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シチューと新入生

「ステラ様、次の舞踏会にわたくしと出てはいただけませんでしょうか……?」

「ごめんね。もう相手を決めてるから」

「それは残念ですわ。ですがステラ様のドレス姿を楽しみにしております。それではごきげんよう」

 ここ数日、毎日一年生からのお誘いを受けている。


「ずいぶんとおモテになること」

 友達のところまで戻って、きゃーっと盛り上がっている後輩たちを視野に入れつつ、エルミナが言う。

「話したこともない別学年の相手を誘うのってどういう狙いなんでしょう? やっぱり実家からの圧力?」

「ただあなたと話してみたいのよ、聖女さま」

「私にそんな要素ありましたっけ?」

「数十年ぶりの聖女で、魔人から隣国の皇子を守り、当国の第一王子から迫られていて、上クラスで慕われていて、成績優秀で、公爵家の娘と親し気で……他になにかありましたっけ?」

「私が望んでやってることほとんどないんですけど!」

「あら、わたくしと親しいのも?」

「ほとんどって言ったんですけど!」

「とにかく、あまりまともには相手しないことですわね。それにああいう手合いは、ぞんざいに扱われた方が喜びますわ」

「エルミナがいうと説得力がありますね」

「それに一年生にはウォルツ家の遠縁がいますから、その眼がどこまで及んでいるか分かりませんわ」

「あと平民の子がいるって聞きました。そっちは困ってたら良くしてあげたいな」

「よくご存じですわね」

「親戚かって訊かれました。血統主義が前提にあると、平民で強い魔法が使える=聖女の血縁、みたいな解釈になるんだと気付いて面白かったです」


 なんて話をしながら食堂に入ると、まさにその平民の子がいた。なぜ平民と分かるかというと、「この平民風情が!」と罵られていたから……。


 反射的に止めに入ろうとすると、止めに入ろうとする私を止める手に阻まれた。

「あちらの方々のお仲間ですか?」

 と冷静に返すも、やや熱くなっている。私ってもしかしていじめが嫌いなのかもしれない。

「あっちの子の方の友だち、です」と少女が頭を踏まれている子の方を目で指した。

「それはごめんなさい。ここで止めることで、逆にあの子に対する風当たりがもっと酷くなる可能性があることを気にしていますか?」

 ふるふる、と少女が首を振る。

「あなた、まずは名乗るくらいしたらどうですの?」とエルミナ。

「ライカ・フォン・ライエン、です。ごきげんよう、エルミナ様」

「ごきげんよう。どこかのなにかの、ウォルツ家の方々がたくさんいらっしゃった集まりでお会いしたことがありますわね」


 今のは私向けの情報だ。つまり、このライカ嬢がウォルツ家の〝目〟か。

「はじめまして、ステラです。今この瞬間に私たちが出会ったのはライカ様の仕組みによるものですか?」

「……残念ながら、否、です。私も、もっとフラットな場でお会いしたかったと、思っています。あそこで今シチューを頭から、かけられている子は、私の本物の友だちで、メイ、といいます。ウォルツ家の事情よりも、私はメイの事情を優先する、つもり、です」

「契約魔石を持っていないのが残念ですわね」

「ライカ様の優先するお友だちが、あんな状態ですけど、本当に助けなくていいんですか? 私だったら比較的上手に助けられると思いますけど」

「あなたが代わりにシチューを食べるだけでなくて?」

「いや、まあ、そうなんですけど」

 いじめは、まさにそのシチュエーションに達していた。お貴族様方が平民にこぼれたシチューを舐めとることを強要し、メイさんが恍惚の表情でそれを舐めている。……恍惚?

「もしかしてあの子、喜んでます?」

「はい。このためにわざわざ、シチューを注文した同級生を挑発した、のです」

 とライカがなんとも形容しがたい表情で答えた。そういえば去年のユーリカ先輩も同じことしてたな。

「つまりなにか目的があって敢えて、ということですか?」

「そうなり、ます」


 サンプル数2から得られた学びは、人々は自ら好んで床シチューを舐めているということだ。……本当に?


「どういう目的か訊いてみてもいいですか?」

「ええと、メイは……」

 と言いかけたところで、まさにそのメイさんが戻ってきた。髪と制服がシチューでベトベトになっている。

「ねえねえ見てた、ライ……はひゃっ」と私たちに気づいたメイがライカの後ろに隠れる。

「あの、これ使いますか?」とハンカチを差し出す。

 逡巡ののち、ライカの後ろから伸びた手がシュバッと私のハンカチを取った。

「んっ、んっ、お見苦しいところをお見せして申し訳ございません」とモードを切り替えた彼女が背中から出て答えた。「ハンカチありがとうございます。後日、新しいものをお返ししますね」


 メイが無詠唱で局所的な水魔法を使い、髪のよごれを落とした。それから土魔法で腰に下げた布袋から植物の茎のように支えを編んで杖を宙に支え、そこから火魔法と氷魔法(水魔法と風魔法の複合)で作った適温を風魔法で飛ばして魔石ドライヤーの要領で髪を乾かす。


 ……………………。


 ???????????????


 ?????

 ????????


 火と水と土と風魔法を同時に!?????


「…………」

「………………」

 エルミナと無言で顔を見合わせた。


 四属性魔法を???? 同時展開???? 髪を乾かすためだけに???? こともなげに????


 エルフですら四属性を一つずつしか使わないのに?


 聖女たるもの驚きが顔に出ることがないように、なんて普段は思っているけれど、これは少し笑ってしまった。人ってあまりに驚くと、笑ってしまうものだ。


「メイ、魔法の無駄遣い」

「いい、ライカ。こういう無駄の積み重ねが質を作るの」


 私の知る限り(そしてエルミナの知る限り)、この国で四属性すべての魔法を使える人間はこれまで一人しかいなかった。もちろんロス先生だ。今目の前にいる、シチューの汚れを落としつつあるこの一年生が、二人目ということになる。


「エルミナ・ファスタ・ツー・グルナートですわ」

「ステラです」

 エルミナがすかさず牽制を入れにいったので、私も合わせた。

「もちろん存じています。メイです。どうぞよろしくお願いいたしますね」


 食堂が静かになっていることに気が付いた。流石に四属性魔法の衝撃が大きく、食堂中がこちらに聞き耳を立てているのが分かった。こそこそ声で「シチュー」と聞こえてきたけど、このシチュエーションだと私とメイのどちらを指しているか分からない。

「ステラ、わたくしたちも食事をいただきましょう」

「それでは、私たちは失礼、します。ごきげんよう」


 これ以上この場でしゃべってもいいことがないと察したエルミナとライカが話を合わせ、後輩二人が食堂から出ていった。食堂に喧噪が戻る。


「四属性ヤバいですね。しかも同時ですよ、同時!」

「驚いているあなたを久しぶりに見ましたわ」

「エルミナ様は全然顔に出してなくて偉かったですね」

「あなたに初めて会ったときのわたくしをお見せしたかったものね」

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