魔法大会編⑤
ぐっすり眠れた。かなり寝た。ものすごく元気だ。
アルス王国魔法大会準決勝の朝がやってきた。ホトドグを二本食べて、完全無比のコンディションである。
満員の闘技場に、私たちを紹介する声がする。なんでここまで声が聞こえるのだろうと疑問だったけれど、どうやら魔道具で拡声しているらしい。そんな技術あるんだ、と思ったところで、次の言葉が聞こえてきて納得した。
『我々には光魔法の知識がありませんので、特別にこの方をお呼びしました。魔法大会のレジェンド、この会場で知らない人間はいないでしょう。説明不要! ロス・ブラインシュヴァイク・ユーリフォン・アルミニア・フォン・ナルハ!』
『はい、こんにちは』
ロス先生の登場に、会場に収まりきらないような歓声が待機通路までこぼれてくる。どう考えても私たちの紹介より数倍盛り上がっているぞ。
「ごきげんよう。ステラさん」
と控え通路で声をかけられた。優勝候補筆頭のカトレアさんだ。王宮騎士団所属。
「こんにちは、カトレア卿。今日はよろしくお願いします」
「あなたは現在、ロス先生に師事しているのですか?」
「どうでしょう。授業には出てますけど、割と放任されているというか、あんまり師事って気持ちはないですね」
「そうですか」
「カトレア卿はロス先生に?」
「ええ、私もあの学園の卒業生ですから」
私より十くらい学年が上になるはずだ。
「私はその矜持として、己がロス先生の最高傑作でありたいと常に考えています。ですから、怪我をさせてしまったらすみません」
ご挨拶かと思っていたら急に宣戦布告になるのは、いかにもアルス魔法学園の卒業生っぽい。
「気にしませんよ。私は聖女ですから。あなたに祝福があらんことを」
試合が始まった。
向かい合って互いに魔法杖を構える。
私のは普通の魔術師用の小枝サイズではなく、肩口から指先くらいまでの長さがある、長くて太い魔法杖。
一般的に儀礼用に使われるもので、実用ではない。王都だとお土産屋さんで買えたりもするやつだ(実用的魔法杖は肘から手首までの長さから指三本分を引いた長さがベスト、と言われるのは、袖の下に隠せるからという説がある)。
その長くて握り心地のいい杖の上下をひっくり返して、剣に見立てる。
光魔法を付与。
これで私がこの杖で相手を殴打しても、魔法攻撃判定が入るようになる。私の儀礼用魔法杖が日々の酷使から〝偶然〟剣のように研がれていてもだ。問題ないと大会本部に確認済み。
自分自身にも光魔法を付与。身体能力がエルフほどに引き上がる。
一二回戦では、わたわたする相手の懐に飛び込んで、相手の魔法発動前に叩くだけで勝てたけど、流石に優勝候補筆頭に同じ手が通じるとは思わない。というか、向こうも儀礼用の杖を剣として持っているし。
『カトレアさんは魔法に非常に優れた剣士、というカテゴリが正しいでしょうね』
とロス先生の解説が遠くで聞こえる。
カトレアの剣に、火魔法が付与された。火剣。
『お二人が当然のように使っていますから簡単に見えますけど、安定した属性付与には高度な技術が必要です。とてもいいですね』
一瞬、カトレアと目が合った。たぶん二人とも同じことを思ったはずだ。すなわち、今の「いいですね」はかなりロス先生っぽい。
刹那、無詠唱で水が放射状に飛んできた。
避ける? いや、誘導か?
判断に迷ったところを即咎められた。
水がこちらに向かいながら氷柱状に固まって加速する。
いくつかを光剣で弾き、いくつかが脚に刺さる。
追撃が来ないはずがないので、反射的に後ろに下が――ッ!?
「ヒカリ!」
手癖で後ろに下がりそうになったところで眼前にカトレアがいなかったことに気づき、咄嗟に無理やり身体を左に転がした。
もし後ろに下がっていたら着地点になっていたであろう場所を、火剣が両断する。炎の軌跡が線を描いた。
『今のステラさんは上手でしたね。不利な体勢で二撃目をもらわないよう、魔法を設置してから離脱しました』
「実は人間には特になんの効果もない魔法ですけどね」と言わない辺りにロス先生の中立性を感じる。
目を切らないように、カトレアと距離を取る。私には有効打が剣しかないのだから、距離をあけるのは戦略的には正しくないのだけど、それよりも先に考えを整理する。
今見た魔法は火と水と風。四属性持ちだったら私が知っているはずだから、この三属性で確定していい。あと速い。速いというか、巧いが正しいかも。私の視野がブレるタイミングで動きを予測して背後を取られた。
「癒せ」
脚の傷を治すと同時に、身体強化の出力を上げる。ここまで上げるのは魔力経済的にデメリットの方が多いけれど、必要だと感じた。跳べ!
一歩でカトレアの間合いに入る。首筋を取りに行く。
獲れたように感じたけど、間に向こうの火剣が入る方がギリギリ早かった。受けられたということは、ゼロ距離で魔法が飛んでくるということ。即離脱して、跳ぶ。
カトレアの背後を取る。
いや、これは取れていないな。違和感がある。わざと見せた隙だ。咄嗟に方向を変える。
私が行くはずだった方向に、火が吹いていた。
水と氷!
受けずに避ける。
火剣!
半身で躱す。
纏った炎がちりちりと鼻先を焼いた。
蹴れ!
火剣が振り下ろされて空いた胸部に、渾身の聖女キックを叩きこむ。入った!
カトレアが弾け飛ぶも、すぐに体勢を立て直す。平静を装っているが、明らかに胸骨を折った。
『今のは聖女キックですね。ステラさんは自身を光魔法で覆っていますから、今のは立派な魔法攻撃です。おや、大会規則を読んでいませんか?』
「強いですね。びっくりです」
試合が始まってから初めてカトレアさんが喋った。
「教えてくれる先生がいいんだと思います」
「加速は見ました。打撃があることも知りました。他はまだなにかある?」
どう見ても息を整えるまでの時間稼ぎなので、潰しに行く。
光剣を振り下ろす。
弾かれる。
下から切り上げる。
避けられる。
上から切り返す。
魔法が来たので角度を変える。
火剣が来る。
弾き落とす。肩から当たりに行く。こっちのバランスが先に崩される。
火剣……に加えて風魔法! 炎の領域が拡大する。距離を取る。
お互い、呼吸が荒くなってきた。
「――――し、――――なて、烈火残」
詠唱魔法! でかいのが来る! 来させない!
動こうとした足に違和感を覚える。氷魔法に足を取られて動き出しがワンテンポ遅れる。
すべてが連関している。氷魔法を成功させるための火魔法で、火魔法を成功させるための氷魔法だったのだ。
……強いなあ。
すでに火球は出来上がっている。
火球に吸い込まれるように風が渦巻く。
私の背丈より大きい火球、目の前にあるだけでチリチリと肌の焼かれる感触がある。
『この大会において最も必要なものは、出場選手の理性かもしれませんね。でなければ会場のみなさんが死ぬでしょうから』
私は死にそうなんですけど!
「あなたが死ななければ私の勝ち、あなたが死んだら私も負けです」
周囲の魔素が火球に集束していく。集え集え集え。いや、魔素が魔法になるとき一回身体を通すはずだから、実際に魔素が火球に集まっているわけではない。集え集え。白銀の光。ただ、圧でそう見えるのだ……なんてことを逆に冷静に考えるまであった。
「ブレイク」
「ステラ――ッ!」
二つの魔法が弾けた。




