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魔法大会編⑦

「先輩とこうした場で戦えることを本当に光栄に思います」

 とメイが言った。


 闘技場の中央で向かい合い、開始の合図を待っている。


「魔法と貴族制が癒着した王国の一番を決める魔法大会で、平民同士で決勝をできるというのは少し気分がいいです」

 それは確かに、と私も思う。よくよく考えると、メイは貴族を追放されているわけで、貴族への敵愾心は私のそれよりも高いのかもしれない。


「ねえ、先輩。こんなパーティ二人で抜け出して、あそこの王族に魔法撃っちゃいません?」

「たぶん加護あるし、ロス先生もいるから今は難しいんじゃないかな」

「あはは、冗談ですよ」

 ちょうど『メイさんの特筆すべき点は、四属性の魔法が使えることではなく、四属性の魔法を同時に扱えることなんですね』とロス先生がしゃべっている。


「私ね、先輩のことを尊敬してるんですよ。昨年、スラムから下層に魔物が溢れてきたときに、私は嬉しかったんです。あんな臭くて汚くて貧しいところなんて、早く滅びてしまえばいいと思っていましたから。でも先輩は颯爽と飛んできて、聖魔法を辺りにまき散らして、そのまま何の迷いもなくスラムに飛んでいった。ついぞ貴族社会では見ることのなかった高貴さの一端を、あの日初めて知った気がしました」

「メイはなにに高貴さを感じるの?」

「逆風の中にあって、弱い立場にいる人間をかばいながら、悠然と、信念を貫こうとする姿勢、でしょうか」

「……なるほど」

「私も先輩のようになれるでしょうか。私はどちらかというと、魔法が上手な方だと思います。ですから、これからのことを学園でしっかりと考えていければと思っています」


 メイが私たちの王国解体の野望を知っていて、警告している可能性も私は捨てきれていない。もしそうだとしたら、今の発言は「お前の企みを止めてやるぞ」という風にも取れるから、なんとも判断が難しい。

 でもそれはそれとして、勝ちてぇ~、と思う。自分に銀貨を賭けていることもそうだけど、自称下町の星ステラちゃんとしては、下町の新星メイちゃんに負けたくない、という純粋なモチベーションがある。

 難しいことはあとで考えよう。今はただ――。


 開始の合図が鳴った。


 自身に光魔法付与。魔法杖に光魔法付与。

 メイがオーソドックスな魔法杖を抜く。

 私の頭上四方向に魔法陣が開く。右上から風魔法で加速された石礫が、流星のように降ってくる。

 避けつつ、弾く。

 距離を詰めようとする私の眼前に魔法陣が開く。

 炎が飛んでくるのを光剣で斬る。

 後ろに氷魔法が張られていた気配を感じた。斬らずにバックステップを踏んでいたなら、足を持っていかれていただろう。

 大きな単一の魔法陣が天上に開く。一瞬の豪雨。闘技場が水浸しになる。冷たい風が吹いた。

 フィールドの状態を確認しようと目を動かしたタイミングで拳大の石礫が四連発。

 光剣一本では防ぎきれない。

 左の袖口からオーソドックスな魔法杖を抜いて、光属性付与。両手に大小二本の魔法杖剣を握り、飛んでくるすべてを叩き落とす。

 そこまでが最初の攻防だった。


「……………………」


 攻防っていうか、〝防〟しかしてないんですけど……。


『メイさんは魔法陣の使い方がとてもいいですね。魔法陣はいわゆる魅せ魔法、芸術の一種と認識されていることが多いですが、ある種の魔術師にとっては非常に有用です。魔法陣は魔法の中継機です。本来なら身体から発せられる魔法の始発点を、別の場所に置き換えることができるのです』

 質問役の方が『お話を伺う限りとても便利そうに聞こえるのですが、なぜ実用されていないのでしょうか?』と尋ねている。私もそう思う。

『中継機を挟む分、魔力のロスが極めて大きくなることと、魔法陣の出現は言ってしまえばこちらが攻撃を撃つタイミングと場所を教えていることになるわけですから、それなら自分で直接撃った方が効率がよくなるわけです。メイさんがこれを有効に使えているのは、四つの魔法の同時使用ができるからですね。つまり、魔法陣を開いてもそこから攻撃せずに別の場所の魔法陣から攻撃するという選択を取れる。やられる方は常に択を迫られるわけですから、相当嫌だと思います』


 私の気持ちを言語化してくれてありがとう。カトレア戦と同じところまで身体能力を向上させる。

 その間も私の頭上では四つの魔法陣が開いたり閉じたりと牽制を繰り返しており、私はそこから魔法が飛んできてもいいよう小刻みなステップを余儀なくされている。

「ヒカリ」

 思いついて、聖魔法を撃ちあげてみる。頭上にあった開きかけの魔法陣が消えた!

 なるほど、魔法陣の段階だとこちらの魔法で簡単に干渉できるのか。


『ステラさんの素晴らしいところは、今のような柔軟な発想ですね。おそらくその知識はなかったのだと思いますが、なんとなく試してみる、のセンスがいい』

 ロス先生に褒められている!


 ただもちろん問題点も自分で分かっていて、身体能力向上を維持しつつ、聖魔法を撃ちあげ続ければ、私が先に魔力切れを起こすだろう。つまりメイの方が魔法陣を出し得な状況は変わっていない。

 小刻みに動きながら、少しずつメイとの距離を詰めていく。

 メイは牽制を魔法陣でやりながら、私の甘い動きに対して魔法を放ってくる。戦い方が分かってきた。ステップや重心のフェイントで魔法陣を誘発させて、魔法陣包囲網の隙を作りだしていく。

 一方でメイも実際は撃たないにも関わらず魔法陣を展開させ、私がそれに備えられるような立ち位置まで戻らせる(もし私が備えなければ本当に撃つだろう)。


 右に動けば氷の魔法陣が開き、閉じる。左の魔法陣の気配を見て、私は斜めに移動する。

 私の重心移動と、メイの魔法陣が呼応している。

 観客から見たら、たまに魔法陣が開いて私がちまちま位置取りを変えるだけの地味な勝負だろう。だけどすごく楽しい。

 これは舞踏会だ。すべての動きに意味があり、その動きにメイが反応してくれる。あるいは私がメイに反応する。そこには相手の能力に対する信頼と尊敬がある。私たちは魔法を介して対話をしている。


 だけど心躍る時間はもう長くは続かない。私は常時光魔法を自分自身に付与している。立っているだけで魔力がどんどん減っていくのだ。どこかでこちらから仕掛けなければならない。


「ヒカリ、ヒカリ、アカリ、ヒカリ、アカリ、ヒカリ、ステラ」

 小さく口に出して、やることを頭の中で整理しておく。


 メイまでの距離は身体強化込みで七歩。ホトドグを一口齧る間に詰まる距離だ。


「ヒカリ」

 線状の光魔法を魔法陣にぶつけて、最初の一歩目を確保する。


「アカリ」

 二歩目。アカリを撃ちあげる。処理の無駄を減らすためかメイの魔法陣は最初から開かない。実際には今の少出力では魔法陣を消せない気がするけれど、メイの視点ではその区別がつかないはずだ。


「ステラ」

 三歩目。私の動作よりも早く牽制用の強めの魔法が来たので、不本意ながらステラをぶつける。もうステラを撃つ魔力は残っていないけど、絶対に顔には出さない。


「ヒカリ、ヒカリ、ヒカリ」

 四歩目。三方向の魔法陣を潰している間に準備されたメイ本人からの火魔法を光剣で斬る。


「アカリ」

 これはこちらからメイ本人への牽制。五歩目。


 六歩目。儀礼用の長い魔法杖剣を投げ槍のように投げつける。メイとしてはこれをケアしないわけにはいかない。


 七歩目。射程距離!

 普通の魔法杖をメイの喉に突き刺すと見せかけて、それも囮。メイの背後を取る。メイの側頭部を手のひらで取り、払った足を支点に床にたたきつけ!……られない!

 メイに触れていた私の右手が発火し、崩したはずのメイの体勢は、風魔法で宙を一回転しながら美しく元に戻った。


 目が合った。


「どれがいいですか?」

 頭上に四種の魔法陣が開く。

 私は両手をあげて降参した。


*****


 思っていたよりも盛大なセレモニーだった。

 ほとんどの観客は帰らずにメイが優勝トロフィーをもらうところまで見ていってくれたので嬉しかった。どこかの公爵令嬢と違って、私はしっかりと二日目を盛り上げたからね!


 ちなみに私もメダルをもらった。噂によると、これを持っていくと王宮魔術師団に無試験で入れるらしい。就職先を一つ確保した。


 私が需要のない就職先をゲットした一方で、ライカとエルミナはメイへの賭け金の払い戻しで信じられないくらい稼いでいた。この二人って系統が似ている気がする。というかエルミナさんはさぁ、メイにも賭けていたのなら準決勝のあれは本物の八百長だったのではないの?

「あれは本当にメイが強かったのよ」


 結局私たち全員にとって良い大会だった。

 メイは嫌な貴族を黙らせられるくらいの箔と就職候補を手にしたし、エルミナとライカは特異魔法をほとんど見せることなくいくつかの技の実験成果と大量の金貨を手に入れ、私はカトレアに少し認めてもらえたし、加えて学園に帰ったらロス先生からご褒美がもらえる。ロス先生を雑務から解放するのに貢献できそうなのも素直に嬉しい。

 普段の私たちは悪だくみばかりしているけれど、こうして誰かのお願いをきいて頑張るのも悪くないなと思った。


 それに二年生の間に学園でやりたいことも見つかった。魔法陣だ。

 解説のロス先生が、魔法の同時使用できる人が少ないから魔法陣を有効に使えない、というようなことを言っていたけれど、逆に同時使用できたらかなり強力な武器になるはずだ。さっきまで対戦していた私が言うんだから間違いない。

 魔法陣を練習する。二魔法同時使用を練習する。がんばるぞ!


 大会連覇時の量産を機に街定番のお土産になったというロス先生の小さな肖像画を自分用のお土産に買って、帰りの馬車に乗り込む。

 トーレスの街をあとにする。

 いい街だったな。今回の旅は全部楽しい思い出だった。


 帰路で泥濘に嵌まって放置されていた馬車の中に、手足の縛られた子供がたくさん載せられているのを見つけるまでは……。

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