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血統について論じ、決闘のようなものをする

 馬車で一日以上かけて(!)グランス領に着いた。


 最近、色々な街に行くようになってようやく気づいてきたのだけど、数ある王国領の中でも、我らが王都の平民街下層はかなり環境が悪いと思う。これは推測だけど、貴族領は街をどれくらい整えられるかが税収入に直結するのに対して、王宮の財源は王都に依存しないから、重要度が低いのではないだろうか。もしかしたら全然違うかもしれないのだけど、半スラム育ちの私から見たら、大抵の街が綺麗に見える、という話である。


 グランス領も綺麗だった。トーレスやエーデルと比較して何かが突出して優っているというわけではなさそうだったけれど、人が多く、その分淡々と街が整えられていた。


 グランス家は国境警備の統括貴族といった役割があるらしく、確かに兵士や傭兵の恰好の人が多かった。例えば国境で大事があった際などには、グランス公爵家にお伺いが立てられるらしい。早馬用の馬が街の四方にたくさん待機しており、そこから派生して良馬や軍馬の名産地としても知られているらしい。競馬も行われている。様々な馬グッズがお土産に売られていた。


 先行して到着していたジルの情報によると、現在のグランス家は、元聖女のお友だちの妹にあたるターラ・ストーバ・ツー・グランスの娘、レッカ・クラフト・ツー・グランスが実務を行っているようだ。あの『私は愚かです』ハンカチを贈られたレッカ様が!


「元聖女様の依頼で来た割に、私たちってめちゃくちゃ喧嘩を売ってません?」

 食堂に入り、名物の馬肉を口に運びながら言う。馬の肉を食べるのは初めてだったけれど、焼いたらまあ動物の肉だな、という味がする。

「向こうが売ってきた喧嘩ですもの。逆にこれくらいしないと舐められますわ」

「売らせた喧嘩ね」


 後から聞いたところによると、私たちが堂々とグランス領に来られるよう、エルミナは他に4つ策を準備していたらしい。うち3つは空振りで、このまま進展がなかったら5つめの策をやろうかというところにニコラ様がかかったらしい。私視点だと、エルミナが攻撃をされて即興でやり返したように見えたけど、攻撃された段階で既に勝利が決まっていたようだ。実に貴族的である。


 ちょうど競馬の大きなレースが行われる日だったので、競馬場に行ってみた。

 馬たちの蹄を鳴らす音が、遠くの雷鳴のように低く響いていた。

 ちょっといいチケットを買うと、高低差と日よけの付いた座席に座れることができた。氷魔法でよく冷えた飲み物と、お菓子を無料でもらえた。結構なお値段の席だったけれど、貴族専用というわけではないらしく、ラフな格好の人たちも多くいる。その人たちも、ラフだけど気品を抑えきれないエルミナ様と同等のサービスを受けられていたから、なんとなくこの街の統治者に良い印象を抱いた。比較対象が王都だから、私はだいたいどの街にも好感を抱く。


 メインのレースはまだ先だったから、前座的なレースを見ながら競馬について学んでいく。楕円形の大きなコースを二周して、一着から三着までの順位で配当が決まる。レース中に隣を走る騎手に〝うっかり〟肘うちや鞭が入ってしまうのはルールの範囲内で、二レースに一人は落馬して後続馬に引かれて担架で運ばれていた。魔法は禁止。


 ユナ調教師曰く、競争馬は貴族よりも血統を重んじるらしい。強い血を持つ馬と強い血を持つ馬を交配させて生まれた馬が強くなる確率は、そうでない場合と比べて優位に高いそうだ。なら名馬の産地として有名、というのはきっと交配のさせ方を心得ているということなのだろう。


「魔法に長けた人同士で強い子どもを作る研究をやってる家とかありそうですよね」

「というかそもそもとして、多くの貴族はそう信じているでしょう」

「実際のところ、いくらかの相関ってあると思います?」

「その質問には意味がありませんわね」


 つまり、実際に全くの同環境で人間を育てたとして、仮に貴族の子どもの方が優秀だとするなら、それは現在のこの王国の貴族性(システム)にある種の正当性を与えてしまうので無視した方がよい、というのがエルミナの意見だ。


「いやでも、優秀な人間が存在することと、優秀な人間がそうでない人間を虐げていいこととの間にはなにも関係がないのでは?」

「あなたが正しいですわね。仮にあったとしても、それよりも外的要因の比重が大きくなるというのがわたくしの予想ですわ。あの馬たちだって、血統と環境の比較でしたら後者の方が強いのではなくて?」

「根拠は?」

「そういえばどなたかがわたくしの横に座っていますわね」

「わたしかー」

 存在に触れないようにしているから忘れがちだけど、そういえば私の両親は生粋の平民だった。

 でも確かにそうなのだ。一度目や二度目の人生の私は、今にして思うと酷いものだった。それが今、こうしてエルミナの横に立っていられるのは、計四度の人生でユナちゃんから教育を受けているからだ。自分がそうだからという理由で、私は環境要因論者になってしまう。だけどこれはおそらく人間的な脆弱性だろう。サンプル数1でなにかを分かった気にならないという点では、私よりも馬の方が賢いかもしれない。


「楽しそうなお話をされていますね。私も混ぜてくださらないかしら」と隣のシートに客が来た。

 発声の仕方で、貴族だと分かった。お付きが何人かいるし。この場と照合すると、おそらくはグランス家の人間だ。

「ごきげんよう、レッカ・クラフト・ツー・グランス様」

 とエルミナが私に情報を教えてくれる。

「ごきげんよう、エルミナ・ファスタ・ツー・グルナート様。覚えていてくださり嬉しいわ。最後にあなたとお会いしたとき、あなたはまだこんなでしたから」とレッカが膝のあたりで身長を示した。

「お久しぶりですわね。中々王都にいらっしゃいませんから、お顔を忘れてしまいそうでしたわ」

「まさかまさか、グルナート公爵家のご令嬢様が、他の公爵家の人間の顔を忘れるような無礼をなさるはずがありませんわ」


 私はエルミナとこういうじゃれ方はできないから、その点ちょっとこの人が羨ましいなと思ったりした。


「あなたが聖女様で?」

「はい。ステラです」

「ようこそ、グランス領へ。歓迎しますよ」

「ありがとうございます」


 次のレースが始まったので、いったんみんなでレースに目を向ける。


「エルミナはどの馬が勝つと思いますか?」

「3番の馬が逃げ切りそうですわね」

「どの馬が勝ったとしても、それはグランス家の勝ちを意味します」

「まあ、ご自分の家を馬に例えられるとは、よほど馬がお好きなのですね」

「……気に入りましたよ。単刀直入に伺います。何用でいらっしゃったのでしょう」

「観光ではいけませんの? 素晴らしい領地だと思いますが」

「規則を犯してまですることではないでしょう」

「規則にも犯しやすいときと犯しにくいものがあるでしょう。どなたかのおかげで前者となりましたから」

「ハンカチをありがとうございました。額縁に入れて飾っていますよ」

「喜んでいただけて嬉しいですわ」

 レッカの部下がやってきて、レッカになにか耳打ちをした。レッカが少し考え込む。

「……エルミナ様は人間が愚かに争う様はお好きでいらっしゃいますか?」

「……まあ、そうですわね。ハンカチーフを買うくらいには」

「ステラ様も?」

 質問の意図が取れなかったので、「私は人間の営み全般が大好きですよ!」と適当に答えた。

「実は地下に、闘技場があるのですが、どうやら少々トラブルがあったようでして、私は向かわねばなりません。せっかくですので、ご見学されますか?」

 一瞬、エルミナと目線を交えて、「意図が分かりまして?」「全然」という無言の会話をした。

 領地内でトラブルがあること自体は普通のことだと思うけれど、こういうのって普通は優秀な部下が内々に処理するものではないのだろうか。あるいは、自分が赴かないといけないとしても、それを部外者の私たちに知らせる理由はないように感じられる。

「それはどういった意図ですか?」と私が尋ねる。

 こういう愚かな質問を堂々とするのはエルミナではなく私の役目だ。


「…………。ご存知かもしれませんが、地下闘技場は、公的には存在しないことになっている違法に近い賭博施設の一部です。私には、あなたたちが当領にいらっしゃった理由が分かりません。変に嗅ぎまわられるよりは、同伴していただき、目の届く範囲でそれらを正しく案内したいと考えました」

「例えば私たちをだまして閉じ込めてその闘技場で戦わせよう、みたいなのは?」

「もちろん、考えなかったといえば噓になりますが、考えただけですよ。私たち公爵家はあらゆる選択肢を比較検討し、最も優れたものを選び取らなければならない。そうでしょう、エルミナ様?」

「同意しますわ」

 反例としてソフィ会長を挙げることはできたけど、エルミナの同意に同意することにした。


 まさに今いた競馬場のずーっと地下に闘技場はあった。

 降りていくのには、学院にもあった自動昇降機を使った。

「グランス領には、学院出身の研究者が多くいますからね」

 と私の考えを読み取ったレッカが教えてくれる。

 そういえば、公爵家の名前を冠する領地に入ったのは初めてだ。どこもこんなに先進的なのだろうか(王都と違って!)。


 途中で自動昇降機の中継地があって、別の昇降機に乗り換えた。普通はこのタイミングでしっかりと身体検査をされる仕組みのようだったけれど、今回は引率者に免じてパスされた。中継地の層には多くの人がいて、漏れ聞こえる声を聴く限り、下のトラブルからここまで逃れてきたようだった。

 そこからさらに降りていくと、ぐるりと中心の空間を取り囲むように扉を取り付けられた廊下がある。中に入ると、大きな闘技場、そしてそれを取り囲むたくさんの客席。


 闘技場では、なにかを制圧しようと人々が魔法杖を振るっていた。でもよく見ると、戦っている人よりも、闘技場内に倒れている人の方が多い。

 〝なにか〟は、…………本当になに?


 魔物ではあるけれど、魔獣かどうかが少し怪しい。体躯は竜よりも小さいが、一般的な魔獣よりははるかに大きい。脚は馬のようだけど、背中には翼があり、口には牙があり、頭には二本の角が生えている。魔物化しているので細部はぼんやりと輪郭が曖昧だけど、なにかそういう見た目の動物の魔物化だった。

 杖を向けている魔術師たちが、角で刺され、翼で叩かれ、牙で噛まれ、脚で踏みつけられていく。

「レイ」

「行ってきます」とレッカの護衛をしていた一人が、客席から闘技場内に飛び降りて杖を抜く。

「お前ら、そいつら引っ張って下がれ」

「「「「はい!」」」」

 魔角翼牙馬(仮)の敵意がレイに向く。

 床から何本もの柱状の棘が生えてきて、魔角翼牙馬の胴体を刺し貫く。すごい、完全に洗練された土属性魔法だ。

 だけどこの大きさの魔物はこの程度では倒せない。今の攻撃で核は見えたが、そこに強力なダメージを与える必要がある。対魔物に関して私は結構詳しいのだ。

 レイが角の攻撃をかわす。魔角翼牙馬が馬の脚の助走から、翼を使って飛び上がる。

 レイは自身の立っている地面を魔法でせり上げると、魔角翼牙馬と同じ目線に立つ。

「よう」

 魔法杖の先に水魔法が集中する。客席上方にいる私たちと同じ高さにいたから、偶然よく見えた。これはおそらく、水の圧縮。指先サイズの水の球に、極限まで水魔法が凝縮されている。他人がこれをやっているのを初めて見た。聖魔法ステラと同じ原理だ。

 護衛の一人が、レッカに傘を差した。

 凝縮された水魔法が、魔物の核に触れる。圧縮された水が全方位に拡散し、魔角翼牙馬が内側から弾けるように爆発した。

 大量の水が上から降り注ぐ。

 レッカは傘の下にいたし、エルミナは闇魔法でユナちゃんやセイラに降り注ぐ水を削り取っていた。結果として、私だけがずぶ濡れになった。

 レイが何か所かの地面をいくつか階段状に上昇させて、客席まで戻ってくる。

「戻りました」

「ごくろうさま」

 屈んだレイに、レッカが手の甲にキスをさせて迎えた。

「お見苦しいところをお見せしました」

「わたくしとしては、手の内を見せてくださってありがとうというところですけれど」

「対人だと私は今の十倍は強いっすよ」とレイが言う。

「それは盛りすぎでしょう」とレッカ。

「確かに、まあ七倍ってところですかね」


 たぶんこれは本当で、私が魔人や魔竜とやり合えるのは、聖属性の相性によるところが大きい。逆にいうと、このレイさんは相性不利で魔物相手に今の破壊力を出してみせた。今の魔法を対魔ではなく人に向けて撃つだけでも、何倍かの威力として入るだろう。それはたぶん、制約なしで火剣を振るうときのカトレア卿に匹敵する戦力である。


「ところで今の魔物はなんですの?」

 エルミナが客席に腰を下ろしたので、みんなで座る。私だけ濡れてるんですけど。

「魔物化の過程とそのコントロールの仕方は学院でご覧になっているでしょう? あれの応用ですよ」

「あんな変な魔物は見たことなかったですけど。あ、どうも、ありがとうございます」

 護衛の一人が魔石式のドライヤーを持って来てくれた。

「動物の死体から魔物が発生するのなら、複数の死体を混ぜてみる、というのは当然のアイデアじゃなくって? ここではプレイヤーがオリジナルの魔物を戦わせて賭けを行っています」


 聖女(わたし)の前でそれを言うのは舐めてない? というのと、めちゃくちゃ面白そうなことやってるじゃないかという気持ちが半々くらいで湧いた。


「なぜそれをわたくしたちに?」

「これくらい譲歩してあげると、あなたたちも目的を話しやすいでしょう?」

 実のところ私たちに情報を伏せる利点はそんなにないはずなので(一度開示を渋ったおかげで結果的にレイの魔法が見られたのだけど)、素直に元聖女様からの依頼だったことを話した。


「……驚きました。まさかあの聖女が存命だったとは」

「というわけで、困ってないならそれでいいので、私たちは馬肉を食べて帰るんですけど」

「でしたら母に、ターラ・ストーバ・ツー・グランスにお会いください。今のお話に出てきた聖女の友人の妹にあたる人間です」

「取り次いでいただけます?」

「……一つ条件があります」

「それは内容によりますわね」

「今のお話を伺う限り、これはそちらからの依頼です。うちの最高戦力を見せたことと、やや天秤が合っていないように思われますよ」

「あら、別にわたくしたちは見たいなどと一言も口にしていなくてよ」

「ええ、そこは私の落ち度です。ただ、そちらの最高戦力を見ておきたい」

「わたくしの闇魔法を、ということですの?」

「まさか。公爵家の跡取りであるエルミナ様にそんな不躾なお願いはできませんわ。そちらのメイドの方で結構です」

 とレッカがセイラを見る。

「わたくしたちになにかメリットがありまして?」

「うちのレイと試合をしていただけませんか? もちろん死ぬまでではなく、魔法大会式、どちらかが有効な一撃入れるまでで結構です。もしそちらの方が勝利されれば、レイを十日間お貸ししましょう。朝から晩まで。とても有用ですよ。逆にレイが勝っても私はなにも求めません。試合を受けていただくことで、私はすでに受け取りますから」

「なるほど、胴元らしい考え方ですわね」

 セイラの方を見ると、「自分はどちらでも」という顔をしていた。

 私はというと、正直なところレイの他の魔法を見てみたい。あの水球がステラと同じ技術だった以上、私とレイは魔法に対するアプローチが近いはずだ。見ることは勉強になると思う。

「一つ条件を出しても?」と提案する。「ここで見た技術やその他を、この場にいなかった人間に口外しない、というルールを全員に対して加えてもいいですか?」

「正常な判断ですよ」

 と言って、レッカが二名の護衛メイドを残して、死体の片づけをしていた人も含めた全員を闘技場内から完全に撤収させた。二名というのは、こちらの人数に合わせてくれたのだろう。

「どれくらいやりますか?」とセイラに耳元で尋ねられる。

「勝ち負けはどっちでもいいけど、さっきの水ステラよりは上の魔法が見たいな」

「承知」


 二人が闘技場に降りて向かい合う。

 セイラは刀を鞘から抜いて構えている。セイラが対峙してきちんと構えているところって初めて見る気がする。基本的に気づいたときには抜かれているか、もう敵が斬れていることが多い。


 レイの方は右手にオーソドックスな長さの魔法杖を握って入るけれど、その腕はだるんと脱力している。左足がやや前に出ており、上体の向きが、セイラに対して斜めになっている。おそらくは杖の出所が見えにくいように。「魔法決闘術」なんて科目があったら、きっとこういうことも習うのかもしれない。


 始まりの合図はないけれど、戦いはすでに始まっている。

 ――セイラが駆けた。

 セイラの跳躍なら三歩で喉元に届く距離の二歩目、急にセイラの足元が土魔法で隆起した。

 セイラがバランスを崩さないよう、仕方なく勢いを上方にもって跳ね上がる。

 そこに設置されていた水魔法。魔法陣だ。凍らせられたわけではなく、圧縮によって輪郭を得た水が矢のように降り注ぐ。

『今のは圧縮した水を後ろ向きに放出することで形を得るとともに加速をも可能にしているんですね。実に素晴らしいです』

 脳内ロス先生!

 セイラがそれらの弾丸を切り落とす。

 せり上がった地面が角のように鋭く下からセイラを刺し狙う。

 セイラの刀が宙に正円を描く。

 迫りくる魔法がまるで()()()()()()霧散する。

 セイラが久しぶりに、数瞬ぶり地面に降り立った。

 その着地は前方への加速を兼ねていた。

 気づけば刀の射程内にレイがいる。

 下から切り上げようとする刀に、幾重もの地面が盾となって立ちふさがる。剣聖は、それらすべてを一刀で断ち切る。

 その束の間に、今度は分厚い壁が現れる。

 それもまた一刀両断しようとしたセイラの刀が、壁の中で一瞬止まった。

 セイラが壁から刀を抜いた。

 間合いを取る。

 土埃が舞う。

 静寂。

 セイラの刀がなにかを斬れなかったところを初めて見た。


『実にいいですね。ただの土を『土魔法』という概念に落とし込み、土ステラの要領で圧縮して硬度を出したんですね』

『それってもはや魔法で物質を変化させている、みたいな話になりません?』と脳内でロス先生の横に座った実況の私。

『奥が深いですね~』とあんまりちゃんとした解説をしてくれない脳内ロス先生。

 脳内ロス先生は私の知らないことをしゃべることができないのだ。


 二人が向かい合う。

「剣士ってのは、刃を入れた後に硬度を変えられると嫌だろう?」

「……お名前を伺っても?」

「レイだ」

 時間差を置いて、レイの髪の毛がいくらかはらりと落ちる。セイラの刃が届きかけていたのだ。

「セイラです。この子は極光」

「なるほど、いい剣だ。カトレア対策をここで使うとは思っていなかったよ。あ、ちょっとタイムね」とレイがこちらを向いて叫ぶ。「レッカ様~、セイラに勝ちたいんだけど、使っていいっすか?」

「……ハァ、好きにしたら」

「感謝っす。……というわけで、出し惜しみなしでいくぞ」

 その目つきに、セイラが構える。

 レイも構える。今度は杖の先が最初からセイラに向いている。


 間。


「――ッ!?」

 セイラが仕掛けようとしたその瞬間、闘技場の地面の半分が消失した。

 正確には大きくてとてつもなく深い穴ができていた。

 突然足元を失ったセイラが、くるくると底まで落下しながら体勢を立て直そうとする。穴底に着地、即時に真上に跳躍。

 元の地面の高さ舞い戻ったその先に待ち構えていたのは、大量の水。

 穿たれた穴と同じ容積の水が、頭上に固定されている。

 ものすごい量の水が暴力の嵐のようにセイラの頭上に降り注ぎ、セイラが穴へと押し戻された。濁流の中で、セイラがもがき、浮上し、その度に新たな水の嵐に奥底まで沈められる。

 やがてセイラがゆっくりと浮かんできた。

 なんとか水から這い上がったものの、息が大きく乱れている。

 そんな荒く動く喉元に、土魔法で模られたレイの剣が触れる。

「どう?」

「……ありません」

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