「聖女」になろう
そうしてあっという間に二年が過ぎた。私は十四歳になった。
この二年間はかなり充実していたと思う。
体力はついたし、剣術や護身術を身につけたし、お金も今後必要な分は稼いだし、ユナちゃんから政治や経済も学んだ。「政治をやらない」は私の今生の目標の一つだけど、他人にハメられないためにも、知っておいて悪いということはないだろう。
家の手伝いに来てくれていたカリナ、キャル、クエルは様々なスキルを身につけたし、ジルに至ってはできないことはないんじゃないかというくらい完璧になった。完璧になられすぎて私の方が形無しなのだけど、今後も傍で私の手助けをしてくれるらしい。「私はたぶん聖女に選ばれる」という大胆打ち明け話をしたときも、「貴族に混じって暮らすんだな。ならオレは執事になります」とさも当然のように、翌週にはどこからかお茶の淹れ方を学んできた。
マユナとももっと仲良しになって連携を取った魔獣狩りができるようになった。おかげで私の知る限り、最近はスラムでは魔獣による死者は出ていないと思う。中毒者が減ったかどうかは怪しいけれど、温かい食事のために動く気になる人たちが増えたのはいいことだと感じる。
概ね満足な二年間だった。もし私が今生でも死んでしまってまた十二歳に戻ったとしても、きっと同じように行動するだろう。
そして、いよいよ鑑定式の日を迎えた。
平民の鑑定式は、貴族門に一番近い教会で行われる。
魔力があると平民でも貴族エリアの学園に通えるし、将来的に魔法職、すなわち魔石を使った街のインフラ業に就けるから、安定した収入が約束されるのだ。そういうわけで、今年十四になる子どもたち(の保護者)は目をギラつかせている。子どもを産んだ理由を平民の親に尋ねたなら、何割かは「鑑定式で当たりを引くため」と答えるだろう。
平民が学園に通える割合は三十人に一人くらいだろうか。逆に貴族はほぼ全員魔法適性を持っているとされる。そこから魔法=血統という話が出てきて、それが貴族の権威を高めている。これは単なるゴシップだけど、たまに貴族でも鑑定式を通らない子がいて、そこから妾の子だと判明する、みたいな話もあるらしい。だからこの日は平民・貴族関係なくドキドキな一日なのだ。
教会の内外は悲喜こもごもであった。
逆に教会側は、淡々と記録を取っている。魔力が暴走する可能性があるから一応宮廷魔術師の人たちが見張っているけれど、やはり事務作業的な側面の方が強そうだった。やがて私の番がやってきた。
聖水晶に手をかざす。
光の強さが魔力適正、色味が赤なら火、緑なら風、というように系統の指針になる。
私の場合は光魔法だから白で、加えて聖女判定が出るくらいに教会内が眩しく照らされ――――――ない!?
「え………………」
人生で何度となく教会をどよつかせてきた光景が起こらなかった。
代わりに広がったのは、夜。
…………夜?
そう、夜としか形容しようがない。教会の中が夜になった。
暗闇ではない。夜なのだ。
なぜ夜かと分かるかというと、数多の星が浮かんでいるから。星が瞬いているから。星が流れているから。
ユナちゃんに教わって、私は星の光が何年も前に発せられたものであることを知っている。今はもう存在しない輝きである可能性を知っている。
まさにそういった星々が頭上に煌めいていた。
聖水晶から手を外す。
夜が終わる。
聖水晶に手を戻して、また離す。
夜が始まり、終わる。
みなが天上を見上げていた。
「奇蹟じゃ」と置物のように座っていた老いた神官が口にする。「この印は……おお、聖女様……」
「あれが?」「聖女様?」「いやしかし」「でも今の」
神官に反して、周囲からはいくつもの戸惑いの声が重なる。
正直、一番戸惑ってるの私なんですけど!!
六回目を除く、鑑定式を受けたすべての人生で私は聖女だった。教会を白く染め上げ、白銀の等級を貰っていた。「ゲーム」ではなく「イベント」もないこの世界で、だけどここだけは既定路線だと思っていた節があった。
あるいは「闇」でもまだ分かる。光魔法の対概念だから。教会を闇色に染めても、「ああ、繰り返しているうちに聖女の資格を失ったんだな」と思える気がする。
……夜になるってなに??
私の動揺と裏腹に、ジルもアルも「流石です」みたいな顔で外からこっちを見てるし。
仕方がないから、私も「流石でしょう?」みたいな顔を返しておいた。