
「対人だったらやっぱり目くらましですけど、先輩が言ってるのはそういう話じゃなくて、どう織り交ぜるかということですよね。水と風で氷にする、みたいな」
「そうそう」
メイが今日イチで深く考え込む。
「…………………………全っ然っ思いつきません」
「わはは」
魔法天才メイちゃんでも思いつかないことが分かってちょっと安心した。だよね、私も思いつかないよ。
「では、光魔法をこの水に流したら、光りますか」
今日はライカが色々尋ねてくれて嬉しい。
「やってみせた方が早いね」
名前すらない光を、指先から魔泉に放ってみる。
流したのはほんの僅かに光るだけの魔力量だった。
水に火を入れるとその分温度が上がるのと同じように、水の中で少し光るだけのはずだった。
少なくとも、過去にやった実験ではそうだった。旧聖女の魔窟で潜ったときもそうだった。
でもそうはならなかった。
「………………」
煌々と、樽いっぱいの光を鏡にぶつけたかのように、水面が眩く輝き始めた。
未知に対する防衛反応で、全員であわててお湯から出る。
なおも光り輝く水面。
点ではなく、面として一様に輝いている。
やがてゆっくりと、太陽が山の向こうに沈んでいくように光が収まった。
「めちゃくちゃ、光った」
「光りましたわね」
「光ってましたね」
「………………なんで!?」




