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秘密の部屋のつくり方

「すみません。純粋に力不足でした」

 とずぶ濡れのセイラがユナちゃんに引かれて戻ってきた。

 ユナちゃんがドライヤーでセイラを乾かしてあげる。


 レイの方はレッカに雑に褒められている。どうやらレッカ様的には、満足のいく結果だけど最後の大技までは見せたくなかったというところらしい。確かに、あの地面抜けと水嵐のコンボを初見で抜けられる人間が存在するとは到底想像できない。少なくとも、これが実戦で、受けたのが私だったら確実に死んでいる。それを自分が食らう前に、一人の死者もなく見られたのはかなり大きなメリットであったと感じる。


 というかそれ以前に……試合がめちゃくちゃ面白かった!


 魔法大会では誰かさんが早々に負けたせいで自分がずっとプレイヤー側だったから、こんな風にハイレベルな競技試合を見るのって初めてだったのだ。試合時間としては短かったけれど、濃密だった。面白いな。楽しいな。やっぱり上と下から同時に攻撃されるのってかなり嫌なんだよな。

 左右同時なんかよりよっぽどやりにくそうだった。闇魔法は基本的に下からだから、上からの攻撃に乏しいんだよな。そうなるとやっぱり肝は魔法陣だ。精度を持って使いこなせるように目指していきたい。というか土魔法ってあんなに強かったんだ。おそらく土魔法以外でセイラの斬撃は防げない。もしかして属性最強って土?


「あなた、本当に楽しそうですわね」

「めちゃくちゃ面白かったですね! わたし魔法のこと好きかも」

「レイの魔法が、ではなくて?」

「ね! レイさんもセイラも!」

「レイでいいっすよ。サンなんて柄じゃないし」

「私も許可しますよ」

「レイってロス先生に習ったんですか?」

「誰?」

「あなたねえ……アルス魔法学園の魔法科のすごい先生よ。この前の魔法大会で解説に来ていたそうじゃない」

「ああ、あの名前がやたら長い人」

「この子は学園に通っていないんですよ。そこら辺に落ちてました」

「魔法大会に来ていたんですか?」

「カトレア卿が見たくてっすね。だからあんたのことも知ってるです。気概があってよかったっすよ」

「今のを見た後にあなたに褒められると嬉しいです。ありがとうございます」

「セイラさん、うちにいらっしゃいませんか?」

「他人の従者を主人の前で勧誘しないでくださいますぅ?」

「お誘いは嬉しく思いますが、私の柄はもう握られていますので」

「残念」

「あの、レイさんは王都の地下に穴を掘った人ですか?」

 とユナちゃんが尋ねた。


 レイが「おっ」という顔をして、その顔をレイが出したことに対して、レッカがため息をつく。そのため息に対して、レイが「やべっ」という顔を出した。


「そうですね」と観念したようにレッカが肯定した。「なぜそう思うの?」

「あの穴の断面がとても似ていました」

「……あなたもうちにいらっしゃらない?」

「ユナはわたくしのところに来ることになっておりましてよ」

「ユナさん、この方に愛想が尽きましたらいつでもいらっしゃってね」

「そうします」

「ユナ!?……こほん、つまりレイはウォルツ家の人間に負けましたの?」

 茶番が挟まったから分かりにくくなったけれど、つまりはレイが他家のソフィ会長の命で王都に地下トンネルを掘ったのならば、先ほどのセイラ戦のような賭け試合の結果レイの貸し出しが行われたと考えるべきで、すなわちウォルツ家にはこのレベルの使い手がいるのですか、とエルミナは尋ねている。

「勝ちたくならない相手には、そこまで勝ち負けにこだわりませんよ」とレイが言った。

「そうね。それにソフィ様のことは私は結構好きでしたよ。あの子って公爵家にはなかなかいないタイプで面白かったでしょう?」

「それは、認めますけれど」

「もしかして魔人化の技術も提供してました?」と私。

「相応の報酬さえいただけるのでしたら、エルミナ様にも色々と融通いたしますよ」

「まあ、それは楽しみですわ」


 地上に戻ると馬のレースは全部終わっていて、会場はがらんとしていた。何頭かの馬とその騎手だけが、コースを緩く駆けながら調整を行っている。

 レッカの母親に会うには今日はもう時間が遅かったので、レース場近くの料理屋の個室でレッカたちと夕食をとった。

 生の馬肉がお出しされて身構えたけれど、とても美味しかった。氷魔法で馬肉を長時間冷やすことで食あたりしない馬刺しを作れるらしい。それはつまり、とてもとても高価な料理だということだ。


「最近、このあたりのお店はとても美味しくなりましたよ。旧リーメイ領の料理人たちがたくさん流れてきましたから」

「引き込んだ、の間違いではなくて?」

「それは人間的意志に関するとても難解な問いかけですね」


 こういうやり取りを聞いていると、私は結構レッカ様のこと好きだな、と思う。生まれた年が違ったなら、エルミナでなくレッカに拾われていた可能性もあったかもしれない。きっとそれが何十年か前の元聖女様なのだろう。


「ステラ様はヨハン殿下と結婚されますか?」

「どうでしょうね。その場合は妃教育とか受けないとなので、どちらにしろだいぶ先の話になるかと思います。なぜですか?」

「もし結婚されるのでしたら、その前にどこか公爵家か侯爵家の養子に入るでしょう? グランス家はいかがですか? 現状私に強い裁量がありますから、色々融通しますよ」

「ありだと思う?」という目でエルミナを見ると、「ありかもしれませんわね」という顔をしていた。


 そう、エルミナがエディング王子と結婚するのなら、私はグルナート家に入るべきではない。二人の王子のパートナーが共にグルナート家となってしまったら、流石に他貴族からの反発は免れない。その上、私たちは貴族の利権を解体しようとしているわけで、それなのにグルナート家が二人で居座ってしまったなら、それは単に解体した利権を自分たちが独占しようとしいているという風に捉えられてしまうだろう。というかその前に、私たちの仮想敵であるところのグルナート宰相夫妻の義子になるのは普通に嫌だ。貴族の結婚は当主の許可なしには成立しないから、グルナート家に入るということは私の綱を宰相夫妻に与えるということになってしまう。


「闇魔法を使いますわ」とレイがいる手前、エルミナが予め宣言してから影を走らせる。部屋の外で聞き耳を立てている人間がいないことの確認だ。

「なるほど。でしたらこちらも用心させてください。レイ」

「りょーかい」

 レイがなにか魔法を使う。何も起こらな……いや、え、うそ、すご、本当に?


 私とエルミナとユナちゃんとセイラとレッカとレイのいるこの部屋が、部屋ごとゆっくりと降下している。おそらくはセイラに使った地面の消失技を少しずつ繰り返しながら、部屋を垂直に地面の下に沈めている。今、部屋の外にいる人がこの部屋に料理を運んで来ようとしたなら、そのまま真っ逆さまにこの部屋の天井に落ちるだろう。

「こんなの、見せてよろしいんですの?」

 確かに、例えば王が食事している部屋全体を沈めることで気づかれないうちに殺すことができる気がする。こんなの王家の加護がどうこうの話ではない。部屋の上にも土を盛ってしまえば、同級の魔術師がいない限り、外部の人間が部屋にたどり着くことができない。加えて、レイはセイラの刀すら通さない硬度に土を変質させることができるから、闇魔法でも持っていない限り、きっと内側からの脱出も難しい。

「大丈夫ですよ。レイはまだまだたくさん持っていますから。これくらいお見せした方が、そちらもお話しやすいでしょう?」

「これめちゃくちゃ疲れるんすけどぉ!」というレイを無視して、レッカに尋ねる。

「レッカ様は現在の貴族制をどう思っていますか?」

「………………あは」

 レッカが無邪気な笑みを浮かべた。

 どうやらこの問いの先にある意図を察したらしい。

「つまり、お二人はこの国を滅ぼそうと考えていらっしゃる?」

「いや、ただどう思っているのかなーと思って訊いてみただけですけど」

「そういうことですね。分かりましたよ」とレッカがにんまりと笑う。たぶんこういう話が好きなんだろうな。

「これは全然別の話ですけれど、レッカ様は貴族の血統主義をこれっぽっちも信じていないでしょう?」

「どうしてそう思われますか?」

「この街を見ていれば分かりますわ」

「それもそうですね。私にも身体的には母と同じ血は流れていませんよ。結局のところ、家の中で代々受け継がれるべきは血ではなく、思想なのではないでしょうか」

「ふふ。そういう意味では、エルミナは継承に失敗してますね」

「わたくしは、引き継がれるのは領民に対する責任であって、血筋も思想も一つの手段に過ぎないと考えていますけれど」

「高貴ですね。純粋にいい意味で使っていますよ」

「ありがたく受け取りますわ」

「つまり今の王都の制度では全領民に責任を持てていないので、一度破壊し、再構築したいというのが私たちの考えです。レッカ様はどういうことを考えていますか?」

「私は母の望みを叶えたいというのが常に一番ですよ。領地を豊かにした結果領民に対して責任を負っているように見えるのは、偶然です。目的のために手段を用意する過程でこうなったといいますか」

「お母様の望みというのを伺っても?」

「驚かないでくださいね」

「ええ」

「私にも分からないのです」

「ええっ」

 普通に声に出して驚いてしまった。じっとりとした目でユナちゃんに見られる。ごめん、いやでもそんなことある?

「私は母のことがとても好きなのですが、母にとっては私は手段でしかありません。そもそもそのために育てられたわけですから。だから、いつでも母の目的を叶えられるように、あらゆる側面で牙を研ぎ続けていた結果、なんだかいい感じの領地が出来てしまっていて」

「適切な感想か分からないけど、面白いですね」

「私もそう思います」とレッカが頷いた。「ただ、母がこうなったのは叔母――つまり母の姉――の死が関係あるようですから、あなた方が元聖女様の情報を持ってきてくださったことで、終幕が近づいたと感じていますよ」

「仮にですけど、お母さんが聖女に憎しみを抱いていて、聖女という存在(わたし)を消し去ることを目的としていた場合、レッカ様はどうされますか?」

「そうでないことを願っておいてください。私は狂った人間と一生懸命な人間が好きです。あなた方はそれに該当するように感じますから、向かう方向が同じだといいですね」

「どきどきしますね」

「儲かるのは胴元ですけど、楽しいのはプレイヤーですから」

 レッカはきっと、自分のことが好きだろう。

「ではわたくしたちが同じ方向を向ける場合、グランス領はわたくしたちと協定を結んでいただけるということでよろしくて?」

 きちんと言質を取っておくエルミナの丁寧なプレイング。

「ええ、構いませんよ」

 と意図をきちんと捉えたレッカが悪い顔で頷いた。

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