竜と踊る②
「はえ……?」とシエラが首を傾げる。
「あの魔竜を倒せるとしたら、私とエルミナ以外いません。手を貸してくれますか?」
「えっと、あ、はい、何を手伝えば……本当に?」
「私を乗せて飛んで。ここからあれには届きません。できれば私とエルミナで二手に分かれたいです。ドラゴンが二頭必要です」
「……でしたら私とミューにおひとり乗せられます。ただもう一人が、ドラゴンはいるのですが騎手がさきほど負傷してしまって……」
「だったら二人でミューに乗るしかありませんわね」
「待ってください! シエラさんはミュー以外にも乗れますか?」とユナちゃんが尋ねる。
「はい、そういう訓練はするので、自分のドラゴン出なくてもある程度は扱えますが……」
「でしたら私にミューの乗り手をさせてもらえませんか?」
「ユナちゃん!?」
「簡単な操縦はさっき習った。少しなら古典エルフ語で指示もできる。ミューは私に懐いてくれてる。ここにいる誰よりも私は姉さんの考えそうなことや動き方が分かる。他に私に有利な理由がまだある?」
「ミューが背中を許すのであれば、私は構いませんが……」というシエラの答えに応じるように、ミューが頭を垂れた。
「シエラから見て、どう思いますの?」
「ある程度の合理性はあるかと。ただ人間のことなので私には正直よく分かりません」
「ステラは?」
「仮にこれを言ったのが私の妹でなかったら私は賛成するはずなので……賛成します」
「私ね、姉さんのそういうところ本当に好き」
「ちなみに私が心配していると伝えることは、ユナちゃんの生存率を上げる可能性がある?」
「結構あると思う」
「本当はすごく心配してるんだからね」
「ありがとう、姉さん。そういうところも大好きよ」
エルミナの提案で、私がシエラとファイに乗ることになった。操縦自体はシエラの方が当然上手いはずなので、対魔火力の高い私がそちらに騎乗する。それはつまり、エルミナはユナちゃんに命を預ける判断をしたということだ。
「ユナ、行けますわね?」
「はい。最初は低空で私に出来ることと出来ないことを試してから、高度を上げます。ミューお願いね」
ユナちゃんがミューの首筋を叩くと、グワォンと誇らしげにミューが応えた。
「ユナ機、出ます」
ミューが飛び立った。
「私たちも出ますよ、ステラ」
「お願いします」
ゴッと一度上下に大きく揺れたあと、ファイがまっすぐ上に発進した。
「エルミナたちの準備ができるまで、目標をこちらに引きつけておきたいです。魔竜の真下一階層分だけ下に滞空してください。私が合図したら魔竜と同じ高さまで急上昇。どれくらい攻撃が入ったか見たいです」
「了解しました」
風で内臓が体内で偏る感覚を得ながら、集中する。
「アカリ。上昇!」
聖魔法が真上に向けて発射される。それはちょうど魔竜の高さで臨界を迎え、いくつもの光に弾けた。
それを目視で確認する。ダメージは入っているけれど、相手が大きすぎる。近づいてみると、やはりみんなで倒したドラゴンの倍近くある。つまり、四十馬身くらいの体長だ。……でかくない? エルミナだったらこんなとき、「的が大きくて助かりますわぁ」なんて言うだろうか。
ブレス!
シエラが旋回して、魔竜のブレスを避ける。
今の攻撃で確実にこちらに注意が向いた。
注意が向く前の初撃で〝ステラ〟を当てる手もあったとは思う。だけどできれば最大火力の聖魔法を牽制程度では見せたくなかった。コアを見つけて、そこに初見の〝ステラ〟をぶち込む。それまでは大いに私を侮ってほしい。
「ヒカリ」
聖魔法を集束させた光線。
何本かがヒットしたけど、貫通はしない。肉体がぶ厚すぎる。
そんなに効いてないだろうに怒りをむき出しにした魔竜が突っ込んでくる。シエラが全速回避斜め上方向に魔竜を避ける。なるほど。空中戦だから、上に避けるという選択肢があるのか。
そのまま魔竜が追ってくるので、チェイスになる。魔竜は闇ブレスを持っているから、全速で飛びながら、それも躱さなければならない。
「スクリーン」
躱しきれなかったブレスを、聖魔法でガードする。だけどこちらは魔力を消耗する割に、向こうは何もダメージを負わないわけだから、できればあまり使いたくない魔法だ。
聖光付与。
借りておいた剣に、聖魔法を通す。
鞍から立ち上がる。
「ステラさん!?」
行けっ。
ドラゴンの背中から、魔竜に向かって飛び出した。
目の前に魔竜。一瞬、魔竜と目が合ったような錯覚をする。すれ違いざまに縦回転で、魔竜の右翼を聖剣で可能な限りぶった斬った。
それから当然のように落下する。地上まで、どれくらいだろうか。たぶん十数えるくらいではまだ激突しないかな。
「ステラ!」
エルミナの手が伸びてきて、私をキャッチした。そのままの勢いでぐるんとミューの背中に乗せられる。
「まったく無茶をするんですから」
「ちょうど下にミューがいたのが見えたから」
「ユナが気付かなければ今頃あそこでぺしゃんこでしてよ」
「でもユナちゃんは気付いたでしょう?」
「手応えはありまして?」
正直分からなかったので、ファイを見上げる。シエラが上手く速度をコントロールして、獲物の注意が自分から逸れないようにしてくれている。魔竜の飛行姿勢がさきほどと比べてやや傾いている。おそらくスピードも落ちている。
「エルミナの剣、抜きますよ」
聖光付与。
「はい、どうぞ」
展開を予期したエルミナが、心底嫌そうな顔をしながらも聖剣を受け取ってくれる。
「ユナちゃん、なにかアイデアはある?」
「翼を切り落とすとたぶん地上戦になるけど、大きさ的に有利になるのは魔竜の方だと思う。だから敢えて空中戦を維持するために、翼は斬りすぎないほうがいいかも」
「私の逃避案を的確に潰しにこないでくださるぅ?」
「諦めましょう。なんなら一発でコアを当てれば、落ちるのは一回です」
「あなた、わざと言っているでしょう」
本来なら、こんな冗談を言う余裕なんてないほどの強敵だ。すべての人生を参照しても、これまでにこんなに強そうな魔物とは戦ったことがない。おそらく、ここで私たちが負けたら、エルフの里はおろか、アルス王国だって数日で滅びるかもしれない。
だけど私は今、ユナちゃんの操舵するドラゴンの背に乗っていて、エルミナに引っ付いている。正直にいって、微塵も負ける気がしなかった。
*****
結局、他の竜使いたちの協力も得て、私たちは累計四十七回目の落下斬りでコアを見つけ、最後に四十八回目の落下で私がステラをぶち込んで魔竜を倒した。
地上に戻ると、歓声が迎えてくれた。
燃え広がっていた炎はすべて鎮火されている。ちょうど太陽が昇り始めた頃合いで、朝やけが空を自然な赤に染めていた。
疲れたので休むといって、健在だったシエラの家に戻り、静寂を取り戻したところで全員の思惑が一致した。四人でハイタッチを交わした。
「いや~、まさか聖女様だったとは。聖女様ってもっとこう、お祈りのようなもので魔を祓うのかと思ってましたよ。はえー、まさかあんな狂った戦い方をするとは」
シエラが氷魔法で冷やしたエールをぐいぐいぐいぐいと飲み干す。
私たちも喉がからからだったので、ぐいぐいぐいぐいぐいと飲み干した。
「聖女が、ではなくステラが狂っているのよ。仮に聖女でなかったとしてもこの人はあんな風に戦いますわ。まったく、付き合わされる身にもなって欲しいですわね」
エルミナがぐいとエールを口にする。
「でもエルミナ様、最後の方すごく様になってた」
「それはまあ、何度かやればコツくらい掴みますからぁ? それよりもユナでしてよ」
そう、対魔竜戦において最も印象的な活躍をしたプレイヤーにあげる賞があるとすれば、それは満場一致でユナちゃんに送られるだろう。操舵だけでない。私たちが攻撃落下しそうなタイミングを先読みして他の竜使いたちに指示を出し、地面激突までに誰かが確実にキャッチできるように陣形を組んだり、落下中の私たちが魔竜に攻撃されないように援護を入れさせたりと大活躍だった。ユナちゃんがいなければ、四十八回の落下で地面に激突しない確率は紙のように薄く、さらに魔竜に攻撃されない可能性は私の信心よりも小さかっただろう。
竜使いたちに指示を出すには、伝令のように各所に敷いた陣を行き来する必要があり、その度にユナちゃんの操舵技術も向上していた。
「実は私はあんまり操縦してないの。ミューが私のやりたいことを汲み取って動いてくれただけ」
「それって一番すごいことですよ!」とシエラがぐびぐび飲みながら言った。
そのあともみんなでぐびぐびぐびぐびぐび飲んで、干し肉を食べて、テーブル上で寝落ちした。
もう燃えるのもはあまり残っていないから、さすがに火事で目が覚めることもないだろう、と微睡の中で思った。
*****
翌々日、私たちはエルフの里を後にした(翌日はほとんど丸一日眠っていた)。
焼け野原で行われた式典で、私たちはエルフの騎士勲章とその証の宝石をもらい、ユナちゃんは公式に竜騎士と認定された。竜騎士の認定式にはドラゴンと契約する過程が含まれるらしく、ミューと契約していた。シエラとの二重契約になってしまうけれど、シエラとミューが許可しているので問題ないそうだ。実際、契約してもこの先ユナちゃんがドラゴンに乗る機会はないかもしれない。だけど嬉しそうに契約の儀を行う彼女を見て、なんだかとても心が温まった。
ユナちゃん騎手のミューで入り口の崖のところまで行って、エルフの里を後にした。
三人で山道をくだりながら、色々と感想を言い合う。あっという間に街道に戻ってきて、来た時と同じ手順でエルミナ城に戻った。
不思議なことに、出発する前よりもアルの犬たちがユナちゃんに懐いていた。ドラゴンに懐かれるということは、様々な動物に懐かれるということなのかもしれない。
エルミナ城でも何日かのんびりしてから(幸い寝てる間に街は燃えなかった)、愛しのファスタ領を後にした。ドラゴンでの移動を覚えた後だから、馬車移動がとても牧歌的なものに感じられる。
エルフの里では、エルフが生まれたときに植える木々が焼失してしまい、価値観がリセットされていたようだった。だからもしかしたら私たちの寿命よりもずっと先の未来で、エルフと人間が公に交流を持つということもあるかもしれない。移動手段としてのドラゴンが一般的になったなら、この国の領土はきっと今よりもはるかに小さく感じられるようになるだろう。
あるいは、エルフ側が戦争を仕掛けることだってあるかもしれない。素早い移動手段と空からの攻撃手段を持つドラゴンに通用する騎士や魔術師なんて王国に数人しかいないだろう。もしエルフの指揮官がエルミナくらい切れ者だったとしたら、きっとエルフ側が勝つ。だからもし、エルフ側が交戦か友好かを選ぶことになったときに、友好を選ぶような国にアルスがなっていたらいいなと思う(その時には国名が変わっている可能性が高いけれど)。
こうして長いような短いような私たちの旅は終わった。
楽しい旅行に暗雲立ち込めた瞬間は多々あったけれど、終わってみれば楽しい旅行だったと感じる。魚を食べて、宿屋に泊まり、闇オークションに出て、エルフと出会い、お友だちのお城に遊びに行って領地見学し、エルフの里に招かれ、魔竜を倒し、エルフ騎士勲章をもらった。
うん、悪くない。
一つ問題があるとすれば、もうすぐ学校が始まるのに、天体学の課題がまったく終わっていないことぐらいだ。




