多分これが一番早い
猛烈に家の内職をやって自由時間を捻出したあと、ユナちゃんといっしょに貴族エリアに向かう坂を上っていく。
同じ王都といっても、私たちの家は平民エリアの下層、川一つ挟んで反対側はスラムの立地、すなわちもっとも王都から遠いところにあるから、貴族エリアの入り口にたどり着くだけで鐘三回分かかる。
貴族エリアの一番奥に王宮があるから、王宮関連、貴族エリア、平民エリア、スラムと半円状に広がっている形になる。もう片側の円部分は王国が管理する森になっていて、これは王宮の防衛上の理由からだとどこかの人生で聞いた。
ちなみに私が六回目の人生で魔獣に食べられた魔の森は、スラムの奥にある森だから、王宮の森とは王都を挟んで反対側ということになる。ひとえに王都内の森といっても、ユナちゃん世界でいうところのエンゲル係数には貴族と平民ほどの差があるのだ。
さて、同じ平民エリアでもしばらく坂を上ると、糞尿の臭いや刺激臭、腐敗臭がしなくなって、身体が少し元気になってくる。
火や水道の生活基盤は魔石によって成り立っているから、衛生のための生活魔石の購入を買い渋るくらい貧乏な層はこの辺りから上はいなくなる、ということだ。
商店もぽつぽつと現れ始めて、さらにいくらか歩くと、通りに活気が出てくる。
うちの両親が店舗を借りて住んでいる雑貨屋もここら辺にあって、飲食店も増えてくる。でもここら辺はまだ坂の影響で店内の床が斜めになっている建物が多い。
もっと先に行くと貴族の出入りも多くなるが、今回の目的は悪目立ちせずに金銭を得ることなので、あまり貴族エリアには近づく必要はない。
肉料理をメインに扱っている「デロンの食堂」のドアを開ける。
ここは現在店主が妊娠中で、この時期は人手を募集しているのだ。
私とユナちゃんは皿洗いや配膳係として臨時で雇われて、休憩時間に持参したパンを一緒に食べる。黄色い謎のクリームをパンにつけて美味しい美味しい言っていると、お店の様子を見に来た店主のデロンさんが興味を抱いてそれを舐める。「マヨネーズ」の伝来だ。
「あれも美味しいよね」とユナちゃんとの会話で匂わせて、調理場を借りて骨とくず野菜と薬草でスープを作る。「ポタージュ」が完成する。
ユナちゃんに言わせると、これはポタージュでもコンソメでもないらしいのだけど、なんか「これは『ポタージュ』という料理です」と言い張っておくと気に入られるのだ。同じ調理でも「コンソメ」って名付けた過去の人生では不思議と流行らなかった。この経験から、私たちは料理は味ではなく雰囲気であることを学習している。というか私もだけど、この食堂に来る人たちは、基本的には味なんて気にしないからね。
作り方を教える代わりに、これらのメニューの売り上げの5パーセントを毎月貰う契約をする。一応契約書を交わしたけれど、仮に破られてしまったとしても王宮はこういう下層平民間の紛争に介入してはくれない。
だから、こういった契約は一種の祈りみたいなものだ。ただ、過去生の経験から、ここのデロンさんは比較的契約を守ってくれる率が高いことを私は知っている。
食堂を出て、少し遠回りをしてもっと上流の魔石堂を見に行く。見に行く、といっても私たちのような〝薄汚いガキども〟は門前払いだから、外から眺めるだけだ。だけどこれを繰り返すことで、後々、火の魔石と風の魔石を組み合わせたドライヤーをユナちゃんが発明したときに「あの魔石好きのガキが」と変に納得してもらえるのだ。定期的に店の前に張り付きにいくのが良し。
他にも諸々の布石を合わせて、五日で金策の仕込みが整った。
もちろん、三、四、五、七回目の人生の合わせ技だ。少し違うらしいけれど、ユナちゃんの世界には目標達成までのタイムを競い合う競技があるらしい。さしずめこれは「食堂金策」といったところだろうか。私はこれが一番早いと思う。
とにかく財政的な下準備が整った。このお金で人を雇うことで私は内職しなくてよくなり、修行に打ち込めるというわけだ。
最初の方の人生では「自分でできることを、わざわざお金を払って人にやってもらう」なんて考え思いつきもしなかった。だけど、自分よりも上手にやれる人がいたなら、その仕事はその人に任せて、自分は他のことをやった方がいいのではないか、ということが第二王子に王宮に連れ込まれるうちに分かってきた。
それとは別に、富が上流に留まりすぎている、ということも思った。留まっていたら下流までお金が行き届くことは絶対にないから、上側から搾り取ったお金を積極的に下層を流していくという考え方は必要だと感じる。
「そういうのを聞くと確かに聖女っぽいね」とユナちゃんに言われた。
「順番が逆で、聖女って肩書のせいでこういう考え方になった気もする……」
「私が『姉さん』って呼ぶから、姉さんに姉の自認が芽生えるんだ」
「それはあるかも」
「ステラって呼ぶ?」
「……お姉ちゃん、がいい……です……」
「姉さん」
「それで……」