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自由で雄大だったころの私たちへ

 翌日と翌々日はエルミナ城でまったりと過ごした。

 大きな書庫があったし、庭は綺麗だし、お城で働く人たちを見るのも面白い。各々が各々の職業的な役割において美しかった。料理や掃除といった目的のために各々が考えて最適化を行っているのが所作の端々から伝わってくる。なんというか、「エルミナ的」だ。


 エルミナが書類仕事で執務室に籠っている間に、少しだけフローレンスと一対一でお茶をした。

「どうかエルミナ様をよろしくお願いいたします」

 と私の倍か三倍歳を重ねているであろうフローレンスに真っすぐ言われた。

「意外でした。私情を挟まないようにする方かと思っていたので」

「目的に対する合理性です。私情を挟むことによりエルミナ様の生存確率がわずかでも上がると推測される場合は、当然私情を挟みます」

「どこら辺でそう判断しましたか?」

「強いて言うのなら。エルミナ様があの場にあなた方を同席させられたことによって、でしょうか」

「なぜ街の鐘がある建物が、教会の形をしているのでしょう?」

 ほんの一瞬間があった。どこまで情報を出すべきか考えている間だったと推測する。

「魔法適性の有無を知るには、一定の条件を満たす教会建築物と、聖水晶が必要です」

「つまり自領内で、自前で鑑定式を行うためだと」

「もちろん結果をオフィシャルにとはいきません。しかし、少なくとも適性の有無は調べられます。当領にも火災に備えて水魔術師がいるのですが、彼の存在を教会は把握していません。よって学園にも取られません」

「つまり秘密裡に戦力を抱えられるわけですね。エルミナに話さないのはなぜですか?」

「この国には白銀等級の契約魔石があります」

「つまり、エルミナが『知らなかった』でいられるようにと」

「もちろんその段になってエルミナ様が察していないということはありえませんが、少なくとも魔石は割れません」

「私にそのことを話す理由はなんですか?」

「さあ、聞かれたからとしか。いえ、冗談です。エルミナ様に背中を預けてもらえる人間に、私が嫉妬していたのかもしれませんね」

「私はおそらくフローレンスさんのことを好きですよ?」

「あら、どこら辺が?」

「初めて会議でお会いした時に、私たちのことを一切値踏みしなかったでしょう? エルミナが信頼して連れてきているのだから、それを品定めするのは自分の役割ではない、と。美しいと感じました」

「……エルミナ様をよろしくお願いいたします」

「はい。お願いされました」


 次の日に、エルフの里に向けて出発した。

 万が一にもどこかに漏れてはいけない旅程だから、荷馬車でこっそり出発する。自分たちの荷物はエルミナ城に置いたままだ。ジルとアルも城に残って、私たちに仕えているフリをする。私たち向けの食事も部屋に届けられるということだ。アルの犬たちのご飯が数日だけ豪華になる。

 私たち三人は行けるところまで馬車で行った後、徒歩で半日歩いた。一日野宿をしてまたしばらく街道を歩いていくと、手筈通りエルフのシエラと合流できた。


「もう少し歩いたら一度休憩します。そこが最後の生活魔石を使える機会です。保守派のエルフは魔石を嫌いますから、未使用のものも一緒に埋めていってください。運が良ければ帰りに回収できます」

 シエラが山道を進みながら言う。山道というよりも獣道だ。ここら辺は地理的にはベスタ男爵領のはずだけど、ほとんどが山と谷だから、街道沿い以外は実質放置されているのだという。

「エルフが魔石を嫌うのはなぜですか?」

「保守派曰く、誇りに反するもの、なのだそうです。里のエルフは全員魔法を使うことができます。そのため魔石なしに魔法を使うことができない者を見下す傾向があります」

「どこかの種族のお貴族様みたいですね」

「あ、人間のことですね。分かります。もっともそれに反発する若いエルフたちもいて――信念的にではなく、保守派の言ったことだから反発するのですが――、逆に魔石を使うことがクールだという風潮もあるのですが、今回の旅で魔石を持ち込むのはただ分断を煽る行為だと判断します」

 エルフの里ってもしかしなくても、かなりしょうもないな。


「人間種はエルフに対して、ポジティブなイメージを持っていることが多いですが、本当に高貴なエルフなんて一握りもいませんよ。その点は期待しすぎるとガッカリしてしまうので、気を付けてくださいね」

「エルフが得意な魔法の系統はありますか?」とユナちゃん。

「基本的には、ほとんどのエルフが四属性――エルフ用語だと『四精霊』という言い方をしますが――を使います。ただ日常で使用するのは火や水が多いですから、使用頻度の高さが習熟度に比例する部分はあるかと。ちなみに私は風魔法が得意です。ドラゴンと相性がいいですから」

「四属性持ちすごい!」という気持ちよりも、「そんないざこざがあるのに全員が魔法を使えるのは治安がヤバそう」という気持ちが先にくる。

「いっそ暴力で解決できるならどんなに早いかと思いますが、エルフがエルフを直接的に傷つけることは〈掟〉で禁じられています。だからこそ、みなさんに討伐していただいたドラゴンがエルフの代理的に別のドラゴンを傷つけたのではないか、なんて噂もあり、いやもうお連れしている身でなんですが、できることならあんな里行かない方がいいですよ」

「苦労されてるんですね」

「失礼しました。できるだけ期待度を下げた状態でお連れしたくって。恩人であるみなさんをできるだけガッカリさせたくないのです」

 なんだか逆に楽しみになってきた。


「エルフの方々は長命だと伺いました。どれくらい長く生きますか?」

 ユナ調査官はエルフに興味津々だ。ユナちゃんが元いた世界では、エルフは物語上の架空の生物でありながら、多数の物語に出番があったという。私もユナちゃん寝る前お話シリーズで、エルフが出てくる物語もいくつか聞かせてもらったことがあるから、エルフに対する認識としてはユナちゃんに近い。


「今の長老は人間の数え方をするなら、二百五十歳をいくらか超えたくらいでしょうか。生まれたときに植えた木の発育具合が人間の年齢に相当する概念ですから、後から生まれた方が早く大人になるということもままあります。エルフは死期を悟ると、自ら自分の木を伐り倒し、里から姿を消すので、寿命という考え方はあまりしないのです」

「それは私にとって興味深いです」

「あとは里を追い出されるものもいます。この場合は、本人の意志に関わらず木を伐られます。主に成長しても精霊を操れなかった――人間風にいうなら魔法が使えなかった――場合ですね。エルフの里の全員が精霊を操れるのは、操れないエルフを放逐しているからなのです」

「こわ~」と、これは私。

「先ほど魔石の話をしましたが、そういった精霊主義に反対するカウンターとして敢えて魔石をたくさん使おうという運動もあります」

 仮にそれが人間の社会だったら、「そんな村はさっさと滅びてしまえ!」と言っているところだけど、種族が違うから難しい。エルフの里が滅びるべきかどうかは、きっと人間ではなくそこに住んでいるエルフたちが決めることなのだ。


 あるいは異世界から来たユナちゃんも、アルス王国の腐った貴族制に対して、同じことを思っていた時期もあるのかもしれない。でも今は、同じ舟に乗って、破壊することを一緒に考えてくれている。それが女神から見たときにいいことなのかは分からないけれど、私としては嬉しいなと感じる。


 それからしばらく歩き続けると、大きな滝があった。近くにいるだけで細かい霧状の水が飛んできて心地いい。滝の裏側には小さな裂け目があって、一人ずつ順番に入ると、中は洞窟になっていた。滑らないように気を付けながら進むと、光が見えた。光に向かって進む。


 外だ。そこには広大な森と草原が広がっていた。まるで大きな山を側面を残して上から削り取って、そこに新しい世界を作ったみたいだ。

「姉さん、うえ!」

 ユナちゃんに釣られて上空を見る。日差しが目に入る。あれは……ドラゴン!

 一頭だけでない。五頭、六頭……いや、十頭以上。まるでお昼の散歩をするみたいに、頭上を優雅に旋回している。

「美しいですわ」

 エルミナが漏れるように口にする。

 私もそう思う。以前戦った時に感じたような恐怖は微塵も感じない。ただ、岸壁に切り取られた大自然の中で、巨大な生命が自由に躍動しているさまに美しいと感じる。

 ユナちゃんは少し泣いていた。

 それを見て、私もじんと来る。王国だ貴族制だ魔法だなんだといった話が全部些末でどうでもいいことに感じられる。本来の私たちは、もっと雄大で、自由で、美しかったのではないだろうか。


 シエラが指笛を鳴らすと、私たちを覆う影が大きくなった。ドラゴンがゆっくりと蹄から眼前に着地した。

「ミューです。私と契約しているドラゴンです。懐っこいので、触ってあげてください」

 ミューが撫でやすいように首を垂れてくれる。おそるおそる、手のひらをその鼻頭に置いた。

「あたたかい……」

「よく勘違いされるのですが、それはドラゴンの体温ではなく日差しの熱ですね。ドラゴンの鱗は熱を通しにくいのです」

 ユナちゃんも手を触れる。ドラゴンの鼻息がユナちゃんの髪を揺らした。

「姉さん、私この世界に来てよかった」とユナちゃんが小さい声で囁く。姉として、その言葉が聞けたことを本当にうれしく思う。

 シエラがなにかをドラゴンの背中に取り付けてる。

「ここからはこの子に乗っていきます」

「「「え???」」」

「大丈夫ですよ。それがスタンダードです。それに、この子は背中の荷物に配慮して飛ぶのがとても上手ですから」

 見ると、四つ分の鞍が背中にセットされるところだった。

「姉さん。私やっぱりこの世界怖いかも」

「奇遇だね。私もそう思ってる」

「首側と尾の側では、どちらが揺れませんの?」

「この鞍だと、前から二番目が一番揺れませんね。今回は先頭に私が乗りますが、前は前で結構揺れるんですよね」

「そうですか。ありがとう」

「あッッ!?」

 エルミナが優雅に二番目の席をキープする。

「こ、公爵令嬢~っ!」

「おーほっほっほ、ごめんあそばせ」

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