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他人の課題を写さない方がよい

 天体学の課題は、長期休暇中に毎日、天上を観察し、星々の記録をつけることだった。

 完全に忘れていた。一緒にいたエルミナもやっていなかったはずだけど、アルとかに代わりに記録を付けさせていそうだ。となればアル経由でジルもやっているのでは? と思って訊いてみたけれど、「じゃあせめて頼んでくださいよ」と言われてしまった。私もそう思う。


 ちなみにユナちゃんになにか知識がないか訊いてみたところ、なんとユナ世界には月が一つしかないらしい。まあ別に二つあったって五つあったってなにが違うんだと思うけれど、要するに向こうでの知識は役に立たないらしい。そういえばユナちゃんの世界にはかつて、天が動いているか、地が動いているのかで随分ともめた記録があるらしい。少なくとも、私の世界ではそんな議論は聞いたことがなかった。天体は、星読みのためにあり、星読みは占星術のために存在している。


 占星術を私はまったく信じていない。あるいは可能な限り信じたくない。

 なぜなら占星術は(少なくともこの学園で習う限りは)星の位置から運命を解釈するものだからだ。星々の動きに一定のリズムがあることは知っている。小麦の収穫期に見える星は、多くの花々が開花する時期に見える星とは一致しない。すなわち星々には周期があり、それは私が婚約破棄破棄される時期に同じ星模様であることを意味する。こんな訳の分からない空のキラキラに私の運命を左右されてたまるかと思う。


 今生の私は「運命」というものを信じていない。

 ソフィ会長が毎回同じ時期に死ぬのは、運命ではなくエルミアの意志(あるいはソフィ会長の意志)だし、私には、婚約破棄破棄される未来も、学園に行かずに魔力暴走で討伐される未来もある。私の行動に合わせて天上の星が移動しているのなら、行動の反映という点で占星術も一理あるかもしれないけれど、そんなことしてたら星々は瞬きをするたびに忙しなくあっちこっちに動かないといけないことになる。だから未履修の科目がこれだけになるまでは避けていたのだ。


 でも最近の私はちょっと丸くなった。私が占星術を信じていなくとも、それを信じている人はいるかもしれない。そしてそういう人たちを説得したいときに、占星術の知識はきっと役に立つ、と思えるようになった。要するに政治が分かるようになってきた。私が信じていないことと、私が相手に合わせて信じているフリをすることは別物である。何事も知っておいて悪いということはないはずだ。

 という私のスタンスを明示したうえで、だからこそ課題はきっちりと出したかった。その科目を選択する以上、せっかくなら優の成績で修了したいものである。


 なにか裏技がないものかと学園寮を歩き回ったところ、リーズ様を見つけた。エディング王子に気に入られていて、エルミナから信頼されているクラスメイトだ。

「あら、ごきげんよう、ステラ様」

「ごきげんよう、リーズ様」

「休暇はいかがでして?」

「エルミナ様から色々と社会勉強をさせていただきました」

「羨ましいですわ。私もエルミナ様とおでかけしてみたいものです」

「リーズ様はどちらか行かれたのですか?」

「ええ。家の方に帰省しておりました」

「ちなみにその間、天体の課題ってなさってました……?」

 察したように、リーズ様がくすくすと笑った。

「ええ、構いませんわ。交換条件として、私に魔法を教えていただけませんか?」

「ありがとうございます。もちろん構いませんけれど、私なんかでよろしいのでしょうか? リュカ様なんかとてもお上手ですよ」

「存じております。しかし殿下の目があるため、殿方と二人でというのが少し」

「なるほど! 完璧に理解しました! 私でよろしければ魔力の続く限りお付き合いいたしますよ!」


 一緒にお昼ご飯を食べてから(ほとんどの生徒はまだ寮に戻ってきていなかったため、私はテーブルでシチューを味わうことに成功した)、天体の課題を超スピードで写し、演習場に出た。

「リーズ様は水と土の属性でしたよね? 私を殺すつもりで魔法を撃ってきてください」

「殺すつもり、ですか?」

「はい。魔法の上達に一番必要なことは、あらゆる配慮を捨てて魔法をぶっ放すことです。エルミナ様なんて毎回私の四肢をもぎ取ろうとしているんですよ。きっと私が防げなかったら、『申し訳ありません。まさかステラ様ともあろう方がこの程度の魔法を防げないなんて考えもしませんでしたわ、おーほっほっほ』って言いますよ」

「ステラ様の物真似、いつも似てないなと思っております」

「……どうやら十分にリラックスできたようですね」

 リーズ様は長い詠唱をして土魔法を放った。

 拳より少し大きいくらいの土の塊が飛んでくる。闇魔法は使わずに、すこし身体をずらしてひょいと避けた。

「詠唱を頭の中でしてから、最後だけ声に出して発射してみましょう。まずは撃たなくていいので、声には出さずに頭の中だけで詠唱をしてみてください」

「分かりましたわ」

 しばらく無言の間があり、「終わりましたわ」とリーズ様がいう。

「では今度は詠唱の文字列が、頭からお腹のあたりまでをぐるぐる回っているイメージでもう一度無言で詠唱してみましょう」

「やりましたわ」

「次に魔力をイメージします。初回の授業でロス先生が魔力をぐるぐると回してくれましたね? あの時の感覚を思い出して、魔力を回すイメージ」

 リーズ様が目を瞑る。

「ぐるぐる回っていますね? その魔力の渦に、詠唱の文字列を乗せます。魔力と一緒に詠唱が回っているのが分かりますか?」

「分かる、ような、気がします」

「もっとぐるぐるぐるぐる、何度も何度も体の中を回します。あふれ出そうになってきたら、集中を切らさないように注意して、ゆっくりと杖を上げてください」

 しばらくして、杖がゆっくりと上がった。

「魔力の先端を意識してください。あと三周したら先端が右腕に流れてきます。先端が杖の先まできたら、体内をぎゅっと押しつぶすイメージで、一気に魔力を放出します」

「ロッケン!」

 杖の先で生成された土の塊が、先ほどの四倍の速度、二十七倍の体積で飛んできた。密度が等しいと仮定した場合、ユナちゃん先生の異世界物理講座によると、これは先ほどの四百三十二倍のパワーを持つことになる(師曰く「でもこの世界には魔法があるからきっと正しくない」)。とにかくすごい威力だったために、とっさに闇魔法で防御した。

「すごいです! リーズ様!」

「今のを私が……?」

「ですよ!」

「詠唱もなしに……?」

「みんな勘違いするんですけど、私やリュカ様やエルミナ様だって、別に無詠唱で撃っているわけではないんです。言葉よりも早く、体内で何重周も重ねてから、出力のタイミングでポンと出しているんですよ」

「まあ! そうでしたのね」

 本当はちょっと違うのだけど、今回の目的は威力の向上であって、正しい理論の学習ではないのでこれは気にしない。私の占星術へのスタンスと同じだ。

「リーズ様は風魔法も使えるんですよね? アイデアがあるんですけど」

「ごめんなさい、ステラ様。少し休ませていただいてもよろしいかしら」

「ああ、失礼しました。あんなに高圧縮の魔法を撃ったんですもんね。一度休憩をしましょう」


 お茶をしながら、色々な話をした。

 リーズは三女なのであまり期待されていないこと、ネリー様とは社交界デビューのときからのお友だちであること、エルミナを尊敬していること、将来はできれば女官か側室としてエルミナのお手伝いをしたいということ、などなど。

 代わりに私は、下町の美味しい食べ物情報やファスタ領までの旅路で食べた魚料理の話などをした。食べ物の話しかしてないな。


「ステラ様はエルミナ様と仲がよろしいかと推察いたしますが、エルミナ様のどんなところがよいと思われますか?」

「高潔なところ、高貴なところ、手段を選ばないところ、潔癖ではないところ、存外ノリがいいところ、犬に優しいところ、締めるところと緩めるところのギャップが大きいところ、好奇心が強いところ、先入観なしで物事に取り組むところ、ズルいところ――」

 リーズがくすくすと笑いだした。

「本当にエルミナ様がお好きなのですね」

「いえ、今のは単に客観的に判断される事実なので、私の価値判断は含んでおりません」

 リーズがテーブルに顔を伏せて笑いをこらえる。よく分からないけれど、ここまで笑ってくれると私も嬉しい気持ちになる。

「今度同じ質問をエルミナ様にしてみてください。『ステラのよいところ……特にありませんわね』っていうと思います」

「うふふ、仰りそうですわ」


 後半は風魔法を練習した。

 風は無形だからおそらく土よりも魔法からの出力がイメージしやすいはずだ。

 実際その通りで、しばらく練習すると、私が吹き飛ばされそうなくらいの大風が起きるようになった。ただ風魔法は出力を絞る方が難しく、そして絞った方が役に立つ場面が多かったりする。具体的には、投げた物質を加速させたりとか。ナイフの背にぐっと風魔法を点で当てると、そこから急加速するから初見だとほぼ当たる。さらにナイフの柄に紐を結んでおけば、標的の周りを舞いながら切り裂く凶悪兵器が完成する。なんでこんなに具体的かというと、婚約破棄破棄後の派遣聖女時代にその魔法で公衆の面前で服をズタズタにされたことがあるからなんだけど……。


 それはさておき、出力を絞って代わりに密度を上げる練習をした。「練習をした」といっても私は適当に口を挟むだけで、終始がんばっていたのはリーズだ。リーズだけじゃなくて今いる私のクラス全員に言えることだけど、このクラスにいる人たちは何事も咀嚼して飲み込むのが上手だ。小さいうちからちゃんとした教師に習っていると、万事に対する理解速度が上昇しやすいのかもという気がする。身近でいうとジルもその例だ。私が少しだけ色々なことを教えた後、彼は勝手に学習するようになり、今ではもう私よりもできることが多くなっている。


 結局リーズは指先三本まで風を圧縮することができたところでへろへろになった。杖のおかげもあるかもだけど、一日でこれはかなりすごい。この調子なら数日で、私が考えた最狂の風土複合魔法、〝土塊の内部に風を閉じ込めて放ち敵の鼻先で風魔法の出力を上げて土塊を破裂させ破片を突き刺すやつ〟の原型が完成しそうだ。寮に戻ってからユナちゃんに話したら、

「犯罪」

 と言われた。

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