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竜と踊る①

 寝ぼけた状態から徐々に頭を起こして初めに考えたことは、「どうか私たちのせいではありませんように」ということだった。


 身内のパーティを盛り上げるために火魔法を使ったら燃え広がってしまった、とかが一番望ましい。どこにも悪意がなく、私たちのせいでもない。


 私たちが眠った後に保守派と革新派の小競り合いがあって魔法沙汰になった、とかでもいい。私たちは関係ないから。


 やや悪いけど最悪ではないのは、私たちが政治の道具にされようとしていることに気づいた革新派が義憤に駆られて保守派を襲撃した、など。私たちに関係なくはないけれど、私たちに非はない。


 最悪なのは、私たちが災厄を連れてきたパターン。つまりエルフの里に繋がる滝をくぐったところを誰かが見ていて、侵略者がやってきたパターン。これは結構私たちのせいだ。


 最後の以外であってくれと思いながら外に出る。

 ちょっとした火事ではない。右も左も燃えている。街の外の平原が燃えているのも煙の立ち方でなんとなく分かる。あらゆるところから炎が立っているので、真夜中なのに夕暮れ時くらい一帯が明るい。炎を返した空が、真っ赤に色づいていた。


 なにが起こったか訊こうにも、シエラはいなかった。それはそうだ。彼女は竜使いだ。有事の際にはドラゴンに乗ってそれに対処する必要があるだろう。

 轟音がして、近くの家が潰れた。巨大な何かが空から落ちてきたのだ。

 それはドラゴンだった。見ると一頭の巨大な黒いドラゴンを、複数のドラゴンが囲んで攻撃を仕掛けている。ドラゴンの攻撃で火の球が下まで飛んでくる。これが里全体に火事をもたらしているのだ。

 ミューを急降下させて、シエラが私たちのもとに降りてきた。

「ご無事ですか?」

「大丈夫です。何が起こっているんですか?」

「私たちの知らない謎のドラゴンが現れました。あらゆるものを破壊し、竜使いが応戦していますが、ほとんど攻撃が通りません。この避難民の流れの先に地下施設があります。そこに避難してください」

「なにか私たちにできることはありますか?」

「お二人が強いのは知っていますが、あれに勝てますか?」

 見上げているので目測だけど、私たちが魔法演習の際に四人がかりで倒したドラゴンの倍以上の大きさがあるように見えた。しかも飛行している。私たちの出る幕ではないようだ。

 なんて考えている間にも、一頭のドラゴンと乗り手が落ちてきた。

 追ってきた黒竜が、地面ぎりぎりを滑空し、翼で建物を引き裂きながら落ちたドラゴンに炎を浴びせかけ、上空に戻っていく。周りの建物全部が真っ黒な炎に包まれた。

「駄目です。水で消せません」と近くのエルフが水魔法を全開で回しながら叫ぶ。

「……………………」

 水に干渉しない真っ黒な炎を見ていたら、自分が今日見聞きした情報が頭の中で統合されていくのが分かった。

 黒い炎、突然現れた黒竜、カウンターとしての魔石文化。エルフが里を出られないのならば、魔石は自分で作っていることになる。おそらくは何十年も。そして何日もかけて燃やされるドラゴンの死体。山のてっぺんを削り取ったような、全周を岸壁に囲まれた窪んだ地形。

 あらゆる要素が、魔物発生にとっての必要な環境を構築している。

 あれは魔竜だ!

「ヒカリ」

 試しに、黒い炎に向かって聖魔法を撃ってみる。黒炎は瞬く間に鎮火した。

「エルミナ!」

「合点ですわ。リンフォーレ」

 真っ黒な光の雨が、辺り一面に降り注ぐ。

 範囲内の黒い炎がすべて収まった。

「シエラ、あれはドラゴンの遺骸に魔阻が混ざって魔竜になったものだと思う。あの規模はおそらく普通の魔法は通らない。たぶん聖属性魔法じゃないと倒せない」

「そ、そんな……」彼女がへなへなと座り込む。「だったらこの里は、この里は本当に終わりなの……? ああ、森の精よ、どうぞ我らをお助けください」

「精霊魔法って聖属性もある?」

「あるわけないじゃない! 仮にあったとして、あんなの無理に決まっているでしょう。だったらなんですか。今から荷物まとめて、王都で聖女様を探してくればいいわけですか? それで聖女様連れてきて、みんなのお墓を立てるの手伝ってくださいってお願いするの?」

「……そういえばきちんと自己紹介してなかったかもね。私の名前はステラ。王都では一応、聖女とも呼ばれています」

誤字報告助かってます。

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