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聖女巡礼

 その後、アルス王国とスレイン皇国との会議で、アルス側はスレインとの国境沿いに防衛軍を設置できることになったらしい。剣聖五位の首一つでそこまで? と思うけれど、エルミナが――というか父親の宰相かな――本当にうまくやったのだろう。


 姉ミナも危惧していたように、私たちの革命において、一番嫌なことの一つは、上手くいったけど内政がゴタついている間に隣国から攻め込まれるということだ。その可能性を少しだけでも消せたとなると、出てよかった夜会だったということになる。


 セイラは、隠れ蓑としてエルミナの侍女になった。本当は私のそばにいてほしかったのだけど、資金力のない(はずの)聖女がいきなり新しい侍女を連れてきたりしたら、おそらくはみなセイラを調査するだろう。だから泣く泣くエルミナのもとに送り出した……と思ったら、エルミナから差し向けられた監視役従者という名目で戻ってきた。不思議なことに、セイラにはエルミナが小さいころから信頼を置いていた世話役メイドという過去があり、それを示した書類も持っていた。私の推測だけど、おそらくいつ新しい人物をそこに据えてもいいように、エルミナの周りには実際には存在しない人間が雇われていることになっているのではないだろうか。


 ともかく、エルミナの周到さのおかげでセイラが私付きになったのは嬉しい。特に具体的なメリットがあるわけではないけれど、身元を隠して傍にいてくれる剣聖ってかなりカッコいいと思うし。あと「刀」効果でユナちゃんのテンションが爆上がりしていたのも嬉しかった。


 一方で、あの夜会に負の影響があったとすれば、それは私の「聖女」としての格がバレてしまったことだ。なにせ魔人を消し去っている。ステラ(技名)は、十数年の聖女的な研鑽を経て身に着けるようなレベルの聖魔法だ。少なくとも普通の右も左も分からない聖女になりたての十五歳が使えるような代物ではない。「格」ということにするしかなかった。

 そのせいで、貴族たちの間で、「使える聖女」として認識されてしまった気がする。


 やがて、王都近郊の魔物討滅の依頼が来るようになった。拒否権はない。どれも聖女じゃなくても解決可能な案件だったように見えたから、私の力が本物かどうか試されていたのだと思う。ただ今までの人生と違う点は、依頼者が私を丁寧に扱ってくれることだった。遠征では、虫の浮いたスープではなく、温かいシチューが用意された。食事が温かいと、歓迎されている気分になる。


 忘れがちだけど、私は基本的には困っている人間がいたら助けたいと思うタイプだ。魔物討滅に嫌な思い出しかないのは、周囲の人間が最悪だったからに他ならない。だから今生の討滅依頼は、実は嫌というわけでもなかったのだ。私の力で貴族以外の誰かの不幸を少しでも緩和できるのであれば、私はそのことをとても嬉しいと感じる。加えて、実は今って「聖女」として国と良好な関係が築けるかどうかの分水嶺なのでは、とあるとき急に気づいたので、結構がんばった。


 護衛の騎士たちや、お世話係の侍女たちからも、それなりに信頼してもらえたと思う。特にお世話係のノエルとはよくお喋りをした。ノエルはアルス学園の卒業生で、今は王宮勤めの伯爵令嬢だから、最初は仕方なく「聖女様」のお世話をしてあげますという風だったけれど、私の粉骨砕身の働きぶりを見てからは(私がそう演出した部分もあるけれど)、旅中を快適に過ごせるよう計らってくれるようになった。


「ステラは自分の力のことをどう思いますか? 付随する責任を重荷だと感じたりしない?」

 魔物討滅が終わり、近くに湧いていた温泉の中でノエルが尋ねる。

「力がなくて何もできないよりは、誰かのために何かができる力があることを嬉しく思いますよ」と答える。

「それは本音?」

「うーん、どうかな。嘘ではないけど、誇張はあったかも」

「あら、素直ですね」

「例えば聖女の力が譲渡可能だったとして、ノエルは欲しいと思いますか?」

「政治の道具になるのはご免被りたいものです」

「そうなんですよね。そこは本当に嫌だなと思います。だから問題を切り分けられるといいんですけどね。『聖女の力で誰かを助けたいか』にはイエス、『聖女の力で誰かを助けること以外をしたいか』にはノー、と」

「ままなりませんね」

「そうなんですよ」

「私の学園時代の親友で王宮の政策室にいる人間がいるのですが、なにか伝えましょうか? たとえば、政治に干渉されない聖女部門を作って欲しい、とか」

「たぶんそうすると『教会』的になっちゃうっていう」

「ああ、そうか。二百年前だかにそうして独立したのが今の教会でしたね。難しいなー」

「でも嬉しいです、そうやって色々考えてもらえて」

「私ね、ステラの付き添いができて本当に良かったと思ってるの。最近の私って目先の自分のことばかり考えていたと気づけたから」

「ノエルたちが色々やってくれるおかげで、うちの侍女さんたちはあっちで蕩けきってますよ」

 と温泉にとけるユナちゃんとセイラの方を見る。特にユナちゃんがへにょへにょに溶けていて、連れてきてよかったなと思う。ユナちゃんの護衛をセイラに頼んでいるのだけど、最近はもう私よりもユナちゃんの方がセイラと仲良くなっている気がしないこともない。少し羨ましい。


 逆にこの小遠征で嫌なことがあるとすれば、それは護衛の騎士の中に過去の人生で私を虐待していた人間がいることだ。

 例えば温泉でいうと、「うっかり」皮膚がただれる温度の源泉に沈められ続けたことがある。

 爛れた皮膚を光魔法で治したそばからまた皮膚が爛れていく。全身が何千本の針で刺され続けるような痛みだ。治癒魔法が使えなければ、もっと早く終わるのに、下手に治してしまうから、延々と皮膚が爛れ続ける。血がどばどば流れるわけではないから、魔力が尽きるまで気も失えない。もしあなたが聖女を長時間痛めつけようと思ったら、火や熱湯はかなり有効だと思う。そのときは私がお前を殺してやる。


 逆に私がこの騎士を〝行方不明〟にしていない理由は、今生では虐待されていないことによる。人間の性向なんて過去生でも今生でもたいして変わらないとは思うのだけど、まだやっていないことでその人を攻撃するのは少し違うかなという気もする。この点は、闇魔法が使えるようになった時点でユナちゃんともかなり議論した。結論としては、「過去生を理由に人を裁かない」。私も婚約破棄破棄のときによくやっていないことまで断罪されるから詳しいのだけど、やってないことを責められるのは本当に悔しいものだ。

 だから正直、早く虐めてくれないかなという気持ちもなくはない。でも今生はエルミナ様の威光があるから、きっとそうはならないだろう。本性は同じはずなのに、ちょっとした外的要因でその人の行動が変化するというのは結構面白い。

 みんなで楽しく皮膚の爛れない温度のお湯に浸かりながら、そんなことを考えた。


*****


 秋が来て、冬が来た。

 冬は魔石需要の最も高い季節だ。

 冬が来る前に、エルミナは謎の名義で、魔石に替わるクリーンな生活基盤「リム」を公表した。

 しかし一年目は魔石利権を侵害しないように(侵害されたと他貴族が感じないように)、贅沢品の一種を装っていた。すなわち、ドライヤーのような、必要ではないけれどあると便利な道具としてリムを売り込んだ。「魔石は魔物を生むからやめよう」では誰もリムを使わない。それどころか自身が攻撃されたと感じて、リムを排除しようとするだろう。だからそうではなくて「魔石と同じ機能の『リム』が便利だからこちらを使おう」とあくまで貴族たち自身が自分でそう思うように立ちまわっていた。私にはそういう発想も実行もできないからすごいなと思った。流石はこの国の麻薬王である(こちらもいつの間にか王都市場を掌握しつつあった)。


 これは私の想像だけど、この生活便利品を「リム」と命名したのは、ゆくゆく人々が二音の文字列は便利なものだ、と刷り込まれたときに、その枠に「トレ」をスライドさせるためじゃないかと考えている。考えすぎかも。


「トレ」に関する考察

 ・不純物の混じらないものを六十度以上の熱水と一緒に適量摂取する分には人体への悪影響はない(はず。要観察)

 ・適量摂取には人間の攻撃性を抑える効果がある(鎮痛・鎮静作用)

 ・精製過程で植物油などでかさ増しすると性質が変化する(無気力化?)

 ・過剰摂取するとよくない(なんでもそうじゃない?)


 だいたいの物事がそうであるように、正直「人による」という部分があるけれど、エルミナがスラムの人たちを雇って密かに行った臨床試験によると、きちんと作られたトレによる悪影響は観察されなかったそうだ。この情報だけ抜くとかなりヤバい悪の令嬢っぽい。


 リスクがあるなら全面的に禁止すべきではないかという意見も確かに一瞬あったのだけど、私たちはトレのファンだったし、現実的でもなかった。魔石最適説がロジックでガチガチに固められていたように、トレの禁止は低品質品の流通と価格の高騰、貧困と暴力を生むだけなように思われた。それよりはエルミナの下で管理されるのが現状一番マシだという結論でもあった。


 実際、最近のスラムは以前よりも元気な人が多い。無気力でなく、良い意味でぽやぽやしていると感じる。正体不明の麻薬王がトレと一緒にリムをバラまいているおかげで衛生面もちょっと良くなってきた。魔獣被害も全然ないし(誇張。国に違和感を抱かれて人々が追い出されないように予定調和の範囲で少しだけわざと被害を出している。ユナちゃん案)、教会からの食糧支援もある。正直かなりいい感じになってきている。とても嬉しい。ただスラムがあまり快適になりすぎると今度は下層平民からの反発が想像されるから、今後はそこら辺の感情をコントロールしていかないといけない。領地を経営している人たちはすごいなと思う。


 とにかく、学園に通ったり、小遠征に出たり、エルミナとトレを吸ったりしていたらあっという間に学園一年生が終わった。率直に言って、とても楽しい一年生だった。

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