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ダンジョンに潜る

 幸運にも、魔法樹の植生地はエーデル領内にあった。


 国境と反対側、隣領との間を隔てる山の麓に入り口があるらしい。元々は自然現象によってできたただの空洞だったが、これまで我々が見てきたように、そういう場所には魔阻がどんどん流入していく。そうして魔物が発生する魔窟――ユナちゃんが言うところのダンジョン――ができたらしい。流れ込む魔阻はひたすら奥の方に溜まって行くから、魔物にとっては奥地の方が居心地がよく、そのために滅多に外に出てくることはないということだった。でも万が一は当然警戒されるべきなので学院から派遣された魔術師と、エーデル領主から派遣された騎士が一緒に入り口の見張りをしていた。正確には、入り口の前でお茶を飲みながらスコーンの欠片をチップ代わりにささやかなギャンブルを楽しんでいた。

 そこでようやく気付いたのだけど、この魔窟があるからエーデルに魔法学院がある、という順番らしい。ということは、スラムがあるから王都ができた……なんてことも相似的にあるのかもしれない。ないかな?


 ネココからの依頼状に学院長のサインをもらっていたので、問題なく魔窟に入ることができた。というか奥まで降りていかないのであれば、学生たちがたまに諸々の採取にも来ているらしい。入り口の穴からちょっと入ったところには普通に美味しい串が落ちていた。


 中はひんやりと涼しく、見た目は完全に洞窟だった。すぐに光が届かなくなったので、火魔法の入ったリムを木の棒の先に括り付けて進む。光魔法でも明るさは確保できるけれど、一応は〝魔窟〟なのだから、節約できる魔力は節約した方がいいという判断だ。


「初めて一緒に魔人と戦った日のことを思い出しますね」

「スラムから続く地下道ですわね」

「あの時はエルミナの罠7割くらいに思ってたから、めちゃくちゃ警戒してたんですよね」

「わたくしだって8割方はあなたとソフィ・フィリアが共謀していると想定していましたわ」

 今の私たちは仲良しなので、双方ともにそれが盛った数字だということが分かる。実際の私の警戒度は2割くらいだったような記憶。

「あのとき、どのような話をしたか覚えていまして?」

「エルミナが自分のことを卑劣で、佞悪醜穢だと言っていたのは覚えています」

「卑劣で佞悪醜穢な情報の切り取りですわ!」

「そうそう。こういう話をしてましたね」


 入り口付近は数十年前まで観光地にもなっていたらしく、入ってしばらくは足場が整備されていたけれど、ある地点からは完全な自然地形になった。滑らないように気を付けて進んでいく。


「私はあの時までエルミナのことを敵だと思っていて」

「そんな要素ありましたかしら?」

「可哀想なステラちゃんは教会まで連行されて無理やり聖水晶をやらされて……およよ~」

「……遥か昔のことのようですわね」

「魔法の授業でも闇魔法で殺す気満々だったし」

「あれは、あなたが闇属性を持っていたから、その、はしゃいでしまっただけですわ」

「私もエルミナが聖魔法使ってるのを見たときは不思議な感情になりましたよ」

「一般的に二つの相反する概念は対立軸上にあるように見られがちですが、同一軸上にあるという点で互いを引き付け合っているという見方もあるのかもしれませんわね」


 なんとなく、磁石の同極を引っ付けようとしているところを想像する。ユナちゃんに磁石の仕組みを習ったことがあるけれど、よく分からなかった。そもそもユナちゃん物語シリーズに当たり前のように登場する「デンキ」がいまいち想像できないんだよな。


 時折、上から落ちてくる水滴が首元に当たって冷たくなる。

「魔物全然いませんね……あ」

 行き止まりになった。

 正確には、水たまりのような池があり、そこで洞窟が終わっている。

 しばらく考えて、ようやくある可能性に気が付いた。

「――ッ! アカリ、アカリ!」

 慌てて入り口側に向き直り、光魔法を飛ばす。

 光魔法によって洞窟がパッと照らし出され、暗くなる。

 光魔法が消えたタイミングでエルミナが闇鴉を飛ばした。

「……大丈夫なようですわ」としばらくしてからエルミナが言う。

 それから顔を見合わせて、二人で失笑のような苦笑をした。

「流石に、病的だったかもしれませんね」

「わたくしたちがそういうことばかり考えている、ということなのでしょうね」


 すなわち、私たちが思いついたのは、ターゲット二人を上手いこと洞窟の最奥に誘導して、入り口側から火魔法なり水魔法なりを流し込んでしまえば楽に殺せる、という罠にかかったのでは? という心配だった。この恥ずかしい失笑ムーブには二つの理由があって、一つは私たちが常日頃、国王や宰相夫妻の暗殺を志していること、もう一つは先日の反貴族主義者たちの存在だ。自分が殺す側だったらこういう罠を使う、みたいなことばかり考えているせいで、ただ洞窟の行き止まりまで来ただけなのに、自分が暗殺される心配をしてしまう。


「わたくしたちは、きっとまともな死に方をしませんわね」

 〝たち〟と言ってくれるのが嬉しいな、と思う。

「死ぬときは一緒に、惨めで幸せな死に方をしましょうね」

「ところで行き止まりですけれど」

「ネココの説明では、奥に湖があるってことでしたけど、この水たまりみたいなのを『湖』っていうと思います?」

「わたくしの言語感覚では、言いませんわね」

「ということは実はまだ先があるのでは?」

「あります?」

「アカリ」

 辺りを隅々まで照らしてみるも、ただ水面に反射するだけで抜け道はない。

「ということは……」

 二人で水面を見つめる。潜った奥に続きの道があるのでは? という気持ちと、道がなかったときのことを考えると潜るのが嫌すぎるという気持ちがある。同一軸上の異なる気持ちだ。

「ユナちゃんから教わった『岩紙はさみ』っていう暴力を伴わない闘争法があるんですけど」


 そこには三竦みの戦いに負けて、靴を脱ぐ私の姿があった。

「うう、行ってきます」

「お気をつけて」

 足からそーっと水に入る。水が冷たい。いや、冷たいのは全然よくて、訳の分からない生き物とかが居そうで怖い。

 頭の先まで水に浸かる。目を開けてみたけど、そこまで染みなかった。でも暗いので結局なにも感じられない。私は聖女だからいいけれど、こんな得体のしれない水の中で目を開けるのはやめた方がいいと思う。


 そういえば水の中で魔法を使ったことがなかったなと思って、

「もごご」

 ヒカリをうってみる。

 思った方向に進まずにその場で光った。

 一度水面に顔を出して息を吸ってから、再度潜る。

 地上では行き止まりだった部分にも水がある。つまりは奥に進めるということだ。

 潜水したまま天井沿いにしばらく進むと、上が空洞になっている箇所があったので息継ぎをしてさらに進む。

 やがて奥の方に煌めくものが見えた。水面から光が射している!

 なんとか息を持たせて一気に進む。顔を出すと、そこには広大な空間が広がっていた。

 側面の鉱物? が緑色の発光をしている。光量こそ多くはないものの、今までが暗い空間にいたので、十分に明るく感じる。

 鉱物の間から、植物も生えている。天井は高く、大きな氷柱状のものが何本も生えている。初めて見るものを形容するのはとても難しい。とにかくエルミナの学園別邸くらいの広さの空間が、怪しい緑の光の中でぼうっと浮かび上がっていた。


 一度水の中を戻って、エルミナを連れてきた。

「これは……」

 リムの火を使って濡れた服を乾かしながら話す。

「ネココの話を参照するのなら、魔阻の溜まっていた空間がさっきの水のところで遮断されていたということでしょうか?」


 私たちに空間の魔阻を検知する術はない。マユナをここに召喚して、この空間に居心地の良さを感じているかを見ることで確かめられなくはないけれど、できればまだ王都に置いておきたい気がする。


「仮にここが魔阻で満ちていたとしたら、あの謎に光る石は、魔鉱物ということになるのかな」

「でしたらあれは魔植物ですわね」

「魔草の方がそれっぽくないですか?」

「採用しましょう」

 逆にいうと、私の知識の中に「光る石」なんてものはないから、消去法で「魔阻の影響では?」と思ってしまうのかもしれない。いやでも光る石って見たことなくない?

「これを持ち帰って貴族に売ったら大儲けできそうですね」

「ですが魔阻の影響下にあると考えると、生物に良くない影響を引き起こしそうですわ」

「逆に、ろくに領地経営もせずにこんなものをありがたがって高値で買うような貴族に悪い影響がでることは、私たちを有利にするのでは?」

 エルミナがしばらく考えてから、

「不確実なことはやめておきましょう」と答えた。

 私は冗談だったけど、今のは本気で考えていた間だったと思う。

「私たちも触らない方がいいですかね?」

「ですが王都に持ち帰って研究させたいですわ」

「……せーのっ、岩紙はさみ!」

 私の勝利。

「岩が紙に負けるのが意味不明ですわ」

 エルミナが乾ききっていない靴を履きなおして、採取を試みる。

 一応、〝魔〟関連のものであるという推測だから、私はいつでも聖魔法が撃てるように構える。

「こう、急に石の中から牙が生えてきてエルミナの手をがぶーっと」

「おだまりなさい」

 エルミナが慎重に鉱物に触れる。

 結果として、自分たちの想像力の貧困さを知ることとなった。

 エルミナが触れた途端、鉱石の光は周囲の鉱石と共鳴するように光を強くし、私たちのいる空間が黒く染まった。空間全体に、実体のない細雨のようなものが降り注ぐ。

「ステラッ!」

 咄嗟に上位聖魔法を唱える。この黒い糸雨が触れて大丈夫なものかどうかの判断が付かない。

 だけどエルミナは気にしていないようだった。

 黒い雨の中に、その指先をじっと見るように立っている。

「これは……」

「エルミナ、大丈夫!?」

「これは――聖水晶ですわ!」

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