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街歩きデート編

 翌日、研究室のコアタイムが終わってエルミナと合流する(エルミナは私とは別の研究室二つに所属して、リムの用途における形状最適化と遺骸魔物化のメカニズムをやっている)。


 こっちに来てから二人でお出かけするのは初めてだから楽しみだ。


 魔法学院の敷地を出てからも、街には他と比べて明らかに魔法関連の用具店が多かった。基本的には観光客向けのお土産なんちゃってグッズだったけれど、魔術師が着がちなローブを採寸から作ってくれる店や、マイナー魔石の店もあった。もちろん魔法杖屋もあった。

 あったのだけど、杖屋は後回しにして、洋服を見て、買い食いをして、雑貨屋と家具屋を見て、お茶をした。せっかくだしね。


 街にはスレイの文化が随分と入ってきていて、嗅いだことのない香料や食べ物の匂いが漂ってくる。異国情緒というか、エルフの森に行った時と同じ方向性の楽しさだ。露店で変な形の果物を見ているだけでも楽しい。


 買った食べ物をその場で調理してくれるお店がたくさんあって、謎魚の串焼きがめちゃくちゃ美味しかった。何の実か分からない謎フルーツ串も美味しかった。

「もしかして串に刺さっているとなんでも美味しくなるんですかね?」

「串が美味しいという可能性もあるのではなくて」

 とエルミナがめちゃくちゃ雑な返事をしてくる。

 ユナちゃんお料理シリーズの中にはこの地平(せかい)で流行らなかったものもたくさんあるので、いつかそれを串にさしてリベンジしてみるのもいいかもしれない。


 他には白どろどろ食感最悪スープと、黒緑茶青ねばねば汁を飲み、虫の脚がはみ出しているパンを食べた。こういうアルスにおいては一般的とは言いがたい見た目のものについては、エルミナは私の毒見なしには食べてくれない。でも私は気づいちゃったのだけど、逆に自分に毒見をする覚悟があるのなら、エルミナに変なものを思う存分食べさせることができるのだ。

「はい、エルミナ様。あーん」

「んむ。…………なんですのこれ?」

「なんか無味なんですけど、そのせいで余計にぬっちょりした触感が際立つどろどろ白スープです」

「せめてあなたが美味しいと思うものをわたくしの口に入れてくださるぅ?」

「国境一つ挟むだけなのに、食べ物というか文化というか、美味しいと感じるものが全然違うんですねえ」

「串に刺さっていないからかもしれませんわね」

 と言いながら、エルミナが私の口に丸いやつを押し込んでくる。

「や、ほへ、カラっ」

 慌ててミルクを甘く味付けしたドリンクで口を戻す。

「エルミナはこれを美味しいと思って食べてます?」

「わたくしは好きですけれど」

「じゃあこっち食べてみてください。あーん」

「んっ……今のは風味がエルフ料理でしたわ」

「ね、なんか味が似るのが面白いですね。お、変な魔石屋さんがある。こんにちはー」

 魔石の露店かと思いきや、ただの石屋だった。魔石加工に使える石というわけでもなく、ただの綺麗な石ということらしい。透き通るようにカラフルな石がたくさん並んでいて楽しい。

「なにかお探しですか?」と店員。

「いや、特にそういうわけではないんですけど、綺麗だなーと思って」

「そうなんです。石ってきれいなんです。魔石と違って、何も効果がないところが魅力なのです。ただ純粋に綺麗であることは、ただ純粋に綺麗であることに他なりませんから」

「素敵な考え方ですね」

「今なら無料でブレスレットやネックレスに加工いたしますよ」

「悩むなー。エルミナは欲しいのあります?」

「そうですわねえ」

「あ、私はこれでお願いします」

「加工しますか?」

「じゃあネックレスでお願いします」

「わたくしはこちらで。同じくネックレスにしますわ」

「少しお時間いただきますので、お待ちくださいね。お隣のお店のお茶も美味しいですよ」

 と言って店員が加工台に持っていった。

「セイラとユーリの関係を見ていたら、ネックレスってなんかいいなと思ったんですよね」

「墓標にかけられますものね」

「エルミナはどの色にしたんですか?」

「適当ですわ」

「えー、じゃあ私も秘密です」

 思ったよりも待たずに店員が戻ってきた。

「はい、お代は確かにいただきました。またどうぞー」

「あの、すみません、これ私の石じゃないんですけど」

「あれ? でもあなたの瞳の色とお揃いでっ……あ! 失礼しました!」

 エルミナの方に渡そうとしていたネックレスと取り換えてくれた。

「大変失礼しました。お二人はすっごく仲良しなんですねえ!」

 エルミナの手元に収まった私の瞳色の石を凝視する。

「……へぇ……そうなんだ、ふーん……」

「あ、あなただってわたくしの瞳の色ではありませんこと?」

「そうですよ。仲良しですからね」

「またのお越しをー」

 ニコニコと送り出された。


「そういえばロス先生からのご褒美魔道具、エルミナはどうするか決めました?」

「いくつか候補はありますけど、まだですわ。あなたは?」

「私は王家の加護の劣化版を作ってもらおうかなと思っています。外部からの魔法を打ち消すのは紫紺級では無理だそうなんですけど、逆にその力を内側に向けて装備した人間の魔力を打ち消す、みたいなのは出来るらしくて」

「それはどういう利点がありますの?」

「魔法が暴走したときに抑えられるんじゃないかな」

「そんなことあります?」

 何を隠そう、私はそれで王都を半壊させたことがあるのだ。

 もちろん、今生はロス先生にきちんと慣らしてもらっているし、たぶんそうなることはないのだけど、闇魔法は今生が初めてだから万が一の備えはしておきたい。使用機会があるかはともかく先んじて対策を講じておく、というのはエルミナから学んだ精神の一つである。


 最後の最後に魔法杖屋に入った。ここは露店ではなく、きちんとした建物だった。

 壁一面に密に杖が展示されている。素材、長さ、意匠などでコーナー分けされているけれど、正直全然違いが分からない。

「お客様ぁ~、学院の学生さんですねぇ~」

 と若めの店員に声を掛けられる。

「はい。私が杖を探してて」

「今まではぁ~、どのような杖をお使いでしたかぁ~?」

「これです。もうちょっとちゃんとしたやつが欲しいなと思って」

「拝見しますねぇ~。おー、尖ってるぅ」

 とゆったりとした喋り方をする店員が、私の杖を色々な角度から眺める。

「お客様ってぇ~、光魔法を使いますかぁ~?」

「なんでですか?」

「杖を見れば分かりますよぉ~」

 それ初出情報なんですけど!

「本当に?」

「なるほどぉ。私があなたの顔を知っているから、光魔法を使うことを知っていたという風に考えていますねぇ~。うちはおばあちゃんの代から杖を売っていますからぁ~、それくらいすーぐに分かっちゃうんですねぇ~。前の聖女さんに杖を売ったのはお母さんなんですよぉ~。ちなみにぃ~」

 と店員が声を落として私の耳元で囁く。

「あなた、闇魔法も使いますねぇ~」


 …………。


「お友だちに杖を貸したからかもしれないですね」

「そういうことにしておきましょう~。大丈夫ですよぉ、うちはお客さんの秘密はぜーったいに守りますからぁ~」

「あなた、王都の杖職人なんかよりよっぽど腕がいいと見込んでお尋ねしますが、闇魔法にいい杖なんてあります?」

 エルミナが話題転換と興味の半分半分で介入してきた。

「四属性は相性があるんですけどぉ、闇魔法はぶっちゃけ色ですねぇ~。今お持ちのものを黒く塗るだけで威力が上がりますよぉ」

「そんなことある?」

「試してみますかぁ?」

 と言って店員が店の地下に案内してくれた。

 お店の奥が工房、二階が居住部、地下に試射場という造りの建物のようだ。

「ネネミちゃーん、黒粉持って来て~!」という店員の呼びかけに、

「今ごはん作ってるんだけどー!」と声が返ってきて、結局店員が自分で取りに行っていた。


「まずはぁ、普通にその杖で狙いを定めて撃ってみてください~」

 エルミナが店員の置いた空き箱を、闇魔法でぎゅいんと削り取る。

「次はぁ、ちょっとその杖を黒くしますねぇ。大丈夫~、水拭きで落ちる粉ですからぁ。はい~、では同じ出力で撃ってみてください~」

 がギュィん。

 エルミナの方を見ると、さっき私がした「そんなことある?」みたいなレア顔をしていた。

「り、理屈がなーんにも分かりませんわ!」

「闇魔法ってぇ、影から出るのでぇ、影を連想させる色味の方が魔法が出ていくときに迷わないんですねぇ~」

「ほんとに?」

 正直私もめちゃくちゃ試してみたいけど、やっぱり他人の前で闇魔法は使いたくない方が大きいので自重する。

「いえ、事実としてわたくしはそう感じましたわ。でもそれをなぜわたくしが知らないのかしら」

「精密に魔法を操れる人じゃないと、〝気のせい〟で澄ましてしまいますからねぇ~。論文にしても戻されますし~」

「わたくしはエルミナ・ファスタ・ツー・グルナートと申します。あなた、お名前は?」

「公爵家の方でしたかぁ~。私はネココと申します~」

「ネココさん、わたくしの研究チームにいらっしゃいませんか? 好きなことをご自由に研究していただいて構いませんわ」

 出たな!

「お誘いは嬉しいですが、私はこのお店が好きなのでぇ」

「そうですか、残念ですわ。もし困ったことがありましたら、いつでも王都かファスタ領をお尋ねになってくださいませ」

「覚えておきます~」

「ちなみにネココさん、わたくしが杖を新調するとすればお勧めはありますかしら」

「ちょっと杖を拝見…………エルミナさまはぁ、光魔法も使われますかぁ?」

「………………使いますわ」

「大丈夫ですぅ、ぜーったいに口外しません。書面にしますかぁ」

「いえ、それには及ばないでしょう。あなたをお誘いしたのはわたくしです。その時点であなたの職業に対する矜持を信じておりますわ」

「嬉しいですねぇ~。やってみたら分かるんですけどぉ、光魔法は杖が黒いと威力が落ちるんですぅ。逆に杖が白いといいんですけどぉ、そうすると闇魔法がねぇ~」

「ということは両立しないということですわね」

「それがぁ、あるにはあるんですよぉ~、特別な素材~。最後に通した魔法の色味が中に残る魔法樹があってぇ。でも採取する大変さに比べてまーったく需要がないですから、たぶんどこにも在庫がないと思います~」

「私たちが取ってきたら、それで杖を作っていただくことは可能ですか?」

「もちろんですよぉ~。私も一度は加工してみたい樹ですしぃ」

「場所を教えていただけますか?」

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