皇国の剣聖②
舞踏会の日がやってきた。
ヨハン王子の非公式の謝罪に来たときに裏門は通ったけれど、今生で正面から王宮に入るのは初めてだ。といってもそんなに緊張はない。エディング王子がエルミナの目を盗んで私と密会するために、王宮で働いたこともあるし、婚約破棄破棄される前に聖女として浄化したあとに、報告会に出たこともある。意外と来てるんだよな。
でも流石に今日は警備が物々しかった。
杖や暗器を持っていないかスカートの中まで計三度チェックされたし、髪飾りですら一筆の末にようやく返してもらえた。
一方のエルミナは顔パスで警備を通過しており、そういえば私たちって身分が全然違ったな、なんて思い出したりする。でもみなさん、この人トレをやるために髪の毛をくしゃくしゃにしてスラムに通ってますからね。
招かれていた楽団は王国一のところだったし、料理もかつてないくらい美味しかった。焼いた肉をテリヤキソースで味付けたものがあって、ユナちゃん料理の進出を感じた。
国王の挨拶や、ユリウス皇子の言葉があってから、なんとなく一段落したころに、エルミナがさりげなく壁際でご飯を食べる私の隣にやってくる。エルミナは目立つから「さりげなく」でもなんでもないのだけど、比較的目立たないように寄ってきたのは伝わってきた。
「ステラ、左の壁側の料理を見ながら、その中間で一瞬目を止めて。高い位置で髪をまとめている黒の飾り気のないドレスが剣聖ですわ」
言われて、さりげなく視界に入れる。…………目が合った。
仕方がないので、小さく目で挨拶をする。意外と若かった。私の身体年齢よりも五から十歳くらい上だろうか。背は私よりいくらか高いけれど、特別強固な身体つきをしているようには見えない。ただなんとなく佇まいから、戦える人間であることは分かる。……なんてことを瞬きの間に考えている間、向こうはずっと無表情のままだった。
というかこの人、私を見ると同時に私を見ていなくて、空間全体を見ている。私を見ながらに皇子を見ているし、同時にエルミナも見ている。面白いな。帯剣していないけれど、剣がなくともある程度の制圧力はありそうだ。
剣聖の視線が動いた。
先をたどってみると、ユリウス皇子が高座からホールに降りるところだった。
皇子はそのままつかつかと歩みを進め、進め…………うっ。
「初めまして、ステラ嬢。一曲お相手を願えないだろうか?」
「ごきげんよう、ユリウス皇子。大変光栄ですわ。謹んでお相手させていただきます」
手を取られつつ、助けてエルミナという視線を送ると、他人のフリをされた。
私たちの準備が整うのを待っていたというような明確な間があってから、曲が始まる。
「僭越ながら、どうして殿下は私をお誘いに?」
「可憐な花のようだったからというのもあるのだが、ヨハンに訊いたんだ。この会場で一番面白いのは誰か、と」
「面白い冗談ですね。でしたらヨハン殿下と踊られるべきですわ」
「ヨハンの情報はどうやら正しかったようだね」
「殿下と随分お親しいようですね」
「学園の同期でね。実習の班も同じことが多かったからね」
「ところで、殿下はどうして私をお誘いに?」
同じ質問を繰り返す。
「強いていえば勧誘かな。わが国には聖女がいないんだ。あなたに皇国の魅力を知ってもらえればと思ってね」
「あなたが皇国の魅力なのですか?」
「なるほど、面白い」
その後は無言で踊った。思いついた十個の発言のうち、少なくとも十個は不敬になりそうだったから(例:「聖女が欲しければあなたが私を楽しませるべきでは?」「今私が手のひらから闇を出したら皇子の手は消失しちゃいますね」など)。私は沈黙を尊べる聖女なのだ。
まだ姉ミナの思想に同意しているかどうかは知りたかったけれど、そうでなかったときの皇子の権力の大きさを考えると、安易に弱点を晒すべきできではない。加えて、契約魔石もあるから、真に必要なときまでは訊くべきではないとも感じた。
「残念、時間切れのようだ」
「とても楽しい時間でした。ぜひとも次はヨハン殿下と踊ってくださいね」
「大丈夫、エルミナ嬢には近寄らないよ」
最後の会話は有意義だったかな。
壁際に戻るとエルミナが握手で私の戻りを迎えてくれた。
これまでも私とエルミナの仲はもはや公然のものではあったけれど、今の握手はそれを公式に表明するためのものだと思う。もうちょっと政治が好きな貴族向けにいうと、「今までエルミナ・ファスタ・ツー・グルナートは非公式に聖女を手中に収めていたけれど、隣国皇子の介入があったため、しぶしぶ聖女との関係を公式に表明した」という形をエルミナが作ったことになる。
そのメリット、デメリットはそれぞれにあると思うけど、私の情報量では比較できないから、それがいいことなのか、しぶしぶのものだったのかは分からない。でも私の気持ちとしては割と嬉しい。今後は堂々と「エルミナ」と「ステラ」として街を歩けるようになるということだから。
「なにをニヤついていますの」
「いや、踊ってるときに私が闇を出したら戦争になってただろうなと思って。王族の加護ってゼロ距離でも効くと思います?」
「四属性なら確実に弾きますけど……闇魔法で直だったなら通る可能性もありますわね」
「そのことって王族は想定してます?」
「そしたらあなたとは躍らせないでしょう」
「…………」
「…………」
一度きりの王族殺しの手段を手に入れた!
そんなことを考えていたから……では絶対ないのだけど、バルコニーに面した大窓が一斉に割れた。
「――ッ!?」
ここは王宮で、他国の皇族までいるのにそんな状態を許していいのか、と思う。でもエルミナがいなければソフィ会長にも同じことができていたはずだから、理屈としてあり得ないことではない。
端的にいうと、十体の魔人がダンスホールに襲来した。




