裏魔法大会編
周囲の足跡から、複数人で馬車を押した後に諦めた形跡がうかがえた。荷はそのままに、馬だけいなくなっていた。
積み荷は子ども十人。全員手足を縛られ、頭巾を被せられている。私たちが近づいても反応が薄かったので、顔が見えなくとも衰弱しているのが分かった。
唯一意識がはっきりしていた子は、私のことを知っていた。
「あの、ステファさんですよね? 一緒に講習を受けた……?」
「……あ! ルー!?」
「ご存じですの?」
「大会前に街ブラしてたときにちょっと知り合って」
売買春講習を受けたときに隣にいた子だ。同じパンを食べた仲である。
「つまり、街ぐるみで人身売買を行っているということですの?」
「ううん。私が悪いんです……お金に釣られて、お姉ちゃんと指定じゃない宿屋に行っちゃって……そうだ、お姉ちゃん!」
縛られていた馬車を見に行く。ユナちゃんとセイラに水を飲ませてもらっている子供たちの中に、ルーの姉はいなかった。
「アル」
「追えます」
アルが犬たちに座席の匂いを嗅がせている。
「わたくしとライカで行きますわ。今日のあなたはもう役に立たなさそうですから」
「誰かさんと違って、私とメイはヘロヘロになるまで戦いましたからね」
私の言うことに全然耳を貸さずに、エルミナとライカが騎乗してアルとともに出ていった。
「ではオレは野営の準備をしておきます」
「よろしく」
全員がテキパキと自分の役割を決めていなくなる。
「……あの、これってまさか先輩たちの仕込みじゃないですよね? 手際が良すぎます」
「私が『よろしく』って言う以外なにもやってないことに気づくとは流石だね」
「ほんとだ……」
見張りもかねて馬車の屋根に寝っ転がり、日の傾き始めた空を眺めながら会話する。あれだけフェイントをかけあったおかげか、メイと分かりあえて、親しくなれたように感じる。ウォルツ家の間者である可能性はもう気にしないことにした。
もっとも、私もメイも今日は魔法杖を握る体力ももう残っていないから、現戦力としては全然役に立たないのだけど。
「私ね、先輩みたいになりたいと思って学園にきたんですけど、それは止めることにしました」
メイがポツリとつぶやく。
「私が弱かったばかりに……」
「もしも自分が光魔法を使えたとして、私にあんな狂った戦い方ができるとは到底思えませんから。私だったなら、もうちょっと小綺麗に戦うと思います」
「狂ったって」
「狂ってましたよ。人に無害のはずの光魔法で、あんなに人を傷つけられそうな空気感を出せる人はいませんよ。家名があったころにひと悶着あって、何度か命を狙われたことがあるんです。今日先輩が一歩ずつ間合いを詰めてきたときに比べたら、全然でした」
「それは、光栄、です?」
「私にはなれないなーって思いました。でも、そういうところが良いなって、尊敬できるなって思います。だから、これからも狂った変な先輩でいてくださいね」
「ん……」
「……先輩」
「うん」
遠くの木陰から、数名がこちらの様子を窺っていることに気が付いた。
向こうからは、ちょっと豪華な馬車に乗った人間が、縛られた子供たちを見つけて保護しようとしているように見えるはずだ。いや合ってるけど。
私たちが脅威でないと判断したらしく、二十人が堂々とやってきた。
馬車から飛び降りて野盗? の行く手を阻む。
「よう、嬢ちゃん。魔法大会の一位と二位だな」
めちゃくちゃバレてる!
「トロフィーとメダルをよこしな。そうすればあっちのガキどもは殺さないでいてやる」
「あれぇ、私たちは一位と二位ですよ。勝てるとでも?」と私。
「お前さんら、あとどれだけ魔法が打てる? 勝てるさ。そのために分断したんだ」
「なるほど、全部仕込みでしたか」
「このトロフィーにそんなに価値あります?」とメイ。
「あるんだよなぁ。いくらで売れるか知ってるか?」
「なるほど。いいことを聞きました。でしたらあげたくはありませんね」
「構わんよ。お前さんたちと戦ってみたいって気持ちもあるしな。そいつを賭けて裏魔法大会の開幕と行こうか」
野盗たちが一斉に杖を抜く。全員魔術師か!
「先輩、これ結構やばいかも」と小声でメイ。
「うん」
私も感じる。この人たちはきっと、魔法大会一日目に出ていた人たちのほとんどよりも強い。
「やれっ」
というボス格の声と、悲鳴が重なった。
音源は子供たちの馬車だった。だけど野太かったので、子供の声ではないと分かる。
かつて人間だったものの一部のように見える何かが、背後から飛んできてボスの前に落ちた。
「その裏魔法大会とやらは、アルスの人間でなくとも出場資格がありますか?」
剣聖メイドが刀を一振りする。真っ赤な血のラインが私たちと野盗の間にできた。
「ここは私が。ユナさんと子らをお願いします」
「……っ! 残念だがお前さんに参加権はないね。〝魔法〟大会だからな」
「剣も魔法に至る、故郷の言葉です。魔法の方が偉いみたいな口ぶりが、あまり好きではないのですが」
一番近くで魔法を唱えようと唇を動かしそうになっていた女が、『まるで魔法みたいに』分割され、崩れ落ちる。
何か言いたそうにしているメイの手を引いて、私たちはセイラと入れ替わりで馬車の子供たちを守りに行く。
遠くの空で、バチ、バチと天に伸びる雷光があった。エルミナたちも戦っているんだ。
人質の利用価値の高さに気づいた数人が、こちらを追ってきた。
「メイ、どれくらいやれる?」
「一発かまどに火を灯せるかどうかといったところです」
メイはカトレアや私と違って、リュカやロス先生のような根っからの魔術師タイプだ。剣の腕はあまり期待できない。
私も現状魔法は無理。野盗の一人から剣を奪い、へろへろの身体で戦っていく。
「先輩って剣も上手なんですね」とメイが私の援護をしながら一人を倒した。
剣聖と暮らしているからね。
なんとか切り伏せたけど――
「姉さん!」
「~~……っ!」
子供たちに気を取られすぎた。ユナちゃんの首筋にナイフが突きつけられている。
「その剣を捨てな。あんたも杖を折れ」
私が素直に即座に剣を捨てたのを見て、メイも自分の杖を折った。
「手を頭の上に乗せて膝を付け。そうだ。はっはっはっ、俺が裏魔法大会のチャンピオンだな」
さん。
「こんな勝ち方で嬉しいですか?」とメイ。
に。
「ああ、嬉しいよ。あんな大会に出るのは馬鹿だけだろ。ルール無用、どんな手段でも、最後にいい思いをしたやつが王なんだよ」
いち。
私はゆっくりと立ち上がる。
「なら私が裏魔法大会の王ですね」
ぜろ。
遥か王都で頑張っていたマユナちゃんを闇に返した分の魔力が戻ってきた。
「ディナハト」
闇が野盗のすべてを覆い、喰いつくした。
カラン、とナイフと手首だけが地面に落ちた。
「先輩……?」
「あっと、えっと、ごめん……」
メイに闇魔法を見られたのは問題ない。ユナちゃんの危機とのリスクの天秤だし、そもそも今の私はメイのことを信用していいと考えている。だけど、闇魔法を隠していたことを知られるのはちょっと気まずい。
私は全力を出して決勝を戦ったつもりだけど、メイには闇魔法なしの舐めた試合をされていたように見えるかもしれない。そうじゃないことを、私がメイに尊敬の念を抱いていることを分かってもらいたい……と伝え方を必死に思案していた私とは裏腹に、メイはくくくと笑いをこらえていた。
「つまり先輩って闇魔法が使えるんですね?」
「まあ、うん、そうなるね」
「なのに闇魔法を使わずにあんなに強かったんです?」
言葉からところどころ笑いが漏れている。
「あはは、わはははは、あー可笑しい。変なのと思っていた人が、思っていたよりも変で私はとても嬉しいです。先輩を目指すのは止めますけど、先輩に助けが必要な時はいつでも声をかけてください。実家を燃やしてでも駆けつけちゃいますから」
「おう……。よろしくね」
「なんだか嬉しかったです。因みにですけど、私が先輩の秘密を国中にバラすぞって言ったら、なにか私のいうことを聞いてくれます?」
「そのときは第二回裏魔法大会かな」
「あー、おもしろ。応援していますよ、せ・ん・ぱい」




