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魔物をつくろう

 翌日は一通り学院の建物を見たあと、魔石の研究を見せてもらった。


「今から行くところは、ものすごーく深いところにある。八百段の階段と魔風昇降機のどちらを選ぶ?」

 今日案内してくれている魔石研究室のロジストさんが尋ねる。昨日のスオウと同期の人らしい。

 私とエルミナは正式な招待生だからこの区画にも入れてもらえたけれど、ユナちゃんたちは権限を持っていないので、スオウの研究室を見に行っている。

「昇降機でお願いします」

「分かった。その枠内からは出ないように。中央に乗ったら、下から風魔法でこの石板をゆっくりと降ろしていく。風魔法に二人、トラブル時のためにもう一人が補助についているから、基本的には事故は起こらない。だけどもし足元が傾いたりしたらそこのポールにしがみつく」

 と言って、ロジストが遥か足元からまっすぐに伸びている細い管を触る。

 今気づいたけど、この管の中にリムが入っている!

 管は見えないくらいずっと下の、おそらくは地下最下層まで伸びていて、こっちからリムに魔法を通すと、魔法が下端まで伝導していくのだ。つまり、魔法がリムの反対側まで充填されたらこうする、という取り決めを事前に作っておくことで、非音声による即時的な情報伝達が可能になっている。


「こういうのって思いついたことありました?」と平行に下降する石板に乗りながら、こっそりエルミナに尋ねる。

「面白いですわね」

 返事が上の空だったので、たぶんこの学院から人や技術を持って帰れないか考えているのだろうと思った。


 無事に最下層まで昇降石板でたどり着くと、そこには地下とは思えないほど広大な空間が広がっていた。


「かつて歴代最高の岩魔法師――と敬意をこめて我々は呼んでいるのだが――がいて、この空間を作ったそうだ。今の学院にはこれだけの深さを安全に掘れる魔術師はいない。だからこの空間を使って研究ができるということは、とても名誉なこと」

「地下でないとできない研究なんですか?」

「見てもらうと分かると思う」


 しばらく進んでから右側の扉を開けると、壁際にたくさんの檻があった。

「ここでは魔素と魔物の相関について実験をしている。動物が死んでから何日目に一番魔阻(ステラ注:発音は「マソ」で魔素との使い分けはないようだった)の影響を受けるかだとか、魔阻の浴び方によって魔物の性質が変わるかだとか、そういうこと」

「あの……これをわたくしたちに話してよろしいんですの?」

「だって知ってるだろう? 学院の規則的にはもちろんあれだが、ロス教授からよろしくと言われている。規則とロス教授だったら、ここにいる多くの者はロス教授の正しさを選ぶよ」

 周りにいた研究員たちも、小さく頷いていた。

「こちらはリムで同じことをやっている。魔石生成時と違って、リムだと今のところ魔物化していないが、なにせ新しいものだ。私の次の次の代くらいまでは経過観察をしていくことになるはず」

「魔石の生成が魔物を生むことって王宮の人たちは知っているんですか?」

「それについては答えられない、という答え方を私はしよう」

「なるほど」

「悪いね。我々はあまり政治には興味がないんだ」

「分かります」

「ありがとう。あそこでちょうどやっているから、見るといい。こちらも面白い」

 そちらの部屋では、檻を挟んで一人の研究員が立っていた。傍にはなにか小動物の死骸がある。檻を挟んでこちら側では、何人もの研究員が杖を抜いて待機している。

「これはなにを?」

「始まる」


 それは、死骸が魔物化する瞬間だった。

 黒い淀みが死骸の周辺を漂い、中心部に巻き込まれるように動物の形を成していく。

 その過程で、死骸の近くにいた研究員が、持っていた容器から赤い液体を注いだ。

「あれは?」

「自分の血だ。ああやって魔物の形成時に人間の血を混ぜると、魔物がその血の人間個体を認識するようになる」


 やがて淀みが完全な魔獣の形となる。隣にいる血の持ち主は襲われ……ない!


「おそらく魔物には近くの生物を襲いたいという欲求がある。その欲求を変えることはできないのだが、強弱を軽く弄ることはできるようだ。つまり、芸を仕込んだりはできなくとも、自分だけは襲われずに、他人に襲い掛からせるということは可能なんだ。ほら、向こうの彼女を見て」

 とロジストは遠くの研究員を目で指す。

「左腕がないだろう? 丸まる一本魔物生成時に捧げたから。その際に魔物に干渉できる時間が非常に長かったことで、この作用が供物の量か質かに相関を持つことが分かった」

 私にはマユナがいるので、いくつか推測するところはあるけれど、さすがにそれは口にしない。代わりに、

「同じ要領で人状の魔物に対しても自分が襲われないようにコントロールすることもできますか?」

「理論上可能。ただ、成功例はない。実際的にはコントロールを得るよりも先にその人が死んでしまうだろう。一般的に強い魔物であればあるほど、干渉に必要な代価も大きくなるから」

「たとえば一体の魔物に二人の血が混ざったら?」

「……ちょっと待って。どういうアイデア?」

「ある人が――複数人でもいいですけど――自分の身体を丸々捧げて死ぬのに併せて、別の人がまあそれ相応の死なない程度のなにかを捧げたとします。コントロール権を得るはずの人が死んでしまったとして、もう一人の人がコントロール権を引き継げると思いますか?」

 私はソフィ会長の命令を聞く魔人と戦ったことがあるから、たぶんできるんじゃないかと思う。

「検討してもいい? 論文にするときはあなたの名前も入れる」

「論文って王宮の図書館にも入りますか? よく考えるとこの技術はたぶんかなり悪用できちゃいますが……」

 これは考えなしに尋ねてしまった私が本当に悪い。でもソフィ会長がこの技術を使っていたということは、四大公爵家あたりは独自に研究してそうな気もする。

「それは……うん、その通りだ」

「お任せします」

「ありがとう。ところであなたの聖魔法を見せてもらうことはできるかな?」

 一瞬芽生えた私の負い目を見逃さない、貴族的な良い「ところで」だった。

「もちろん。あの魔獣ってもう消していいんですか?」

 檻の向こうの研究員が、許可するように魔物のそばを離れた。

「ヒカリ」

 杖の先から放たれた聖魔法の帯が柵の間を抜けて、魔獣を刺し貫く。強い光を放ちながら、魔獣が跡形もなく消滅した。

 研究員たちから拍手をもらう。

「今後もお願いしてもいいだろうか。あなたがいてくれると、もう少し強い魔物で実験ができそう」

「五日に一度までなら大丈夫です。代わりに私たちにも色々な研究を教えてくださいね」

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