未知との遭遇
リム発見時の教訓:偉大な発見は、あるいはそれを目的としない中で見出されるものかもしれない
私たちは自分たちの魔法に合うおしゃれな魔法杖を探しに来て、聖水晶の原石を発見した。
黒い雨は、エルミナの聖水晶反応だった。
試しに私も触れてみる。
強い光が満ちた後に、洞窟全体が夜になった。この空間自体が自然の教会なのだ。
「相変わらずあなたのそれは美しいですわね」
とエルミナが星空を見上げてつぶやく。
私もこうして落ち着いて自分の聖水晶反応を見上げるのは初めてだ。
「確かに、自分でいうのもなんだけど、結構綺麗ですね」
無数の星が瞬き、あるいは光の川が流れている。でも今見ても「夜!」と思うな。
「エルミナのも綺麗でしたよ」
「普通にステラを撃ってましたわね?」
「う、撃ったけど……私の情報量であそこで撃たないのは逆に危機管理がなってなさすぎるでしょう」
「あなたが正しいですわ」
鉱石から手を離すと、夜空が消えて淡い緑色の発光に戻る。
エルミナが手を触れると、今度は細い雨の降り注ぐ夜になった。
光とも闇ともとれる煌めき方をする雨が、天上から際限なく降り注ぐ。
「私のは視覚的に派手だけど、エルミナのはこう、通好みの美がありますね」
「無理に褒めようとしていません?」
「いや、本当に綺麗ですよ。分かりやすい派手派手しさがなくて、一見闇で、でもよく見るとその中に光が混ざっているところがエルミナだなーって思います」
「吟遊詩人にでもおなりなさいな」
「セイラの剣筋もこんなですよね。アルスの騎士みたいな華々しさはないけど、実と理が先にあって、そこに美しさが伴う、みたいな」
「口説き文句に他人の名前を出すのは減点ですわね」
「む、難しすぎる……」
「でも素直に嬉しいですわ。ありがとう」
「元はといえば、エルミナの方が先に美しいどうこう言い出したんですからね」
というわけで、そこまでの危険はなさそうに見えたので、いくつかの聖鉱石を持ち帰ることにした。私たちの考えでは、聖水晶が教会(=貴族)に独占されることで、平民が魔法を発現させる機会が奪われている。貴族の子どもが魔法を扱えるのは、小さいころから鑑定をやって密かに家庭教師からチューニングを受けているからだ(エルミナ説)。それなら十四歳よりも前に平民にも鑑定する機会が与えられたなら、平民の魔法発現率も上がる可能性がある。それはつまり、貴族の血統主義(権威・特権性)を打ち壊せるということだ。
「もっとも、これをどう加工したら聖水晶に寄せられるかという問題と、誰がその子のチューニングするかという課題が解決されないうちはただの絵図ですけれどね」
でもそれは仮に私たちが解決できなかったとしても、将来どこかの誰かが解決するかもしれない。だから私たちにできることまではやっておこう。
服が乾いてきたので、奥に進むことにする。なんだかもうだいぶ満足感があるけれど、本来の目的は魔法杖だ。それに、聖鉱石のさらに奥の領域に生える樹って普通に見てみたい。
大きな空間から細い道が伸びていた。
ここまでも基本的に下り坂だったけれど、ここからは傾斜が大きくなっていた。足を滑らせたらそのままゴロゴロと転がり落ちてしまいそうだ。大きな荷物をさっきの場所に置いてきて正解だった。
「あなた、よくそんなほいほい降りられますわね」
「落ちてきてもいいですよ。私が受け止めてあげますから」
「その方が早いですわね。そうしますわ」
「えっ、おわっ」
降りることをやめて落ちてきたエルミナを慌てて受け止める。
「本当に落ちてくることある?」
「どれくらい深いか分からないのだから、抑えられる消耗は抑えるべきですわ」
「うーん、正しい気がする」
その後も落ちてくるエルミナを受け止め続けた。私はちょっと疲れるけど、二人の総疲労度で見れば確かにこちらのほうが節約できている。
十回以上受け止めたところで、落ちようがないくらいに平坦な道になった。
ここで初めて魔物に出くわした。蝙蝠みたいな輪郭だった。小さくてあまり脅威にはならなかったけれど、数百匹いたので大変だった。だけど魔物化していたおかげで聖魔法が入るから、野生の蝙蝠を狩るよりは随分と楽できたと思う。
そこから先は、何回かエルミナが落ちてくる→平坦な場所で魔物に襲われる、の繰り返しだった。階層ごとに縄張りのようなものがあるらしく、毎回違う魔物だった。いや、これはおそらく縄張りがあったのは魔物化する前の動物たちで、魔物化した魔獣たちは階層を移動できずに仕方なくそこに留まっているのかもしれない。
「ということは、動物の死体が全部魔物化したあとに私たちが祓ってるわけだから、もうここには魔物が発生しないんじゃないですか? そもそも死体になるような動物がもういないわけだから」
「逆にわたくしたちが死体をここに持ってくることで、試せることがありますわね」
「なるほど。大量の魔物を狭い通路に置いておくことで聖魔法が使える私たち以外には通れない秘密の道を作れますね」
「わたくし、あなたの発想が怖いですわ~」
「今のは同じくらいじゃない?」
帰路を考えるのが嫌になってきたころに最下層らしき階にたどり着いた。急に視界が開けて天井が高くなる。さっき聖鉱石を見つけた空間よりも密度の高い緑光が一帯を照らし、木々が生い茂っている。魔物……ではなく生きた動物がたくさんいる。動物たちは柵の中で飼われていて、その奥に家がある。……家!?
「なんか家が見えません?」
「……見えますわね」
「なんなら煙突から煙が出てますね」
「出てますわね」
「生活感が逆に怖くないですか?」
「恐ろしいですわ」
「なにかいますよね」
「いるでしょうね」
「このためにエルミナの体力を温存していたんですからね」
「……やってやりますわ」
二人で決意を固めていると、家の扉がゆっくりと開いた。
それは人の形をしているように見えた。
だけど、そのために学院が建つような洞窟をこれだけ降りてきて、魔物群を何層も抜けて、その先にいる存在がまともだとは到底考えられない。というかこんな場所に住んでいるなんてもう魔物の上位種でしかないしょう。思うに、ユナちゃん世界の故事でいうところの「抜けられることを想定していないゾーンを抜けてしまったせいで、本来エンカウントするはずのないタイミングで敵と遭遇してしまう」というやつだ。
普通にちょっと死を意識する。
王都のマユナを影に呼び戻しておく。
最悪、初手は私が受けてエルミナにヒントを残す。やる、やってやる。
家の主? が姿を現す。
少なくとも、邂逅即攻撃が飛んでくることはなかった。
「ごきげんよう」とエルミナが声をかける。
こういうところ本当に尊敬する。
「あら、ごきげんよう」と家の主が挨拶を返した。
見かけや声は普通の人間に見える。
「ここに来られたということは、聖女ということね。二人くるのはちょっと計算違いだったのだけど」
「あなたは何者ですか?」と私も頑張って会話に加わる。
「そうね。二人いると支え合えるものね」
全然質問に答えないじゃん、という私の視線に気づいたように言葉が継がれた。
「はじめまして、当代の聖女さま。私は先代の聖女ですわ。あなたたちを待っていたの。生きている間にお目にかかれて嬉しいわ」




