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良い睡眠はあなたの健康を助ける

 研究室のみんなやユーリに挨拶をして、学院の宿舎を出た。


 といってもどこか明確に行きたい場所があるわけでもないから、しばらくはエーデル領内の宿屋に泊まる予定である。別に学院の宿舎にいてもよかったのだけど、エルミナの考えでは、私のこの「空白の期間」に気づいた王都の誰かから帰還命令を受ける可能性はあり得るとのことだった。その場合、私たちが命令文書を拝受してしまうと、その瞬間に拘束義務が発生してしまう。だから〝うっかり〟規則の範疇で宿舎を出ていた後であったためにその文書を受け取れなかった、というストーリーを作っておく必要があった。


 最初の五日間は、とにかく怠惰に過ごした。

 寝て、起きて、ご飯食べて、ぼんやりして、寝て、起きて、ごろごろして、うとうとして、ご飯食べて、ごろごろした。

 割と後半は寝ることに飽きていたけれど、グランス領から先日の魔物襲撃(私たちは甚だしい穴登り)で全員疲労が蓄積してたから、意識的に睡眠を心掛けた。

 流石に眠れなくなった後は、朝夕のランニングと魔力操作の練習、剣の稽古をセイラに付けてもらう以外はのほほんと過ごした。お茶を飲んで、川沿いを散歩して、木陰で本を読み、アルの犬たちに遊んでもらい、お菓子を食べて、トレを吸い、だらだらとおしゃべりをする。

 これを十日間やったら、ものすごく元気になった。

 なんというか、これまでの私が思っていた「元気」という状態は「真の元気」ではなかったことに気付くくらい元気になった。

 頭がクリアで、身体はキビキビ動いた。

 キレキレの頭と身体で魔法陣を使ったら、今までの失敗は何だったのかというくらい完全に上手くできた。

 私の意識とほとんどラグなく川の向かい側からこちらに向かって魔法を撃ち出すことができた。魔法陣を習得するために私が最も必要としていたもの、それは休息だったのだ!……そうかな?


「ねえ、エルミナー、せっかくだしどこかに遊びに行きません? まだ三十日くらい自由ですよね?」

 ある日、流石にちょっとダラダラするのも飽きてきたなと思って、魔法陣練習中のエルミナに話しかける。

「少し黙っててくださるぅ?」

 魔法陣スタイルにあまり魅力を感じていなかったエルミナだけど、私が完全に使いこなせるようになったのを見て、急に自分でも練習し始めていた。

「私が教えてあげてもいいんですよ~」

「静かになさい」

 七つの漆黒の魔法陣が私の上方を取り囲む。

 私が光魔法をぶつけて、それらを打ち消す。消えたそばから魔法陣が再生していく。

 今度は私がいくつか魔法陣を宙に浮かべると、エルミナがそれらに魔法陣を垂直に差し込んで破壊する。

「……できた! できましたわ! 完っ全に理解しましたわ! ステラにできてわたくしにできない道理はなくってよ! おーっほっほっほっほ!」

「姉さんの頭の中以外のエルミナさんがその笑い方をするの初めて見た」

 ユナちゃんが目を輝かせる。

「わたしも初めて見たよ」

「姉さんは、見たこともないのにあんな笑い方をさせてたの?」

「確かに……」

「ステラはどこへ行きたくて?」

 やりきったエルミナがお菓子をつまんで立ったまま尋ねる。

 穴掘りへとへと事件以来、貴族モードではないときの最近のエルミナは結構お行儀が悪いのだけど、それでも品が損なわれることはないのがすごい。礼儀からお行儀を引いたときに残るのが気品と呼ばれるものだろうか。

「どこでもいいんですけど、此処ではない何処かへ――」

「ノーアイデアじゃありませんの。ユナは?」

「私は、去年姉さんと行った温泉にまた行きたいかも。あの時は聖女のお仕事だったから、あんまり観光とかはできなかったから」

「それはとてもいい考えですね」とセイラが積極的に同意する。

 この二人は私が一生懸命に働いていた間にかなり楽しんでいたんだよな。

「あなたが行っていたというと、温泉街で有名なユイン領ですわね」

「そのとき少し領主様とも話したんですけど、そんなに嫌な人だとは感じなかったので、私もエルミナと一緒に行きたいです」

「なら明日、出発ですわ!」


 うおおお、なんの責務もないただただ自由な温泉旅行だ!

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