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本当になにもしてない

 地下の壁を闇魔法で削り、エルミナと二人で千五百段以上の階段を作ってなんとか地上まで登ってきたとき、そこには嘘みたいな平和が訪れていた。


「それでセイラとキリヱが街の魔物を全部倒して、最後に出てきたすごく強い、たぶん魔人化した旧聖女様だったんだけど、それも祓って、それで今回の魔物は枯れたみたい。すごかったから姉さんにも見てほしかったな」

「う~ん、私も見たかったな」

「あと、犬と猫はキリヱがお世話をするってスレイに連れて帰ってた」

「それは本当に良かった!」

「国境の方はどうなりましたの?」

 エルミナがあまりの疲労困憊から、これまでに見たことのないお行儀の悪さで、ソファーに横たわって糖分を摂取しながら尋ねる。

 闇魔法はエルミナの方が断然得意だから、千五百段のうち千段以上はこの寝そべりぐだり令嬢が掘ったのだ。本当にがんばったよ、エルミナは。

 それはそれとしてこんなにへなへなしているエルミナ様を見るのは面白いので、隣に座って体重を預けてみる。

「元々ユリアナ皇女は国境の混乱を治めるために来ていたみたいで、だからユーリカ様と話して丸く……かどうかは分からないけど、収まったみたいです。国境壁は次の日に来たレイさんが直していきました。馬車爆破の一味もレイさんがすぐに捕まえて、グランス領にお持ち帰りしていきました」

「ロジストは?」

「…………もしかして、姉さんたちをハメたのってロジストさん?」

「ですわね」

 ユナちゃんが頭を抱えて悶える。

「怪我したから一度実家に戻るって挨拶に来てくれたから、お菓子あげて見送っちゃった」

「偶然毒とか入れてない?」

「入れないよ! あー、ぐーぅ、悔しい~。なーんで思いつかないかなぁ」

「こうして見ると、あなたたちってやはり似ているところがありますわね」

 急にユナちゃんがシャンと背筋を伸ばす。そ、そんな……。

「そういえば、逆に私たちもあの人からお土産もらって、氷魔法が溶けたら食べごろだからって言ってたんだけど」

 ユナちゃんが氷の張られた木箱を持ってきた。木箱の中にさらに氷の塊が入っている。

「斬りますか?」

「お願い」

 セイラが氷を除去すると、中には木彫りのメッセージが入っていた。


『城 見張り塔 屋根上 中央筒』


「ああそうか。私たちが自力では戻ってこれない想定だったんだ」

「つまりは姉さんたちを殺す気はなかったということ?」

「かもね」

「でもこの氷が解けるのは、わたくしたちが落ちてから三日後あたりではなくて?」

「二人いるなら三日は全然生きられますよ」

 私は枯れ井戸の底で餓死したことがあるから結構詳しい。

 よくよく考えたら今回のシチュエーションはそれに近かった気がするけれど、その類似性を思いつきもしなかったし、全然絶望感がなかった。きっとエルミナが一緒だったからだろう。


「そういえばお二人の湯浴み中にスオウさんがいらっしゃって、修復のために学院全体が今期休講になる旨をお知らせいただきました」

 確かに、魔物は撃退できたけれど、学院の研究棟はどれも全壊に近かった(これらを実質的に壊したのは学院生たちの魔法じゃないかという気もするけれど)。

「ということは、私たちの留学はこれで終わり?」

「そういうことになりますわね」

「うーん、もう少し居たかったけど、流石に仕方がない気もしますね。一応やりたいことはやれたし。じゃあ私たちは王都に戻らないといけない感じですか。狭くて荒れてて人口が多く貧富の差に激しく、統治者に創意工夫がまるで感じられないあの街に」

「トレが大流行してるあの街だね」と親切な妹が付け加えてくれる。

「だけど学期の終わりまでは王都を出ていいという話だったから、となると休講中はそれが〝休講〟である以上、まだ学期内ですよね? で、学院できちんと学業に励みなさいという話で、でも〝休講〟なのでそれは難しいですよね?」

「ちょっとお待ちなさい。正確に文面を思い出しますから」エルミナが考え込んでから、結論だけを持ってくる。「今の聖女(ステラ)は……王都にいなくてよい、かつ学院にいなくてよい、という状態ですわね」

「論理学者ー!」

「こういうことに気付けることに素直に感心しますわ」

「ということは……」

 急に盛り上がってきた。居るべき場所を誰かに指定されない、というのは一体いつ以来のことだろう。

「自由だーーーー!」

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