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スラムを少し住みやすくする

 マユナ(に改名! 魔獣のユナなので)のおかげで、聖女になるまではできないと思っていたいくつかの選択肢を実行できるようになった。


 まずはスラムの人たちが魔獣に襲われないようにすること。

 スラムに出現する平均的な魔物の大きさの五倍はあるマユナは、この森の統治者に相応しかった。今のマユナにとって、そこら辺の魔獣を狩るなんて朝飯前である。


 ちなみに、ジルとアルには「なんだか懐かれちゃった」で通した。通ったかは分からないけど、優しい彼らは通ったことにしてくれた。ただ魔獣を使役している人間なんて絶対碌な目に合わないから、マユナが私の影に潜れるらしいことはまだ秘密にしている。


 さて、魔獣の脅威がなくなった以上、私たちは安心して生活の改善に取り組むことができる。具体的には悪性薬物「トレ」の排除だ。これは難しいようで案外簡単で、売人を見つけたら攫って、魔の森に放り込めばいいのだ。幸いにしてここはスラム。怪しい人間が消えたところって誰も気にしない。


「以前、聖女のようだと形容したのを撤回させて。普通に犯罪だろ」

 ジルが面白そうに口にする。

「だけどこの世界を変えていこうと思ったら、きっと聖女様なんかには務まらないだろう」とアルが犬をなでながら応える。「きれいな人間が手を加えるには、この国はろくでもなさすぎる」

「なんか散々なこと言われてる気がするなあ」


「ステラ、来た。あのローブの男です」とジルが声を潜めた。

 スラムと平民街をつなぐ橋が一本しかないから、見張るのはとても容易い。あとはしばらく後をつけてから、

「おじさん。その、お薬を、くださらない?」

 と念のために確認する。

 この際に、少し発汗の演技を混ぜる。私は過去に悪性トレにハマっていたから、離脱症状には詳しいんだ。

「嬢ちゃん、金はあるのかい?」

「ありま、せん。だけどお願い、寒いの、苦しいの、何でもしますから、ね?」

 なんとも安っぽい身売りだけど、実際にこれで貰えちゃうから、トレがあるのにパンがないみたいな状況が発生してしまうのだ。


 周囲を見回して、これが同業者の罠でないことを信じた男が答える。

「よし、じゃああっち行こうか」

「はい……」


 からの気絶! 拘束! 証拠を指さし確認! 魔の森に置き去り!

 完璧なコンボが決まった。


 あとはこれを繰り返して、悪性トレを持ち込む人間を減らしていく。抜本的な解決にはならないし、逆にトレが手に入りにくくなったことで、苦しむ人がいるかもしれない。

 だからこんな活動で誰かを助けたとは思わない。むしろ全体的に見るとかなり悪い行いだ。


「なあ悪女様。ジルから聞いたよ。なんの才能も意欲もない人が生きていていい世界を作りたいって。そんな夢みたいな国でも悪人は許容されない?」


 と森からの帰り道にアルが尋ねる。彼の周りをご機嫌な犬たちが囲んでいる。


「……分からない。他者に危害を加える人間を悪とみなすのなら、正規の手続きを踏まずに他人に危害を加えた私たちもかなり悪でしょう。だけどなにもしないのは、それはそれでなにもしない人が生きづらくなる理由になりうるとも思う。そもそもなんで人間って悪いことをするのかしらね?」

「金?」

「お金があるとなにがいいの?」

「食うものに困らない。明日死ぬかもしれないと思いながら生きなくてよくなる。明日のために今日を使える」

「明日がある人、衣食住が整っている人は犯罪をしない?」

「いや、する」

「それはどうして?」

「もっといい暮らしがしたい、という欲?」

「欲は悪い?」

「いや、そうとは限らないな。カリナたちがユナに勉強を習っているのだって、向上心からだが、言ってしまえば欲みたいなものだ。だがそれを悪いとはオレは思わない」

「つまり他者を虐げるような、加害性の伴う欲が悪い?」

「ううん、わっかんねー」

 ね。私も分からない。

「結局はどこで折り合いをつけるか、という話になるだろうね。私もずっと考えるから、お主も存分に悩むがよいぞ」


 それでもし将来、私が十七歳を無事に迎えて、そこで為すであろう聖女的な折り合いを悪だと感じることがあれば、私のことを殺しに来てほしいなと思う。この二人に殺されるのであれば、それはきっと幸せな人生だったということになるだろうから。


 他にアルの犬保護ネットワークから教会に話をつけてもらって、定期的に食事を配れるようにした。こちらで用意するのは材料だけで、調理は自分たちでしてもらうシステムだ。


 私は何個かの人生で地下牢期間があったから分かるのだけど、食事というものは温かいというだけでちょっと元気が出る。逆に冷たくて虫や痰が浮かんでいると最悪な気分になる。


 火の魔石は高いから、私たちが魔の森から木々を取ってきて薪に使った。マユナの存在様様である。


 やってきた教会の人たちもみんな優しかった。立ち振る舞いを見るに、お忍びの貴族のご令嬢も混ざっていたと思うのだが、食事を貰いに来た人たちに寄り添って話を聞いていた。これも過去の人生からになってしまうのだけど、「自分が孤独ではない」と思えると、人は頑張って生きていられる気がする。全員から石を投げられたり、討伐されたり、井戸に落とされて何日も空だけを見上げながら餓死したことがあるから私は詳しいんだ。


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