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魔法大会編③

 夜のトーレスの街には昼間とは違った別の一面があった。すなわち、歓楽街としての側面である。


 私たちが闇オークションでエルフを買ったトレモの街もそんな雰囲気はあったけれど、あそこは物品の売買が主だった。トーレスはどちらかというと人身の一時的な売買が盛んなようだ。といってもこんなところでわざわざ労働者を探したりはしないから、ほとんどは性の売買だ。


 娯楽性とは、外部からの刺激の質と量で決定されるものだと私は思う。その点、皮膚の大部分や感度の高い部位を使う身体的な性の交わりは、要件を満たしやすい行為だと言えるだろう。

 端的にいうと、夜の街は大変賑わっていた。


 ちなみに私の考えによると、貴族が紅茶を飲みまくっているのも、社交的な意味合いを除けば、風味と温度による口内の刺激を楽しんでいるからだ。少なくとも私はそう。ぬるい紅茶って美味しくないですものね。

 ただ、この理屈でいくと、仮に両者の合意さえあったなら、頭から熱々の紅茶をかけられるのって刺激性、すなわち娯楽性が高いことになってしまう。


 ……いや、もしかして本当に娯楽性が高いのか……?

 ビジネスチャンスきたか……?


 でも刺激性の過多を評価するのなら、ほとんどの場合において、一番の娯楽は死ぬ瞬間ということになってしまうだろう。だけど「死」に娯楽性なんてものは絶対にない。それだけは間違いない。七回も死んでいるから、私は詳しいんだ。

 結局、なにごとも程々が一番良いということなのだろう。


 一人で散歩しながら、街を見て回る。

 王都にも平民街の上層と中層の間あたりに、こういった歓楽ゾーンはあるけれど、雰囲気が少し違った。王都の人たちは、売る側にも買う側にも、もう少し殺伐とした緊張感がある。それはおそらく、王宮が平民間での紛争に原則関与しないためだ。自分の身は自分(あるいは所属している店)で守るしかないから、自然と警戒心が強くなる。


 一方、この街には少なくとも利用者の観点からはその緊張がなかった。呑気な歓楽街、というのも変だけど、危ない匂いがしない。私たちがトレを健全に流通させようとしているみたいに、領主が徹底的に管理して、一切を暴力なしで、健全に売買をコントロールしきろうという志が感じられた。


 性別問わず身体を売る側は、道に引かれたラインを越えて客引きをしてはならず、違反をするとすぐに巡回している騎馬隊が注意しに来る。価格は四段階しかなく、売り手はそれ以外の価格を示してはならない。価格の確認は事前にラインを挟んで向かい合って行われ、買い手が値切ることもできない。行為は認証された宿屋のみで行われる。シーツは客が変わるごとに取り換えられる。各宿屋には警備隊が詰めていて、身の危険を感じた際は部屋のベルを鳴らすといつでも駆けつけてくれる。部屋の代金は価格に含まれていて、売主からそれを受け取った宿屋はその一部を領主に納め、その費用で騎馬隊や警備隊が運営されている。


 淀みなくサイクルができていて、ここの領主はやっていて楽しいだろう。加えて魔法大会のような競技イベントまで誘致して、もしかして今もっともイケている街の一つなのではないだろうか。


 ところで私がなぜこんなに詳しいかというと、初めてこの街で売買春をする人向けの説明会に参加したからだ。毎日無料で開かれていて、何度でも受講できる。説明会の最後にもらえる参加証明コインは、隣の建物で食べ物と交換することができた。これはかなり偉い。私もパンとチーズをもらって、隣で講習を受けていた子と一緒に食べた。


 せっかく講習を受けたので、売るか買うかをやってみようかなと思ったのだけど、急に過去生の数々の嫌な思い出が蘇ってきたのでやめた。

 さっきまで全然平気だったのに、せっかくもらったパンを吐いてしまった。


 こういうときってお酒を飲んで忘れるのがいいのだろうけど、お酒も一人で飲むとたまに嫌な過去生の記憶が出てきてしまう。それを自分でコントロールすることは極めて難しい。だから、私の癒しはトレと温かいシチューだけである。


 シチュー目当てで入った酒場は、賭博場も併設されていた。

 カードやルーレット、ダイスゲームはもちろん、玉突きや夜釣り、明日の天気なんかも賭けの対象になっていた。当然、魔法大会の優勝者当て賭博もあった。この店は投票権を販売する公式窓口の一つらしい。そこで図らずも私は自分の人気度を知ることになった。


 ステラ 所属:アルス王立魔法学園二年


 オッズは……83倍。


 人気が、人気がなさすぎる!


 いやでも正しいと思う。聖女様だという公的アナウンスはないし、もし所属からそれを推測できたとしても、対人戦において光魔法でなにができるの? という感じだし。

 当然だけど、こんなところで闇魔法を披露する気はない。でもこの前の仮面舞踏会で、あの地下エルフに勝ったのがかなり自信になっている。私だって何勝かはできる……はず!


 ちなみに、当然といえば当然だけど、私たち四人の中での人気はエルミナで、それでも9・2倍だった。名前に「ツー」が入っているから、王家か公爵家の人間だと判断できて、そんな人がわざわざ魔法大会に出るくらいなのだからある程度戦えるのでは? という推測が立つわけだ。だけど貴族間以外では、エルミナが闇魔法を使えることを知らない人の方が断然多いと思う。逆にその情報を知っている人からしたら狙い目の一つだ。というわけで私はエルミナの投票権を大銀貨二枚分買った。


 一番人気は、カトレアという人だった。三年前の前回大会で、他を寄せ付けず優勝したらしい。オッズは1・9倍。所属は王宮騎士団。この人に勝ったら気持ちがいいだろう。


 本当は明日公開されるはずのトーナメント表の写しがなぜかもう出ていたので見てみると、私とカトレアは準決勝まで行かないと当たらないらしい。エルミナとも決勝まで当たらないようだ。ライカは私と同じブロックで、二人とも勝ち進めば三回戦で当たることになる。メイとエルミナは準決勝で当たる。

 つまり私の対戦相手は、三回戦が雷魔法使いのライカ、四回戦(準決勝)が前回優勝者カトレア、決勝がエルミナまたはメイのどちらか、となる可能性がある。優勝するの大変すぎない?


 確かにこれは納得の83倍だ。225倍くらいでもいい気がしてきた。


 試合は、全六十四試合のうち、一回戦から準々決勝までが初日に、準決勝が二日目午前、決勝が二日目午後に行われる。

 初日は三連戦になるから、いかに魔力と体力を温存して勝ち進められるかがライカ戦の鍵となりそうだ。


 負けたくね~。ウォルツ家どうこうは抜きにして、先輩としてカッコいいところを見せてえ~。


 そういう気持ちになったので、自分の投票権も銀貨二枚分買っておいた。

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