ユイン領で起こったら嫌なことランキング第2位
街を出て、だいぶ山を登ってきた。
「ここら辺は結構雪があるんだ」
「たぶんこっちであってるはずです」
途中で人の通るルートを外れたので、今は未踏の雪道を踏みしめながら進んでいる。
「昨日教えてくれた人曰く、獣が入りに来る温泉があるんだそうです」
「それ魔泉だったりしない?」
「マセン……ってなんですか?」
「なんだろうね。いやほんとなんだろう。ごめん、分からないや」
「解釈するに、魔阻の溜まりが遠目には温泉のように見えていて、そこから泉のごとく魔物が湧いてくるものなのではなくて? 知りませんけれど」
「かなりそれっぽい! それでいきましょう!」
「ええ~、私たち、普通にかわいい動物が見たいねって話してたんですけど」
「いや、私もそっちが見たいよ」
「あ、ほら、そこの足跡はたぶんオオカミですよ」
「オオカミってかわいい?」
「かわいいですよ。うちの領地の山にも群れがいたんですけど、結構なつきます」
魔狼っぽいのはよく祓うけど、実は生きているオオカミを私はきちんと見たことがない気がする。でも魔物は輪郭があいまいだから、もしかしたら私が魔狼だと思っているものが実は魔犬だったりするかもしれない。王都スラムは犬がたくさんいるから、きっと魔犬の可能性の方が高いだろう。
先導するメイの足が止まった。
「あの、先輩、非常に残念なお知らせがあるのですが――」
「はァ…………ステラ」
私からも見えたので、メイのお知らせを聞き終わる前に、向こうに気付かれるよりも早く、前方の魔物溜まりに向かって有無を言わさず聖魔法を叩きこんだ。
窪地にいた魔物たちが消滅する。
「……魔泉でしたね」
メイががっくりと肩を落とす。
「この流れで本当にそのパターンがくることある?」
「まあ、わたくしたちが見つけられてよかったと考えるべきでしょう」
さっきまで魔物で埋まっていた窪みを覗いてみる。
魔物は祓えても、私たちには魔阻を視認できないから、そこの魔阻を全部祓えたかどうかが分からない。
だから聖女のお仕事のときは一面に聖魔法をかけて、どこに魔阻があったとしてもクリアになるようにするのだけど、
「マユナ」
今日はこの面子なので、魔阻を好むマユナさんに確かめてもらう。
マユナが窪みに降りていく。窪みの中をうろうろしながら、ある場所で満足したように座り込んだ。ということはまだ魔阻が残っている。
座り場所を見つけたマユナを押しのけて、その下を確認してみる。
地面から風が出てくるのを感じた。マユナが私を押しのけて、そこに頭を押し付けようとする。要するに、この風に魔阻が乗っているようだ。地下に空洞があって、そこに魔阻が溜まっているのかもしれない。
風の真上に来たがるマユナさんには一度闇に戻っていただいて、
「せっかくの機会だから色々試したいな。メイ、ここに水魔法を張れる?」
「お任せあれ」
メイの杖から出た水魔法が、窪地を池に変える。
魔阻の出ていた水底の風穴から、白い泡がごぼごぼ浮き上がってくる。
「魔阻が水に溶けるかを試していますの?」
「……ああ、なるほどっ! お湯にしちゃいますね」
私がやりたいことを察したでき輩のメイが、水に火魔法を混ぜ込んで適温に変えてくれる。
「マユナ」
そこにマユナを再召喚する。
マユナは少し池の周りをうろうろした後、ゆっくりとお湯に浸かった。
「ご覧くださいっ……!」
魔泉! これが本物の魔物温泉だ!
「か、かわいい~」
メイが満足してくれたのでよかった。すみません、これだけです。後輩が喜ぶことをしてあげたいもんね。
「つまり、この水にはマユナが好むほどの濃度の魔阻が含まれているということですわね?」
「学院だと地下に魔阻溜まりを作って実験してたけど、水に溶かした方が携行性がよくなると思うんですよね」
「この方法であれば、大掛かりな装置がない場所でも魔物の実験を行えると。あなたが負の方向にこの国を破壊しようとしたら、きっと簡単なのでしょうね」
「いや、きっとなんやかんやでエルミナに阻止されちゃいますよ」
「わたくしはある程度交渉の余地がありましてよ」
「ならまずはエルミナを懐柔しないといけませんね」
「エルミナ様、ステラ様、あの、魔物ができそう、です」
近くにあったトカゲの死体にせっせと魔温水をかけていたライカが言った。
「そんなにすぐ!?」
トカゲが魔蜥蜴になって逃げていこうとするのを、メイが火魔法で祓った。
「先輩、温度を変えて色々試していいですか? 魔阻が溶けやすい水温があるのかを試したいです」
「いいね。マユナが喜んでるかどうか分かる?」
「分かりますよー。私ってこの子と仲良しなんですから。ねー?」
なるほど。旧聖女のダンジョンでエーデルに呼び戻すまではマユナを魔の森に置きっぱなしだったから、メイと過ごす時間があったのか。うちのマユナちゃんと仲良くしてくれてありがとね。
「マユナっ、ほら、ごろーん」
メイのジェスチャーに合わせてマユナがごろんと湯の中で転がる。
……キミ、懐きすぎじゃない?
「私は、死骸を集めてくる」
マユナとじゃれながら魔温水の温度を上げていくメイを見て、ライカがせっせと素材を捜しに向かった。
「わたくしたちはどうします?」
「ここ結構寒いですよね。あ、エルミナ、ほら、温泉がありますよ?」
「……本当に、あなたって人は……」




