穴があったなら
ロジストとスオウに導かれて、学院を横切っていく。
「魔物が出た」というレベルではなかった。そこかしこにいる。
だけどここら辺の小さな魔獣は、学院に入学できるくらいの魔法習得者なら倒せるはずなので、私とエルミナは無視してずんずん進んでいく。
本当は四人で動く予定だったけれど、魔物だらけの学院を見て、ユナちゃんとセイラはお留守番にしてもらった。
「発生源は分かりますか?」という私の問いに、
「これは秘匿情報ですが、この学院は元々ある魔窟の上に建てられたものです。魔物たちはそこからです。ですから、ある意味この状況は、学院本来の目的が機能しているとも考えられます」
とロジストが前方の魔獣を蹴散らしながら答えた。
「魔窟は一つではなかったということですわね」
「魔物が街に出ないように、学園周辺を教員と学生で固めています。ですが、エーデル兵が国境に集められている今、大元を浄化せねばジリ貧ですね。ああもう、間が悪い!」と火魔法を放ちながらスオウ。
私とエルミナは、国境の爆破とこの魔物襲来に関連があると考えているけれど、スオウたちはそうではないようだ。これに関しては情報不足なので現状どちらが正しいともいえない。ただ、魔物たちをどうにかする必要があるという点は全員一致している。
「ロジスト、あとは頼みます」
と言って、スオウが魔獣に囲まれている学生の助太刀に向かった。
「魔窟は、城の見張り塔の屋根からしか入れないようになっています。私が風魔法でお二人をそこまでぶっ飛ばしますので、あとはお願いします!」
昇降台に乗ると、昇降機の下に魔法陣が開いて、風魔法によって勢いよく発射される。
「……ステラ、これ、ちょっと座標がずれてませんこと!?」
エルミナが私の服をつかんで叫ぶ。確かに、このままだと見張り塔の横を通り過ぎてそのまま落ちてしまいそうだ。
「飛びますよ。エルミナ、手!」
差し出された手をぎゅっと握り、垂直方向の速度がゼロになるタイミングで昇降機から跳び出す。
「届けっ!」
エルミナを抱えたまま横向きに屋根の上にごんと着地して、私だけそのまま屋根から転がり落ちそうになる。
「手ェ!」
今度はエルミナが私の手をつかんで、屋根の上まで戻してくれた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。……これは……ヤバめですわね」
城の頂上から見る学院は、魔物に溢れていた。
どの方角を向いても、魔法の発色と魔獣の低い呻き声がある。おそらく数百体はいるだろう。学院の外では避難が行われているようだけど、逆にこの量の魔獣を学院内に留めているのは、かなりすごいことだと思う。流石は魔法都市。ただそれもいつまで持つかは不明だ。
「これですわね」
エルミナが屋根の上に小さな突起をみつけた。引っ張ってみると、隠し扉だった。人一人通れるかというサイズの穴が遥か下まで続いている。普通に階段を上がってこの見張り塔に来る人にとっては、中央の柱の内側にあたる場所である。
「アカリ」
空洞内にアカリを落としてみるも、底は見えない。
「こういうときに風魔法があると、こう、ふわっと降りて行けたりするんでしょうね」
「どちらから行きます?」
「私はエルミナを受け止めることには定評がありますよ」
えい、と飛び降りる。
「ヒカリ、ヒカリ、ヒカリ」
着地点に魔獣が溜まっている可能性を念のため考慮して、ヒカリを下向きに打ちながら落ちていく。
「ヒカリ、ヒカリ、ヒカ……リ……」
……………………。
……まだ落ちるの!?
……大丈夫。多少足がぐちゃっとなるくらいは想定内だ、たぶん。がんばるぞっ。
と気合をいれていたところで背中が壁に触れた。どうやら穴が徐々に曲がっていて、落下速度を殺していく仕組みになっているようだ。
だいぶ速度がなくなったところで、穴からスポーンと放り出された。
ごろごろと転がって着地をし、聖魔法を構える。
魔獣はいないようだった。
「エルミナーー! どうぞーー!」
聞こえるかは分からないけれど、上に向かって叫んでみる。
その声が届いたかどうかは不明だけど、しばらくしてエルミナが排出されてきた。
「ハァ、もうなんですの、この学院は」
ごちるエルミナをよそに、アカリを打つ。
洞穴が、奥まで続いている。
エルミナがスオウからもらっていた火魔石で松明を作った。
「あの聖女様のおうちと同じ空気ですね」
「嫌な家ですわ」
「だいぶ落ちましたよね?」
「おそらくロジストたちの地下研究室よりもずっと深いでしょうね」
「これ戻るときどうすればいいんだろう。自分たちじゃあ上がれないですよね?」
「まあ、ロープかなにかを垂らしてもらうしかないでしょう」
「魔物退治よりそっちの方がきつそうですね。風魔術師が運んでくれるといいんだけど」
「そういうのは終わってから考えればよろしいのではなくて」
「そうですね。これって昔の誰かが掘ったのかな」
「あちらは魔術師が掘った質感でしたけれど、こちらは自然にできたもののように見えますわね」
「寒くないですか?」
「確かに、少し肌寒いですわね」
「厚着してくればよかった。あ、行き止まりですよ。どこから行けばいいんだろう」
「…………」
エルミナが考え込む。
「……わたくしたちはあふれ出る魔物を抑えるべくこの穴に入りましたわね?」
「そうですね。全然魔物いないけど」
「おかしいと思いません?」
「確かに………………え、うそ、…………え、ほんとうに? こんなにあっさり? 馬鹿みたいに? そんなことある?」
「……人生最大の不覚ですわ」
「あーー、うーー、あーーーーーー、くやしいーーーーーー!」
エルミナに言われる今この瞬間まで、その可能性を思いつきすらしなかった。
スレイとの臨戦状態。
街にあふれだす魔物。
そんな異常事態の中に、私たちの助力を請う声があり、私たちは脇目もふらずここまで駆け付けた。そう、視野が狭くなっていた。そんな意識の虚をふっと突かれてしまった。
一回目の魔窟探索が罠だったなら、きっと私たちはすぐに気づいた。
魔物がそこかしこに溢れていなければ、もう少しいろいろ考えながら行動したはずだ。
グランス領での疲労の蓄積もあったかもしれない。
だけどこの鮮やかさは、ロジストを褒めるしかないという気もする。
……そう、私たちは閉じ込められたのだ。
今代聖女ステラちゃんと闇と光魔法の使い手エルミナちゃんは、愚かにも敵の戯言をまんまと信じ、地上が魔物で大変なことになっている最中、自ら進んで深い深い地下の底に入り無力化されてしまっている。
この馬鹿っ!!!!!




