魔法大会編②
トーレスの街は王都から馬車で五日ほど南下したところにあった。
アルス南部の交易的拠点、という位置づけが大きく、王都と遜色ないくらいに発展していた。むしろ平民地区まで入れたら王都よりもきれいということになるだろう。活気があり、大通りは丁寧に石で舗装されていて、糞尿の臭いもあまりない。快適さを売りにしようという領主の気持ちが伝わってきた。あと坂道がなく平坦なのもいいと思う。
私とエルミナは、一年生の終わりに受けた試験でほとんどの科目が授業免除になっていたから楽しく旅をしたけれど(天体学は選択授業だったのであれから行ってない)、一年生ズは入学したてでしばらく授業を休むわけだから、その分の自学と課題で苦労していた。道中で何度かチラリと二人の馬車の中をのぞいたけれど、たぶん宿だけでなく馬車の中でも勉強していたと思う。やっぱりこれが普通というか、ループしてないのにあれだけできるエルミナがおかしいんだよな。
同行者はいつものメンバーだ。ユナちゃんとセイラとジルとアル。メイやライカは従者を付けていない。メイは現平民だし(私もだけど!)、ライカも「信用できない」という極めて私的な文脈で従者を学園に連れてきていなかった。私の経験上、従者がいないというのは貴族クラスでは馬鹿にされる原因になるのだけど、メイは私タイプだし、ライカの雷魔法は正直かなり怖いので、誰も手を出していなかった(正確には初日以降〝なぜか〟そういうことをされなくなったようだ)。
雷魔法!
そう、ソフィ会長と同じ、四属性魔法にはない雷魔法だ。
私はこれまでソフィ会長が放った一発しか見たことがなかったけれど、はっきり言ってあれは初見殺しだ。剣聖五位の放った斬撃と同じように、そういう技があると知っていて準備をしている状態でなかったなら、ほぼ確実に当たるし、相手に殺意があれば間違いなく死ぬと思う。これに勝ったエルミナがちょっと信じられない。
私の考えによると魔法には、「速さ」「威力」「範囲」「利便性」の四つの軸があるのだけど、雷魔法は速さと威力に特化していると感じる。逆に利便性は皆無で、つまるところ割と闇魔法的な側面がある(でも闇魔法は〝削り取れる〟から、人目がなければ実はかなり便利だ。同じように雷魔法にも本人しか知らない利便性があるかもしれない)。
それとは全然関係ないのだけど、最近のエルミナは〝なぜか〟グローブをしている。上から握ってみたら指輪の感触があった。見覚えのある指輪だった。こういうときに、「まあ大丈夫だろう」と思わずに、念のためにきちんと対策を備えておけるところが本当にえらい。周りの人々はエルミナのすごさを「公爵家だから」で済ませたりもするのだけど、エルミナが多方面で才能を発揮できるのは、あらゆる事態に事前の備えがあるからなのだ。だけどそんなことを言ってもなんの利益にもならないから、雷魔法の使い手が身近に現れたある日から、エルミナはただ黙って指輪を着け始める。私だけがその意図に気づいている。こういうのは正直、結構嬉しい。
トーレスではロス先生の紹介状を使って出場登録をした後、メイとライカが宿屋でひたすら課題をやっている間に私たちはひたすら美味しいものを食べた。
はっきり言って、どれも王都より安くて美味しい。
「王都は王宮の後ろの森もそうだけど、基本的に攻めにくさを考えて作られてるんだと思う。だからその分、必然的に輸送コストもかかるんじゃないかな」とユナちゃんが蒸し饅頭をもぐもぐ食べながら言っていた。これ美味しいねえ。
「ユナちゃんが王宮を攻めようと思ったらどうする?」
「あの王宮の裏手の森に火をつけて、同時に城壁の外に魔物を集める。騎士団が本部から離れたタイミングでソフィと同じように貴族門の中に魔物を放つ。でもその前に遠くで魔物騒ぎを起こして、聖女である姉さんを王都から遠ざけておくと思う」
饅頭を七つ食べた。なんだこれ美味しいな。
メイの元実家、レイン伯爵家の屋敷も見に行った。本当に観光地になっていて面白かった。銅貨二枚でレイン家のことを物語ってくれる詩人がいて、あることないこと歌っていた。ただどちらかというと、地域住民からは愛されていなかったようである(愛されている貴族の方が少ないと思うけど)。
公平にいうと、伯爵家がありがちなごたごたで子どもを追い出して、不運な落雷火事で死を遂げた、というありがちな物語だった。その追放された令嬢の親友が雷魔法を使うという事実を除けば。
私たちも色々やっているから、そのことに対して特に批判は持たないけれど、〝やっているな〟とは思った。この話に学びがあるとすれば、鑑定式よりも前に魔法で人を殺すと容疑者にされにくい、ということである。いや、これは私が今も闇魔法でやってる手法だな。
しかしそう考えると、メイが私たちに元実家を紹介してきたことが急に別の意味を帯びてくる。「私たちは同類だ」というメッセージである可能性? いや考えすぎな気もするけれど、ライカがウォルツ家の縁者という点が「裏の意図があるのでは」という気を起こさせる。もしかしてエルミナの指輪ってそういうこと? 単にライカの雷を警戒しただけでなく、数手先のライカの雷を警戒したということ? ロス先生の研究室を出たあの会話の時点で、こういうことまで考えが及んでいたのか。
本当に? と思ったので、当のエルミナ様に尋ねてみたら、
「そうですけど」
と当たり前のような顔で答えが返ってきた。
エルミナの理解者面をしたことがなくて良かった~。
二年生の暇な間に、こういった部分も鍛えていきたいですわね。




