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SIDE/ライカ・フォン・ライエン

 ウォツル公爵家の縁者は、子を作る時期をコントロールさせられる。

 常に身内がアルス魔法学園に通っている状態を作るためだ。その点において、昨年のソフィ・フィリア・ツー・ウォルツの失踪は予想外の事態だったといえる。半年以上もの間、ウォルツ家は学園生徒への干渉権を失ってしまったから。私としてはざまあみろとしか思わない。いかに血縁があろうとも、うち――ライエン子爵家――にとってウォルツ家は、あれしろこれしろと指示のうるさい権威を嵩に着た高圧的で嫌味な一族、くらいにしか思えないから。


 だから、ウォルツ家の〝目〟の一人として学園に通うのは癪だったけれど、学園に通うこと自体が嫌だったかといわれると実はそうでもない。学園にはメイも入学するから。


 メイは私が唯一親しいといえる相手だった。元レイン伯爵家の長姉で、今は王都の平民街、ほとんどスラムに近いような場所でパンを焼いている。母親の不貞でできた子どもだと判明したことで放逐されたのだった。


 レイン伯爵家の屋敷は、今は焼け焦げた廃屋になっている。

 廃嫡の少し後に偶然、雷がレイン夫妻の主寝室に落ちたためだ。メイの妹や弟、使用人たちはうまく避難できたようで本当に良かったと思う。


 その不幸な事故のあと、私はメイをライエン家の侍女として誘った。だけど彼女は平民街に残った。手紙のやり取りしかしていない間に、メイはいつの間にか下町に馴染んでしまっていたのだ。


 少し見ないうちに、メイは「聖女サマ」の熱烈なファンになっていた。なんでも下町が魔物に襲われた際、聖女が聖魔法でそれらを打ち払い、颯爽と対岸に飛んで行ったところを見たのだという。それから聖女の生家が同じく平民街の下層にあることを知り、ファン活動の一環として平民生活を謳歌するようになった。曰く、「のちに聖女様の活躍が物語になるとするじゃない? でも文章だけでは、ここの独特の空気感、特にあの臭いや鐘のうるささは絶対に分からないと思うの。そういうところで私は他の読者との間に差を付けていきたい」とのこと。あんまりよく分からないけれど、私はメイが楽しそうならそれでいいと思う。


 かつてはエルフの物語にハマったメイに手を引かれて、領内の森を探検したものだった。そういうことがあるたびに私は狩猟や薬草採取などの知識を身に着けていったから、今の私を構成する半分以上は彼女のミーハーさでできているといっても過言ではない(たぶん近々、聖女が魔物討滅の折に浸かったとされる温泉に行きたがるだろうから、私は周辺地理を調べておく必要がある)。


 だけど実は私も聖女の恩恵に預かっていた。それは身分上平民であるメイを一番上の貴族クラス――私と同じクラス――にねじ込めたことだ。グルナート公爵家のエルミナが昨年前例を作ってくれていたので、ウォルツ家に打診しやすかった(ウォルツ家はグルナート家と張り合おうとする習性がある)。


 エルミナと聖女の関係はよく分からない。対外的にはエルミナが聖女を囲い込んでいるように見えるけれど、私の知っているグルナート家であれば、本当に聖女を囲い込んでいるのならば、傍からは囲い込んでいないように見せかける気がする。すぐに権威をひけらかすウォルツ家と違って、グルナート宰相家は手持ちのカードをオープンにしないように振る舞う傾向があるように感じる。いうなれば、カードを伏せたまま「持っている」か「持っていない」かの二択を相手に押し付け、相手が備えるのにかかるコストを倍に釣り上げている。


「下流を見れば上流のようすが分かる」ということわざがあるけれど、こと「情報」に限ってはその限りではない。そのことはグルナート公爵家に教育されたエルミナなら十分に理解しているはずだ。だからこそ、私はエルミナと聖女に別の関係性があるのでは? と疑ってしまうのだけど、実は本当に囲い込んでいるだけなのかもしれない(つまり私は今この瞬間に二倍の想定コストを支払わされている)。


 ウォルツ家も同じことを考えていて、メイを同じクラスにする代わりに出された要求が、まさにエルミナと聖女の実際の関係を調べてくることだった。でもこれはそこまで重荷でもない。私にはウォルツ家とグルナート家の力関係なんて心底どうでもいいし、私の報告の真偽をウォルツ家は確かめる術がないのだから。


 結局のところ、私としてはメイと同じクラスになれて、寮でメイと隣室になれた(する)ので、これは十分に幸福な学園生活の始まりだった。

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