陰謀のセオリー
急いで丘を降り、ユナちゃんとセイラとは学院で別れて、エルミナと爆発の現場に向かった。
私たちが着いたとき、すでに火は消され、大破した馬車の残骸は国境の緩衝地帯からエーデル領側に引き上げられていた。
一帯は騒然としている。
アルスとスレイの国境警備兵が激しく口論していた。急いで張られたであろう治療用の崩れた簡易テントの中から、ユーリカ様の声がする。
ちらりと中をのぞくと、エーデル伯爵と同乗していたであろう三名の従者が、水魔法師と風魔法師によって火傷の応急処置を受けていた。エーデル伯爵の左足は失くなっていたが、まだ死んではいないようである。あの火柱と落下で即死していないということは、おそらく護衛の従者がしっかりとその役目を果たしたのだろう。
テントを離れると、どこかに行っていたエルミナが戻ってきた。
「警備の話によると、火柱が上がる前に馬車の下の地面が光ったそうですわ」
「じゃあきっと魔法陣ですよね」
「それもあの馬車よりも大きな、ということになりますから、できる人間は限られているでしょうね」
「でもその規模の魔法陣を開くためには、犯人はかなり近くにいないといけないですよね?」
魔法陣といっても結局出力元は自分なのだから、どんなに優れた魔術師でも、五馬身くらいの距離までしか離せないはずだ。私は学園でロス先生に習ったので、魔法陣については結構詳しい。
「あなた、壁越しに魔法陣を出せまして?」
「いや、見えるところじゃないと無理です」
「ですわよね」
ということは犯人は、近距離、かつ緩衝地帯にいた馬車を視認できる位置にいたということになる。
「こんなに簡単に犯人を絞れるのに、どうしてわざわざこのタイミングで狙ったんでしょう。昼間の街中でやれば、どうとでも人込みに紛れられるのに」
「きっとあれがやりたかったのでしょうね」
エルミナの目を追うと、スレイとアルスの国境兵が一触即発の雰囲気に陥っていた。
「確かに、犯人がスレイ側の国境兵ということもありえますね」
他にもたくさんの可能性を思いついた気がしたけれど、まとまらなかった。
たぶん眠いんだと思う。寝ずの山中行軍のせいで頭が全然回っていない。
ここに居ても役に立つことはなさそうだったので、とりあえず宿舎に戻ることにする。
「行きたかったな、朝市……」
*****
夜に起きたとき、事態は思いのほか進展していた。悪い方向に。
「国境壁が一か所壊されたって。だからそこを中心にアルスとスレイの軍が集まってにらみ合ってる」とユナちゃんが現状を教えてくれる。
「おそらく同一犯ですわね。狙い通りといったところでしょう」
「でもこの緊張状態をわざわざ作るって、誰にどういうメリットがあるんでしょう」
「それはエーデル家に恨みがあるですとか、ソフィ・フィリアのような嗜好の持ち主だとか、合理的ではない動機だって色々ありうるでしょう」
「スレイ側の視点からすると、この国境はユリアナ第二皇女の管轄です。皇位がらみの可能性も考えられます」とセイラが付け加えた。
「つまり考えたってよく分からないってことですね」
「低い可能性だけど……前に私が王都を落とすなら、姉さんが遠くに行くように仕向けるって話したのを覚えてる?」
「そして王宮の裏の森を燃やして、街に魔物を出すやつね」
「例えばだけど、私たちがグランス領を出てからこんなに早くキエルヒに着くなんて、私たちだって思ってもいなかったよね。この街を壊したい人からしたら、今って〝街に聖女がいない〟タイミングでもあると思う」とユナちゃん。
「でもそれなら別に私たちが王都に帰った後でもよくない?」
「うん。それは私もそう思う。だから急に魔物が現れた、なんて報告がない限りは気にしなくてもいい可能性だとは思うんだけど――」
ドンドン、と玄関を叩く音があった。
扉を開ける前に、用件が聞こえてくる。
「ロジストです! ステラさん! 夜分にすみません! 学院内に魔物が出たので至急手を貸してもらえませんか!?」
卓上の四人の視線が、諦念的な一点で交わった。




