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笑わない星々

 翌日も翌々日もリーズと魔法を練習した。

 その成長は著しく、もう闇魔法じゃないと防げなくなった。

 というかこれは著しすぎるから、成長が長期休暇を跨がないようにロス先生が休み明けに回そうとしていたところを私が先取っちゃったんじゃないかという気がする。でも今更言うに言えないから、「私の教え方ってうまいでしょ」みたいな顔をしておく。ごめんね、ロス先生。でも魔法ってここから先の、一定に留めたり、他のものに付与したりするのが実は一番難しいのだ。ロス先生の見せ場はまだまだたくさんある。


 リーズとはお話もたくさんした。

 この段階で初めて教えてくれたけれど、リーズは初めのうち私とエルミナが親しくしていたのが本当に気に入らなかったらしい。闇魔法でお揃いなところも、平民なのに対等ぶっているのも、こぼれたシチューを食べるパフォーマンス(パフォーマンス!?)も、教会憎けりゃ女神までの理論で全部鼻についたそうだ。

 でもそのうち、彼女と私が価値観を共有していないと気づいて、そういうことをあまり気にしなくなったのだという。なにか私の特定の行動を見てそう思ったというわけでなく、ただなんとなくあるときふと理解したらしい。


 でも人間ってそういうものだよな、と思う。私がこの国を解体してやる、と思っているのだって、なにか痛烈な事件があったわけではない。……いや、毎回殺されてるのはまあまあ事件かもしれないけど、あれはエルミナ様の策謀によるものだから王国への感情にはそこまで結びつかない。今生におけるこの感情はもっとこう、日々の積み重ねの中で漠然と芽生えたものだ。私は八回の人生を積み重ねた先に生きているのだ。


 数日後、学園の授業が再開した。

 天体学の課題は無事に提出することができた。

 授業では、聖水晶のような、だけども輪郭のふわふわした球状の液体にほんの少し自身の魔力を当てる。そのときに液体の中に広がる波形を、私たちが観測した天体の位置情報を鍵に解読していく。

 解読された私の予言曰く、


「終わりなき夜のように星屑となって消えよ闇にかの者の栄華の翼」


 である。なんか語調が腹立つな。

 ちなみにエルミナの方を見ると、


「光を奪ったその先で己もまた闇に飲み込まれる」


 だった。

 エルミナと目が合う。

 ある種の占いの技法は私も知っている。誰にでも当てはまりそうなことをいかにもそれらしく言っておけば、相手は勝手に信じてくれるらしい。

 ところでこの予言はどうだろう。


【終わりなき夜のように星屑となって消えよ闇にかの者の栄華の翼】

 私はソフィ会長を連想した。「栄華」は公爵家か王族を示していそうな気がする。「終わりなき夜」で、両目を割かれて視力を失った状態が連想される。星屑は〝ステラ〟を連想させるし、「消えよ闇に」は私が闇で消滅させたことそのまんまだ。きっと他の解釈もあるのだろうけれど、一度こう見えてしまったらそうとしか見えなくなってきてしまった。


 ではエルミナの方。

【光を奪ったその先で己もまた闇に飲み込まれる】

「光を奪った」はやっぱりこれも視力を失った状態が真っ先にくる。「己もまた」の「もまた」の部分で、ほかの人を闇に飲み込んだことが示唆される。今後エルミナ自身が闇魔法に飲まれるということ?


 なんか、なんか当たっていなさそうなこともない展開だ。

 基本的に予言は他者に見せるべきものではないとされているから、他の人にどんな予言が出ているかは分からない。もしかしたら私やエルミナに似た文言がみんなにも出ていて、単に私たちが深く解釈しすぎているだけなのかもしれない。

 例えばエルミナの予言の「光」をシチューと解釈して、「闇に」を床にこぼすこと、「闇に飲み込まれる」はステラちゃんがそれを食べることかもしれない。予言とは、受け手の解釈そのものだ。気にせずに、さっきまでみたいに馬鹿にしておくのが正しい気もする。

 あ、いや、でも、うーん……。

 こういう予兆的なものって無視しておくと忘れたころにやってきて、その時にはもう手遅れになっている、なんていうのも物語の典型だ。いや、うーん……私の乗り越えるべき仮想敵の一つに「運命」がいることが判断のノイズになっている。私はきっと他の人よりも「運命」を受け入れやすい状態にいる気がする。加えて、客観的に判断のための情報が足りない。

 正直分からないものは分からないので、授業後に先生に聞きに行ってみることにした。


 レイニー先生の研究室を訪ねた。

 室内は紙や本や怪しげな器具で足の踏み場もない状態だった。黴臭く、空気が冷たい。地下じゃないのに地下牢みたいだ。

「決してそこから動かないでくださいね。床のものはすべて秩序に基づいて配置されているのですから」

 レイニー先生がこちらを見ずに手元の書類に目を落としたまま言った。授業中はそうは感じなかったけれど、この人おそらく微塵も生徒に興味がないな。私の予言では、先生は次に私たちの名前を尋ねる。

「君たちはだれでなに?」

「一年のステラと」

「エルミナ・グルナートですわ。あなたの天体のクラスに通っていましてよ」

「そうなんだ」

「…………」

「…………」

 沈黙が続いている間に説明しておくと、エルミナは予言を「こんなものどうとでも読み解けますわ」と気にしない方向だった。だけど私が気にしているのを気にして、付いてきてくれた。なんだか嬉しい気持ちになる。

「天体の授業内容で質問があって来たんですけど」

「それなら授業中に訊いてね。私は授業中以外は自分の研究に取り組んでいいと学園長と契約している」

 この部屋に火を放ったら、もう少しこちらに注意を払ってくれるだろうか。

「失礼いたしました。それでは先生はお忙しいでしょうから、こちらの液体水晶だけ借りていきますわね。ごきげんよう」

 後半の声量を極めて絞ってそう言ったエルミナが、スリ師のような手つきで液化した水晶の入ったトレイの一つを回収する。目で促されて、いそいそと研究室を出た。やや早歩きで廊下を歩き、そのまま研究棟を出る。しばらく行って角を曲がったところで、お互い笑い声を抑えきれなくなった。

「公爵令嬢の手癖!」

「敬意を払わない相手に払う敬意はありませんわ」

「高潔ですね~」

「あのままだとあなたはきっとあの部屋に火をつけていたでしょう?」

「そんなまさかまさか。そんな度胸はありませんよ。偶然近くで焚かれていた火が燃え移ることはあったかもしれませんが」

「荒廃する大地一つの灯火に後塵と化す、ですわね」

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