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ろくでもない思い出になりそうですけれど

 長期休暇を終えた私は、魔法陣の練習に明け暮れた。


 自分の身体から離れたところに魔法陣を展開してそこから魔法を撃つ、というのはできるようになったけれど、私が魔法を意志してから実際に魔法陣から出力されるまでにかったい黒パンを二口は咀嚼できる。長期間使われていなかった井戸くらい出るのに時間がかかる。


 これでは確かにロス先生がいうところの「魅せ魔法」以外の価値はない。でも価値が認識されていないから(メイの魔法大会優勝の影響で結構な数の生徒が、ロス先生の開講してくれた魔法陣学の授業を取るようになったけれど、今ではもう一回目の授業の二割以下の出席者数になっている)習得できれば相手への不意打ちの選択肢に繋がると思うのだ。剣聖五位と戦って以降その思いは強くなっているのだけど、初見殺しの技は多ければ多いほどいい。


 逆にエルミナは練習に付き合ってくれるけれど、そこまで習得への情熱は持っていないようだ。

「その時間で別の勉強をした方がいいのではと感じますわね」

「エルミナ様は瞬殺されてたから分からないと思いますけど、やられる側からしたら本当に嫌なんですよ。相手の魔法陣が一個頭上に浮かんでいるだけで、こっちは考えないといけないことが倍どころか五倍くらいになりますから」

「裏魔法大会」というワードはすぐに流行らなくなったけど、エルミナ様瞬殺の話は今でも擦れて楽しい。

「それは四種の魔法の可能性があるメイだからこそではなくて? あなたを見ていると、敵に五倍考えさせるために、十倍のコストを払っているように見えますわ」

「だけど相手の視点に立つと、光魔法しか使えないと思っていた私がいきなり闇魔法を使ってくるわけですから、他の四属性も使えるのかもって警戒するのは自然だと思います。結局のところ、私が使えるかどうか、ではなくて、どれだけ相手に考えコストを払わせるかですから」

「あなたの方が正しいですわね。わたくしがいきなり光魔法を使ってもそうなると思います?」

「光はなー、実質ノーカウントですからねえ。他魔法を警戒っていうより、なんだこいつって思われるだけだと思います」

「あなたのそういうところが嫌いですわ」


 私が今生で手に入れた闇魔法を大いに活用できているのに比べて、エルミナは光魔法をあまり有効に使えていない。これは別にエルミナにアイデアがないというわけではなくて、単に対人で光魔法を有効に使える機会って本当にほとんどないのだ。

 闇魔法との相殺爆発や、身体強化したり、自身の治癒なんかはたまにやっているけれど、逆にいうとそれくらいしかできない。


 今にして思うと光魔法しか使えなかった過去生は正気じゃない。いや、あの頃の経験のおかげで私は魔法が結構上手だし、国の魔法大会で二位にもなれたのだけど、それはそれとして人生がハードすぎる。よくやっていられたな……と思ってから、よくよく考えたら全然やれてませんでしたわね、と思い出した。今生ではもう全く心配していないけれど、来年の今頃はもう、婚約破棄破棄されて、私の絶望ライフが始まっている時期だ。


「例えばですけど、絶対に正しいことを言う予言者がいたとして、お前は一年後に死ぬと予言してきたとします。エルミナならどうします?」

「予言者を脅して別の予言をさせる……というのは冗談ですが、そうね、まずは近い未来を予言させて、自身の努力によってどの程度それを変えられるかを確かめますわね」

「絶対に一年以上先のことしか予言できない人だったら?」

「その時はそんなもの気にしても仕方がないでしょう」

「じゃあその予言者が一年先から来た死後の自分だったとして」

「その死後のわたくしが生きていた間に、死後の自分に相当する予言者がいたのかをまず確認しますわ。……これはどういう喩えですの?」

「いや、そういう夢をたまに見るだけなんですけど」

「一年後に死ぬ夢を? それでたまにうなされてますのね?」

「え、待って。私って寝てるときにそんなに唸ってるんですか? 全然気づかなかった」

「次うなされていたら、起こしてさしあげます」

「たぶんドラゴンに乗ろうとしたら揺れにくい席を奪われた、みたいな夢を見てるんだと思います」

「しかし、確かに一年後に私たちが死ぬというのは、なくてありそうですわね。お父様がわたくしたちの活動を全く知らない、としておくのはやや楽観的すぎます。それよりは今はまだ制御できる自信があるから、好き勝手にさせている、とする方が自然ですわ。万が一、わたくしたちの活動が制御可能ラインを超える可能性が出てきたら、処理をしにかかっても不思議ではありません。現に、お姉さまはそうやって学園卒業後に殺されたのですから」

「その場合、グルナート家は誰が後を継ぐんですか?」

「あなたのそういうところは好きですわ。公爵家ですとスペアとして育てられている養子候補なんて星の数ほどいるでしょうね」

「こわいですね~」

「ただわたくしがあなたと仲良しなことで、仲良しでない場合と比べてやや殺されにくくなっているのは確かですわね」

「良かったですね、私がお友だちで」

「あなたと出会っていなければ、そもそもこのリスクをわたくしは取っていませんけど」

「どっちが楽しいですか?」

「今に決まっているじゃない」

「私もですよ」


 木陰の下でエルミナの肩に頭を乗せる。なんだろうな、エルミナ姉の話が出たからかもしれないけれど、私にも姉がいたらこんな感じなのかな、と思った。


「私たちの勝利条件はなんなんでしょう?」

「グルナート公爵夫妻の死亡ですわね。結局のところ、この国のあらゆるグロテスクな構図を描いているのは、お父様とお母様ですから」

「お父さんが宰相なのは知ってますけど、お母さんもですか?」

「公的には病気を理由に表には出てきませんが、むしろ本命はそちらですわね。例えばある貴族を失脚させたいとき、お父様ならロジックを組んで、言質を取り、相手の一の汚点を百にまで広げるようなやり方を好みます。歪んではいるものの、合意やルールは踏まえます。政治家気質。わたくしやあなたもこのタイプですわね」

「私はそのタイプでもないんですけど」

「一方お母様は何もしません。指先すら動かしません。ただほんの少し、会話をするだけです。するといつの間にか相手は自死しています。そう見せかけて殺された、などではなく、目撃者の前で自ら命を絶っているのです」

「過程を重視しない、ということですね?」

「ええ、大義も名分もありません。この貴族社会で許される振る舞いではないはずですが、実際のところお母様は自室から出ず、なにもやっていませんからね」

「糾弾する側にロジックが立たないんだ、面白い。お目通りする機会はありますか?」

「絶対にさせたくありませんわ。ステラがお母様に気に入られることはないでしょうし、逆にあの方の気分を害せばあなたは死んでしまう。いいことなど一つもなくってよ」


 エルミナにここまで言わせるとは中々だ。


「でもそう考えるとウォルツ家の人たちはすごいですね。そんな人たちに張り合えていて。ウォルツ家と協力するのはありですか?」

「それはお父様が私を消す口実になりますわね」

「むずかしいな~。じゃあ、私と会う前のエルミナはどんなプランでしたか?」

「今にして思うとソフィ・フィリアばかり気にしていましたから視野が狭かったと思いますけど、基本的な戦略としては、わたくしたちの世代に政治が交代するまで大人しく牙を研ぎ続ける、という方針でしたわ」

「エルミナのご両親って何歳くらいですか?」

「五十前のはずですわね」


 平時における貴族の平均寿命はおよそ六十歳といわれている。


「最悪、従順に〝待つ〟のもありですね」

「その時は、わたしくしたちは二十五歳ですわね」

「婚約者様とはいつ結婚するんですか?」

「習わしとして成人してから二年後ですから、わたくしが十八になる年ですわ」

「あと三年、一緒にいっぱい思いで作りましょうね」

「ろくでもない思い出になりそうですけれど」

「私もやっぱりヨハン王子と結婚しようかなあ」

「不敬ですわぁ」

「結婚って基本的には一回きりじゃないですか。だからできれば最高のカードが出るまでは出し惜しみしたい気持ちもあって」

「第一王子よりいいお相手ってあると考えていますの?」

「国内にないとしたら、国外ですかね」

「可能性のある縁としては、スレイの第三皇子かしら」

「これはたぶんエルミナのお姉さんが考えたのと同じルートですよね。セイラは喜びそうだけど、結局私は王宮に行ったエルミナ妃と一緒に居たいわけだから、よく考えたら本末転倒でした」

「むしろ私がエディング殿下との婚約を破棄をして、ヨハン殿下と結婚なさったあなたの教育係にでもなるのがいいのかもしれませんわね」


 急にエルミナの口から「婚約破棄」の言葉が出てきてちょっとドキッとしてしまった。


「教育係のエルミナってめちゃくちゃ口うるさそうだな」

「わたくしだってね、あなたのいないところではそれなりにエレガントなのですからね?」

「あの、おーほっほっほ、みたいなやつ?」

「あなたはご存じないかもしれませんけど、それをやっているのはあなたの中のわたくしだけなのよ」

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