花火のようなもの
昨日グランス領を出たジルたちの馬車よりも随分と先行してしまっていたので、レッカが別れ際に馬を四頭貸してくれた。本当に色々なところに馬が配備されている。
一泊してから朝に街を出ようという計画だったけれど、私が主張して真夜中に出発することにした。馬小屋に放り込まれた過去の聖女人生から馬は夜も目が利くというのは知っていたものの、実際に夜の山道で騎乗した経験はなかった。「エルミナの指輪」ではないけれど、なにかしらの緊急事態が来る前に、一度夜の山を馬で駆ける練習はしておいた方がいいと思ったのだ。幸いにして、万が一誰かが怪我をしても、今ここにいるメンバーなら私は治すことができる。
途中、野営の旅人たちを夜襲しようとしている盗賊に夜襲をかけるイベントはあったものの、概ね問題なく山道を走り抜けることができた。久しぶりにきちんと馬に乗ったのだけど、過去生に比べて今の私は格段に乗馬が上手になっていた。マユナに乗ることに比べたら、馬ってすごく人が乗りやすい形をしていると感じた。ぴたっと背中に座れるし、視点が高いし、横揺れが少ない。
そういう話をしたら、ユナちゃんも「ドラゴンに比べたら馬は乗りやすい」と言っていた。極めて乗りにくい動物に乗ることで乗馬がイージー、みたいな特訓方法を作れそうだ。セイラはドラゴンを見たことがないとのことだったので、いつかみんなでエルフの里に遊びに行きたいねと話した。
やがて、空が白み始める少し前、夜の終わるころにキエルヒに着いた(旧リーメイ領がエーデル領に再編されていなくても山を突っ切れば半日で戻って来られる!)。
鳥たちが目覚める前の凛とした静寂、少し温い丘風が心地よい。懐かしの国境壁の魔石火の隊列が遠くに揺れている。
まだ暗いうちから活動を始める働き者たち、人気のない通りを静かに走る馬車。街が始動する瞬間というのは、見ていてなんだか楽しい。
遠くに見えた馬車は国境を超えようとしているようだった。朝から隣国に買い付けに行く商人だろうか。いやでももうちょっと大きいな。というかユーリカ様のところの、エーデル家の馬車のようだ。こんな暗いうちからお仕事とは、エーデル伯爵も中々に多忙な人だ。
馬車が国境間の緩衝地帯に入って見えなくなる。街の反対側では、何か商品を積んだ荷車から、荷物が降ろされている。朝市をやっている広場のあたりだから、それの仕入れだろう。
「朝市ってまだ行ってないから、あそこの、行ってみません?」
「あなた……よくこの行軍のあとで元気ですわね」
「姉さん、さすがに私は戻って寝たいかも」
「お供します」
「エルミナは?」
「あなたの体力が異常なのですわ。……そんな顔しないでくださるぅ? 行きますから」
「やった」
と言いかけたところで、遠くでバン、という音がした。目を向けると、高い炎が上がっている。国境付近の火柱がここからでも大きく見えたのだから、相当な炎量だったのだろう。その炎に打ち上げられて、先ほどの馬車が宙高く舞っていることに気が付いた。
馬車の落下と交代で、今度は黒炎が立ち上る。
「…………」
「……………………」
少しの間があって、ようやくその意味を理解した。誰かがエーデル伯爵の乗った馬車に火魔法を仕掛け、乗客――エーデル伯爵を焼き殺した。
「…………大事件じゃん!」




