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魔法学院/卑俗と適性のあいだ

 エーデル領キエルヒは魔法都市とも呼ばれているらしい。理由は単純で、土地面積当たりの優秀な魔術師の数で比較すると、王都の貴族門の中よりもこちらの方が数が多いから、ということだ。


 その片鱗は、魔法都市に入る前の大きなトンネルの中からすでにあった。

 いくつもの岩山が土魔法で真っすぐに、精巧に、円形に長い距離を削り取られ、馬車が通れるようになっている。王都のソフィ・トンネルみたいなものだけど、あちらと違ってこちらは岩だ。それがまるで大きな球を転がしたみたいに、きれいに掘削されている。よほどの魔法技術がなければ、こんなことはできないだろう。


 トンネルを抜け、いくつかのチェックポイントで身分照会を受けて学院の敷地内に入ると、その先はそれこそ「魔法みたい」な光景が広がっていた。


 大きな城が動いている。


 正確には城本体が動いているわけではない。それぞれのパーツが動いているのだ。


 切り取られた石畳みが人を乗せて真っすぐに上昇している。側面に掘られた口から吐き出される大量の水は、自由落下に抗って上昇しながら宙に幾何学模様を描いている。ある塔の先端から吹き出す炎はドラゴンの形をして踊り、また別の塔では氷細工が一定間隔でその意匠を変えていた。


「あれになにの意味があるのか、って思うでしょう?」

 学院案内役のスオウという人が移動用の大きな馬車の中で説明してくれる。

「魔法昇降機はまだ意味があるかな。でも他の、ほら、あの火とか、ほんとになんも意味がないの。ただ楽しくて、魔法の練習になるからやっているだけ。わざわざそういうサークルがあるの。笑えるね」

「でもああいうのって相当に高度な技術のように見えますけど」

「この学院は馬鹿しか入れないようになっているらしい。だから、みんな極めて馬鹿だけど魔法への執着はある」

「いいな。私に火属性があったなら、あの竜のやつやってみたいです」

「それは良かった。魔術師を雇うために視察に来る貴族が時折いるのだけど、こういうのを面白がれない人間には、総じて魔法の適性がないからね」

「じゃあ私は適性がありますね」

「面白がれる人間に適性がある、とはおっしゃっていなかったのでは?」とエルミナ。

「どうやらこの馬車には論理学者が一人混ざっているようですね」と私。

「ふふ、仲良しなんだね」とスオウ。

「まったく」


「今日はまっすぐ宿舎の方に案内するね。正式な学院の案内はまた明日。先にこれを渡しておこう。そちらの従者さんたちも」

 とスオウに小さな魔石を渡された。

「これは特別な魔石(まどうぐ)だから、失くさないように。学院によって固有に色付けされた魔法が充填されている。石同士をくっつけて魔力を他人の石に流すと、自分の石の色魔法が減るというわけだね。用途はなんだと思う?」

「……通貨?」とユナちゃんが我が一団を代表して答えた。

「大変素晴らしい! キミも学院に歓迎するよ。この学院内の通貨は基本的にその魔石内の色魔法だ。食事や買い物に使ってね。それはプレゼント。今晩の食事代くらいは入っているから。なくなったら換石の看板を探して。金貨を色魔法に変えてくれる」

「銀貨や銅貨は替えてもらえないんですか?」

「表向きはアルス王国とスレイ皇国の間の通貨の価値を合わせるためだけど、本当は魔法適性のない貴族からぶんどるのが目的なんだと私は考えているよ」

「なるほど。色に変えたお金を石の中で死蔵させるということですね」

「……キミ、お名前は?」

「ユナです」

「私はだいたい研究室にいるから、いつでも遊びにおいで」

「こちらのセイラと一緒でもいいですか?」

「もちろん」

「ありがとうございます。どんな研究をされているんですか?」

「魔法の伝導率について。リムって分かるかい? 最近急に出てきた魔石みたいなやつだけど、今はもっぱらそれかな。あれのすごいのは後から形を変えられるところ。つまりは簡単に道具の中に埋め込めるということ。でも魔石もそうだけれど、こういうものには魔力を通しやすい形状や環境というものがあって、今はそれについて調べてる」

「リムってどう思いますか?」

 と面白ついでに尋ねてみる。

「天才的だね。なぜ自分が思いつかなかったのか本当に悔しいよ。作った人間に会って話をしてみたい。だけど目的先行ではおそらく出てこないアイディアだから、別の実験をしていて偶然できたなにかの副産物だったんじゃないかというのが私の予想」


 バレないようにエルミナと視線を交わす。

 すごいなー。このレベルの魔術師たちと明日から一緒に活動ができるのかと思うと、今からとても楽しみだ。


「最後に三つだけ注意点だ。一つ、相手の許諾なく魔法を人に向けない。二つ、得られた実験記録を捏造しない。三つ、他人の成果物を剽窃しない。学院の三原則。破ったら即退学だから、これだけはよろしく」

「分かりました」

「うん、じゃあまた明日。宿舎はそこ、私のおすすめの食堂はあの曲がり角の先、明日は氷像が龍に変化する時刻に大講堂の前でね」

「ありがとうございました」


 時間についても独自の時刻表現があるらしい。外社会の卑俗さに飲み込まれないぞ、という学院の強い志を感じる。それが結構馬鹿っぽい感じなのもいい。きっと魔法の適性があるのだろう。

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