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楽しい研究室

 翌日からスオウの研究室に参加することになった。


 光魔法のリム伝導性の調査に協力する代わりに、光魔法が一番伝わりやすいリムの形状(があるとスオウや私たちは想像している)についての結果を知れたらいいなという魂胆だ。


 ユナちゃん考案の光リムケーブル(仮称)はもちろん伏せている。遠方の情勢を早馬よりも数日速く知ることができる、というのはおそらく今私が想像している以上の途方もないメリットがあって、加えて私とエルミナには王侯貴族と戦争する可能性もあるのだから、今この場でアイデアを出すのは躊躇われた。


 研究室には教員とスオウの他に四人のメンバーがいて、毎日誰かは研究室で寝泊まりしていた。おそらくは全員貴族だと思うのだけど、誰一人としてその片鱗はなかった。ちなみに「スオウ」という名前は研究者ネームで、どうやら本名は別にあるらしい。家柄によって論文が通ってしまわないようにという考えから、アカデミアネームを作るのが学院の風習らしい。「魔法」以外の不純物を徹底的に排除しようとしているのが私としては好感が持てるように思うのだけど、これは私が非貴族だからだろうか。


 楽しい研究室だった。

 みんなが熱意とアイデアを持っていて、隙あらば議論していた。常日頃それについて考えている人たち特有の思考のショートカットと呼べるようなものがみんなの頭の中には出来上がっていて、最初のうちは飛躍のテンポについていくのが大変だったけど、慣れてくるとそれも楽しかった。


「四属性魔法が一方向に向かっていくのに対して、ステラさんのステラが全方位に広がることについて私たちはもっと考えた方がいいと思うな」

「ステラが弾ける前のふよふよした状態ってどういう過程にあるんでしょう?」

「そのときって魔物に対して効果がある?」

「ないですね」と私。

「つまり……つまりなに?」

「え、全然分かんない。出した段階で魔力の消費感はあるの? 弾けてから? 直感的には出した段階な気がするのだけど」

「そうですね。そうです」と私。

「壁をすり抜ける?」

「抜けないでしょ」

「でも状態として無なんじゃないの?」

「少なくとも目に見えてるわけだから、エネルギーはあるでしょう」

「たしか火魔法を撃ち消してたよね? 物質化しているのでは?」

「光と光魔法は別物と考えた方が上手くいくと思う」

「とりあえず出しますね。ステラ」

「「「「おお~」」」」


「次それを私に撃ってみない? どんな感じなんだろ」

「それはステラさんが退学になるのでは?」

「いや、合意してるから決闘と同じ扱いのはず。学院規則読んでないの?」

「まさかそれがエリの最期の言葉になるとはね」

「ちょ、ちょっとキミたち、私の研究費が削がれるようなことは慎みましょうね」

「先生は興味ないんですか?」

「それは、ありますよ……」


 結局私は全員にアカリとヒカリとステラを撃った。もちろん人間になんの影響もないことはあらゆる過去生から知っているのだけど、無抵抗の人間に向かって光魔法三種盛りを撃つのは、はじめのうちは緊張した。


「あれ? なんかほわほわする気がする」

「それ絶対気のせいだから。ステラ、リツにもう一回撃ってくれる? リツは後ろを向いて目を瞑って、当たったと思ったら手を挙げて。とりあえず千回試そう」

「もしかしてみなさん、私のことを殺そうと思ってます?」

 楽しい研究室だ。


 もうちょっと成果的な話をすると、光魔法はリムの中で加速することが分かった。なんで?

 仮説としては、リムの中を四属性魔法と違って、放射状に広がって反射していく中で光魔法と光魔法が干渉し合って速度が上がっている? そもそも自分が全然分かっていないから、分かりやすく説明ができない。ユナちゃんは、一度狂ってから、異世界物理学をいったん完全に捨て去り、リムの形式に変換された光魔法が重なりをもって増幅しているのでは、という説を提唱していた。


 研究室で使っていた実験用のリムでは得られる情報が頭打ちになったから、別の研究室に大きなリムを借りに行くことになった。なんと、その研究室ではプールいっぱいにリムが溜まっているらしい。

 どうやら目的の研究室のメンバーが同じ食堂にいたらしく、スオウが奥のテーブルに声をかける。

「やあ、元気?」

「やあ。スオウか。私は存外元気だよ」

「あ……」

 思わず声が漏れる。

 今の今までセイラがいたはずのユナちゃんの隣を見ると、影形なく姿を消していた。

「あっ!」

 相手もこちらに気が付く。

 それはスレイ皇国の王位継承権第三位、ユリウス皇子だった。

 そうか、身分がマスキングされていると、食堂に普通に隣国皇子がいるのか。

「あれ? ユーリとステラって知り合い?」

「昔、ねちねちと絡まれたことがあって」と彼の反応を見ながら答える。

「命の恩人だよ」

「私は大したことはしていませんよ」

 ユリウス皇子が学院内でどこまで情報を明かしているかを知らないので、どこまで踏み込んでいいかが分からない。


 結局私たちの食事が終わるのをユリウス皇子が待ってくれて、〝旧交を温めるために〟二人で散歩することになった。

「先ほどは合わせてくれてありがとう。今の私はユーリだ。スレイから来た、何の背景も持たないただの学院生だよ」

「そういえばユーリはアルス魔法学園の卒業生でしたね」

「ステラ嬢がいるということは、エルミナ嬢もいるのかな」

「ええ、知らせてもいいですか?」

「それは構わないけど、私にはもう期待される力はなにもないよ」

 周囲を確認してみたけれど、少なくとも私にわかる範囲では、護衛は付いていないようだった。

「逆に本当に力がないことを示さないといけないわけだからね」

 と私の目の動きを読んだ皇子が解説してくれる。

「ユーリはこの学院でなにをしているんですか?」

「楽しい楽しい人生の謳歌だよ」

 と彼が穏やかに答える。

「それは良かったです」

「……本当にそう思っている?」

「思ってますよ。大きなことに挑んで敗れた人が、それでも楽しく人生を送れるのであれば、それは救いだなと思います」

 そう、私たちだってそうなる可能性があるわけだから。

「やはりあなたは面白いね」

「踊りませんよ?」

「とても残念だね」

 ユーリが全然残念じゃなさそうに、大げさなため息を吐いた。

「スレイってあとどれくらいで代替わりしますか?」

「私の希望込みでいうのなら、二年かな。逆に二年以内に継承権二位のユリアナが皇帝になれなければ、パワーバランスが確定してしまうから十年後にそのまま第一皇女が継ぐだろうね。その時には、他の皇子を含めて私たちはみんな殺されるだろうけど」

「その、ユリアナさん? が皇帝になればユーリは殺されない?」

「おそらく。ユリアナは私の実の姉――母親が同じだからね」

「あなたの生存のために、私とエルミナになにかお手伝いできることはありますか?」

「どうして?」

「それは……」なんと言えばいいのだろう。「舞踏会のあの瞬間、私はセイラさんにあなたのことを助けてほしいと頼まれたので」

「……律儀なものだね」

「聖女らしいですよ」

「きみは『聖女』でなくても、きっとそうなのだろう」

「どうでしょうね。それで?」

「きみたちに要請することではないけれど、ただ私的な意見を述べるのならば、姉のユリアナに勝ち筋があるとしたら、それはアルスの国王が代わってヨハンになることだと思う」

「二年以内に?」

「二年以内に」

「うーん、無理かも。素敵な余生を送ってください。埋葬予定地を教えておいてくれたら、そのうちお墓参りくらいには行きますよ」

「予測と決断と諦めの速さが素晴らしいね」

「聖女ですからね」

「ヨハンが気にかけていなかったなら、やはり今ここできみに求婚していたと思う」

「賢明な判断です。断る手間が省けました」

「一つだけ頼んでもいいかな」

「内容にもよりますけど」

「ここの領主に頼んで、国境の近くにセイラの墓を建てたんだ。私が死んだなら、隣に私の墓を建ててくれないかな」

「皇国からあなたの遺体を盗んでこなくていいのなら」

「ありがとう。深く感謝するよ。もちろん骨は必要ない。代わりにこれでも中に入れておいてくれたなら」

 とユーリが付けていたネックレスをくれた。

「お預かりします」これはセイラに渡しておこう。「セイラさんがいたらユーリはまだ継承争いを続けていたと思いますか?」

「自分から辞められるものでもないからね。だけど私もユリアナも、今よりも生存率は低かっただろう。私を持ち上げていた勢力がユリアナの勢力と合流したことで、渡り合える可能性が見えてきたのだから」

「ままならないものですね」

「まったくもって」

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