冒険に行こう
祝・長期休暇突入!
やることはとっくに決まっている。エルフとドラゴン探しだ!
パーティメンバーは私とユナちゃん、ジルとアル、そしてエルミナだ。
本来なら学園在学中の身であっても聖女である私が自分の意志で王都を長期間離れるのは良くないことなはずなのだけど、申請を通してすんなり許可された。
これはおそらくヨハン殿下が手を回してくれたことだ。ヨハン殿下は私に対してある種の執着を持っている(という設定になっている)ので、私はそれから解放されるために一時的に王都を出る。何人かの人が察して、でも決して口に上ることはない裏のストーリーだ。
目的地は、一応エルミナの領地ということになっている。普段王都にいる貴族も、基本的には王国内に領地を持っているのだ。それも公爵家となれば広大な。
その中にはエルミナが管理を任されている領地もあって、だけど普段は代行人に運営を任せているらしい。そこの視察に行く、というのが表のストーリーで、平民の私は相変わらずエルミナに拉致された。おーほっほっほ、わたくしが不在の間に手垢を付けられてはたまったものではありませんからね~。
「やっぱり姉さんのそれは結構馬鹿にしてると思う」とユナちゃん。
「もっと言っておやりなさい、このお馬鹿さんに」とエルミナ。
「エルミナも私の真似をしてもいいんですよ」
「わたくし流石にこぼれたシチューを食べるのは抵抗がありますわ」
「ぐ、ぐう~」
晴れた日に、窓から陽気な風を感じながら、こうして三人でお喋りするのはすごく楽しい。エルフやドラゴンは見つからなくてもいいから、楽しい旅行になるといいな、と思う。
馬車は二台に分かれていて、一台が私たちが乗る方で御者がジル。外見は商人用の馬車を偽装しているけれど、座面の質はとても良い。もう一台が荷物運搬用でアルが御者だ。何匹かの犬たちもアルに付いてきていて、馬車の速度に合わせてお散歩している。
エルミナの領地までは晴れていたら四日ほどかかる。エルフの里まではそこから馬車で一日、さらに徒歩で一日半くらいのはず。休暇期間は四十日近くあるので、のんびり行く予定だ。
最初の夜はシエナという街に泊まった。
大きな湖があるから魚料理で有名だ。
かつての人生でも来たことがあるけれど、聖女として腐った頭みたいなみたいなものしか食べさせてもらえなかったから、「魚料理」を食べるのは初めてだ。
私が食べた香草で煮込んだ魚は、味は普通だったけど、ちゃんと魚の形をしていたので嬉しかった。ユナちゃんは臭くない魚の塩焼きに飢えていたようでぺろりと三匹食べていた。あまりに美味しそうに食べるものだから、私も追加で食べた。パリパリの皮にざらざらの大粒の塩が効いてとても美味しかった。シエナでは煮魚ではなく焼き魚を食べたほうが良い。
夜も馬小屋みたいなところではなくて宿屋に泊まった。夜遅くまでたくさんお喋りをした。
翌日は市場で色々食材を買ったので、野宿をした。
普通こういう野宿は護衛が必要とされているけれど、匂いに敏感なアルの犬たちがいるし、強盗・暴漢の本命になるであろうお金持ちのエルミナは、対人間なら無類の強さを持つ闇属性持ちだ。心配は無要だろう。
ちゃんとしたキャンプも初めてだった。だいたいそこら辺の土の上で寝かされていたから。
石で窯を作り、火をたいて魚を焼いた。アルの犬が狩ってきたウサギも食べた。味は生臭かったけれど、野外でみんなで作って食べるご飯も美味しかった。私の作ったシチューも好評でなによりだ。
焚火を囲みながら、色々な話をした。パチパチと爆ぜる枯れ枝の音が心地いい。
三日目は、トレモという街だった。ここは私も初めてだ。
街も大きく、人も多かった。どうやら商売の街というか、みんなが好き好きに路上に店を広げていた。合法から非合法のものまでなんでも揃う、というのがこの街の売り文句らしい。トレ用の可愛いパイプが売っていたので、エルミナとお揃いで買った。
そこで、おそらくは私たちがトレ用品を買うようなタイプだからだったのだけど、闇オークションの参加権券を兼ねている仮面を勧められた。面白そうなので、エルミナと行ってみることにする。
闇オークションは、路地の奥に入った小さなドアが入り口だった。
扉の前に重装備のガードがいて、仮面を付けている人間だけがそのドアをくぐれるらしい。
小さな扉の向こうには、驚くほど大きな空間があった。ショーステージがあり、来場者ごとに食事付きのテーブルが用意してある。
しばらくわくわく待っていると、会場のロウソクが数本まで落とされ、司会がステージに上がった。
「それではさっそく一つ目のお品物です。博打一本で貧民から成りあがった伝説のギャンブラー、マーメット・ミットソン。彼が殺される前の最後の勝負に使っていたカードフルセットです。この伝説のギャンブラーは卓上で刺殺されたため、カードのうち十七枚には彼の血痕が付着しております。それでは銀貨二十枚から!」
おお、なんか雰囲気があって楽しい。
「続いての商品は東方の国より飛来した、なんとも不思議な七色の羽根を持つ鳥です。銀貨十枚から!」
「続いてはこちら、『平民家庭のためのレシピブック』。数十年前に発行されたものですが、三日で売り切れたとか。今となっては幻の本。名のある食堂のメニューの大半はこのレシピブックからきているとさえ言われています。ご覧のように、中身の状態は良好。表紙にシミがある点だけご容赦ください。それでは銀貨七十枚より、どうぞ!」
「続いてはこちらの宝石。二年前、上級貴族のとあるご令嬢が旅行中の事故で亡くなられました。これはその現場を発見したある農夫が、領主に知らせる前に回収したものです。お名前をお教えするわけにはいきませんが、それはそれは高貴で美しいご令嬢だったとか。そのご令嬢が肌身離さず付けていたネックレスにございます。金貨五枚から」
「金貨三十枚」
エルミナだ。会場がしんと静まり返る。
「えー、他にいらっしゃいませんか?」
「金貨三十五枚」と誰かの声。
「金貨五十枚」とエルミナ。
金貨五十枚といえば、平民であれば一生余裕で暮らせる金額である。
「他にいらっしゃらないようですので、そちらの方、御落札!」
「大丈夫? エルミナ」
「ええ。特に感情はありませんわ。ただヨハン殿下が喜ぶかと思いました。偶然宝石商で見つけたことにしてくださるとうれしいわ」
「もちろんです」
「さあさあ、盛り上がってまいりました。でも次はもっと盛り上がりますよ。当闇オークションは長い歴史を誇りますが、今までで史上最高の一品と言えるでしょう。スタートは金貨百枚から。みなさん、心の準備はよろしいですね?」
司会が覆いをとると、中には檻があった。檻の中には、口にタオルを噛ませられ、手足を拘束された人間がいる。線が細く、絵画的な美しさがあった。
「この街って人身売買合法なんですか?」
「そんなわけないでしょう」
「おっと、勘の良い方もいらっしゃるようだ」
司会が檻の向こうに手を伸ばし、その髪をかき上げる。……っ! 耳が長い!
「そう、エルフです! 伝説は実在なのです。エルフは存在するのです! ご覧ください、この目、この耳! お伽噺の中のエルフとそっくりではありませんか! ご購入された方には、当然このエルフに対するあらゆる権利を差し上げます。奴隷にするもよし、夜を共にするもよし、貸し出して利益を得るもよし! さあ金貨百枚! どうぞ!」
「百十枚!」
「百二十枚!」
「百五十枚!」
「二百枚!」
「二百五十枚!」
「三百枚!」
「三百枚、他ありませんか?」
「五百枚」
エルミナのその一言で、今宵の闇オークションは終わった。
交換所に行ったエルミナは、ネックレスとエルフの首鎖を握って戻ってきた。
「よくそんな大金持ってきてましたね」
金貨五百五十枚といえば、銅貨にすると五百五十万枚である。額が大きすぎてもはや適切に想像することが難しい。
「手持ちの資金が足りないという理由で機を逃すことほど馬鹿らしいこともありませんからね」
「なるほど」
「あなた、帰る当てはありまして?」とのエルミナの問いに、
「わ、わたしでございますか?」とエルフが答える。
「ええ、そうよ。どこかまで送っていくのがいいかしら」
「そ、それはどういう……」
「私はあなたを奴隷として使役するつもりなど毛頭ありません。主人命により、これよりあなたはあなた自身のもの、自由にします」
「ありがとうございますありがとうございます。でも駄目なんです。早くお逃げください。かつて同じように私を買ってくださった善良な方もいました。その方は殺されて、私はまたあの商人のもとに戻されました。次の旦那様は騎士団に所属されているとてもお強い方のようでしたが、やはりその夜に殺されました。あいつらは、私を手放すつもりなど毛頭ないのです」
「なるほど。エルミナ」
「同じ意見ですわ」
「とりあえず宿に戻りましょう」
と言って、宿とは反対側の人通りのない方に歩いていく。
「ですからそれが危険なのです。あなたのような善良なご主人様をわたしは見殺しにはできません」
「ふはははは、可哀想なシエラちゃ~ん、まーた優しいご主人さまが死んじゃいますね~」
早速、囲まれた。二十人ほどだろうか。全員、剣を持っている。よくよく見ると、オークション会場で値段を釣り上げていた人もいた。
「ステラ」
エルミナが短剣を一本投げてくる。その通り、悲しいことに平民は合法的には帯刀できないのだ。
私たちが有している中で、このように愚かで下種な人間を破壊するのに最も適しているのは闇魔法だ。しかし、この場にいる全員を殺そうという強い意志がない限りはそれを使用すべきではない。生き残った誰かが「敵対者は闇魔法を使った」と証言すれば、それは自動的にグルナート家のエルミナ嬢を示唆することになる。
だからこの投げられた短剣は、そういう提案だ。
「乗った!」
短剣をつかむと、一番近くにいた相手に身を低くして肩からタックル。後ろによろけたところを首に突き刺した。
女だったものが持っていた長剣をゲット。短剣はエルミナに返す。
エルミナが舞うように集団の中で短剣を振るいながら、私が投げた短剣をキャッチする。二刀流になった。
私はいつもの構え。
斬りかかってくる敵の刃をはじいて斬る。剣を受ける、そのまま流れで斬る、の練習はカイと散々やっている。楽勝だ。
エルミナの方は剣が二本で、殺傷能力が二倍になっていた。一本で受けている間に、もう片方の剣が蛇のように相手の刀にまとわりついて、気づけば急所が切り裂かれている。
エルミナすごいなーと思いながら剣を振っていたら、私の方もいつの間にか全員倒していた。
「エルミナって剣も使えたんですね」
「ご存じではないかもしれませんが、わたくしは公爵家の人間ですのよ」
「あれ、この人司会の人ですよ。オークションの人全員グルだったんだ」
「ということはわたくしたちは不当にお金を払ったということになりますわね。回収しに行きましょう」
途中で三人斬って、金貨五百五十枚を回収した。結局生き残りは出なかったので、死体は二人で分担してこっそり闇に食べさせた。
「さて、これであなたは本当の自由ですわ」
「その、本当の本当によろしいのでしょうか」
「ええ、もちろん。ただもしよろしければ、あなたが里に帰るのに同行させていただけませんか?」
「それは一体なぜなのでしょう?」
「わたくしたちは暇に任せて目的地のない旅をしているのです。せっかくのご縁ですので、次の行先に設定させていただけたらと思ったまでです」
「そういうことでしたら、大恩人である貴女様がたをお連れしたいのは山々なのですが、行かねばならぬのです。私はドラゴン討伐に」
思わずエルミナと目を見合わせる。
「というのは?」
「じつは私の地元にはドラゴンが多く暮らしているのですが、少し前にそのうちの一体が同族殺しを行った挙句、里を出たのです。秩序のためにも同族殺しのドラゴンは討伐しなければなりません。私がその任を受けて、旅に出たのですが、道中、ご覧のように捕まってしまっておりまして」
「あの、そのドラゴンって体長がここからあそこくらいまであって、赤黒い鱗で、左目の上あたりに傷がありませんでしたか?」
「なぜ、なぜそれをご存じなのでしょう」
「ドラゴンは『あなた』が討伐しなければ問題になりますか?」
「いいえ。討伐の実施者は問題ありません。ただ、危険なドラゴンの生存を許さないこと、またドラゴンが実在することを、人に知られることだけは避けねばなりません」
エルミナと目を見合わせる。
「あの、それ私たちが討伐しました。誰にも言わずに、死体は燃やしました」
面倒だったので、カイとリュカのことは黙っておくことにした。ごめんね。
「大変失礼ではございますが、なにか証拠となるようなものはお持ちではないですか? それがなければおそらく私も里に入れてもらえないのです」
何度目だろう。またまたエルミナと視線で会話する。
「あ、わたし実はお守り替わりにドラゴンの鱗を貰ってたんですけど、それは証拠になりますか?」
「なります。なりますとも! おお、おおおお、おお。これは運命なのでしょうか?」
「とにかくまずはご飯を食べて、湯あみをしましょう。ご飯もたくさんあります。どうぞ私たちの宿屋に来てください」
エルフを連れて帰ったら、ユナちゃんのテンションが爆上がりしていた。彼女は感情の抑制が上手なタイプなので、他の人が見てもなんとも思わないんじゃないかという気がするけれど、私はお姉ちゃんなのでそういうのが分かる。
そういえばシエラは普通に王国公用語を話していた。話が通じてラッキーという気持ちと、せっかく言語学を勉強したのだから知識を使ってみたかったな、の二つの気持ちがある。
「そもそも、私がドラゴン討伐に選ばれたのは、私が王国公用語を話せるからなのです」
と金銭感覚がおかしくなった私たちが銀貨と引き換えに宿屋の主人に睡眠時間を削って作ってもらった料理を食べながらシエラが言う。
「エルフも様々です。エルフ語しか語らず、採集した木の実や果実しか食べないような伝統を重んじる者もいるにはいます。ですが今や少数ですね。私たちの世代は狩猟で肉を狩りますし、魚も食べます。隠れて公用語も覚えようとします。下界の本を手に入れて、みんなで回し読みしています。お金も使用します。もっとも里中にある金貨よりも、今日の私の売価の方が高かったのですが」
といいながら、確かに肉料理をガツガツと食らっている。
「私たちが里にお邪魔することで、保守派との分断を招きませんか?」とユナちゃん。
「いえ、それは問題ありません。むしろお助けいただいた相手にもてる限りの礼を尽くす、という考え方は保守派の方が強く持っていますから」ぐいぐいぐいとポトフを飲み干して、その上からエールを流し込んだ。「ぷはーっ、うま」
「保守派の気持ちを理解しつつありますわ」とエルミナが小さな声で言った。
「ところでドラゴンを狩るつもりだったということですが」これは私。「シエラさんは単体であのドラゴンに勝てる力があるんですか? あんな人たちのところ逃げ出せたんじゃ」
「エルフに弱点があるとすれば、それは〈掟〉です。自然や精霊との掟を重んじるエルフにとって、〈掟〉によるあらゆる契約は、仮にそれがただの口約束だったとしても、とても強い拘束力を持ちます。自身の〈掟〉を破る行為は、自分で自分の首を斬り落とすようなものです。〈掟〉は自他の命を含め、あらゆる事象の中で、エルフにとって最も優先度の高いものなのです」
「あなたはどんな契約をさせられていたんですか?」
「それが覚えてないんですよねー。酔っぱらってたので。逃げることも危害を加えることもできないという信念だけが頭の中にあって。いやぁ、どうしてこうなっちゃったんでしょうね。わはは」彼女は、ぐいと葡萄酒を飲み干す。
私を含め、シエラを除いたこの場の全員が、エルフに対する幻想的なイメージの方向性を改める音が聞こえた。




