皇国の剣聖①
魔法蓄積液体の発見後、私たちはすぐに実験を開始した。
王都門外のすぐ近くにある湿地帯から大量に採取したゲル状植物(以下、『リムス』の命名)をエルミナの秘密研究所で色々試していった。
・リムスに三度ほど魔法を通すことで、球化性質を持つようになる
・リムスは水辺を再現してあげることで、自然環境でなくとも繁殖が可能
・十日経過しても中の魔法はほとんど劣化しない(四属性魔法でも同様の結果)
・すべての過程で魔阻は出ていない(念のため継続して検証)
微量の魔阻の検出は本来ならとても難しいのだけど、魔獣であるところのマユナさんが魔阻のある場所を好む傾向があるから(魔の森の魔獣をすぐに狩れるのもこのおかげだ)、逆にマユナが別段その場を好まなければ、そこに魔阻は充満していないと推定できることになる。
私たちはどうやら本当に魔石的に使える代替品を見つけたらしい、と、思う、はず……!
「かんぱーい」
と品を気にせずにカップを掲げる。
テーブルには、美味しい紅茶とたくさんのお菓子。
私たちにとっての最も大きな将来の課題の一つに、スラム地区の構造的問題をどう脇に逃がしていくか、すなわち魔阻(=魔石のインフラ)をどう減らしていくかというものがあった。単に魔石の製造をやめればいいという話でもなかった。魔法の使えない平民にとって、魔石は生活を維持するための必需品だ。だから魔石の禁止は平民からの支持をべこべこに失うことになる。だけど貴族よりも圧倒的に数の多い平民からの支持なしに私たちの改革は成功しないだろう。これは極めて難しい問題だった。そう、先日までは。
リム(魔法を通した後のリムスの名称)ができたことで、平民のインフラを止めることなく魔阻を減らすことができる。
あとはヨハン王子を上手く使って貴族を分断させるロジックは何年かかけて組んでいく必要があるけれど。夢物語のようだった私たちの革命が、急に現実味を帯びてきたと感じる。盛り上がらずにはいられない。
レイニー先生のあの腹立つ言動がなければ、そもそも天体学の授業に出ていなければ、リムなんて一生思いつかなかっただろう。人生なにが幸いするか分かったものではない。
「エルミナが忙しくなりすぎない?」
公爵令嬢様は現在の自領地の経営、社交、薬物ルートの乗っ取りの企てに加えて、魔石の利権を解体してリムに移行していく計画も立てなければならない。私が手伝えればと思うのだけど、貴族の社交界において「平民」の私がいる場合といない場合とでどちらが円滑に進むかといわれたら、おそらく後者なのである。
「あら、忙しくなるのはアルベルトたちですわ」
「かわいそうなアル……」
「でも次の休暇にはまたどこかへ旅行に行きたいですわね」
「どこに行きます? エルフの里は燃えちゃったし」
「こら」とユナちゃんに怒られた。
「私はミューに会いたいかも」
「でしたらエルフの里を通り道にしましょう」
「あの先ってどこになるんですか?」
「最終的にはスレイ皇国ですわね」
エルミナのお姉さんが嫁ごうとしていた国だ。
「寝て起きたら燃えてたりしませんか?」
「少なくともアルスよりは治安はいいはずですけれど……。次期皇帝争いはゴタついていますわね。おそらく一番治安が悪いのは皇宮でしょう」
「そんなにですか?」
「ええ。随分前の話ですけれど、当時の皇帝と第一皇子が同時に殺害されたそうですわ。姉を迎え入れようとしていたユリウス皇子が留学に来ていたのも、ある種、国外避難的な意味合いもあったのでしょうね」
つまり、ユリウス皇子はエルミナの姉の力も借りて皇国に返り咲こうとしたところで、姉ミナを殺害され、加えてそのことでアルス王国に非難されたわけだ。もし殺意の出所が契約魔石で確かめられていなかったなら、スレイ皇国の皇帝争いに巻き込まれた説の方が有力に見えただろう。逆にその説を否定させるために姉ミナを始末したソフィ会長がエルミナの前に現れたのだとしたら、ウォルツ家はスレイ皇国と繋がりがあるのかもしれない。いや全然違うかも。ただの想像だ。
「因みに、スレイ皇国には聖女がいたりしないんですか?」
「さあ。聖女はいないはずですけど、代わりに剣聖と呼ばれる人間が何人かいるそうですわ」
「剣聖って剣がすごく強い人?」
「ええ、『聖』とはつまるところ『魔』を払う力に対する形容ですわ。魔物にも通りにくいというだけで、聖魔法以外の攻撃が少しも通らないということはないでしょう?」
確かに、マユナは魔獣を倒せているし、小さな魔獣だったとはいえ、魔法演習の遠征ではみんな四大属性魔法で魔物を倒していた。
「つまり、魔物を消し去れる域にまで達した剣士ということですか?」
「そういうことですわね」
「アルスでもいるかいないか分からない聖女に頼らずに、自前で剣聖を育てればいいのに」
「俗説ですけれど、一人の剣聖を育てるのに一万人以上の死者が出ると言われていますわね」
「もしかしてうちの国って意外と酷くないのかな」
「姉さん、そのうちだまされないように気を付けてね」
「そういえばちょうど今、王宮に剣聖が一人来ているそうですわ」
「それって普通に危なくないですか?」
「流石に剣は持ち込ませませんわ」
「なんでいるんですか?」
「ユリウス第三皇子がアルスを訪問されていますから、護衛役でしょう」
「そっか、ヨハン王子はユリウス皇子と学園の同期になるんですね。エルミナは会わなくていいんですか?」
「姉が元婚約者だったというだけで、ただの公爵家の娘が皇族に会えるものでもありませんわ。最終日の舞踏会で目に入れる程度ではないかしら」
「ユリウス皇子はエルミナのお姉さんと志を共有していたんですよね? いざというときに味方になってくれないかな」
「こちらの計画を漏らされたら一発で終わりだから、なにも話さないのが正解だと思う」とユナちゃん。
「確かに」
私たちの会話が一段落するのを待っていたかのようにアルの犬がやってきて、咥えていた手紙を置いていった。てっきりエルミナ宛かと思ったけれど、どうやら私宛らしい。
封蝋には王家の紋。おそらくヨハン王子からで、嫌な予感がするなと思いながら開けてみると、そこにはまさにその舞踏会の招待状が入っていた。
「あらまあ」
エルミナがのぞき込む。
メッセージは何もない。
「意図を、意図を書いてくれ~」
「ということは文字に残すとよろしくない意図だったということですわね」
「計画のステップアップとして使えということですかね」
「姉さんが得意なやつだね」
「なんだっけ?」
んっ、んっとユナちゃんが喉を鳴らして声を整える。
「な、流れでやっていきますわぁ~」




