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幕間の過ごし方

 楽しい学校生活が戻ってきた。


 天体学と魔法演習以外は既知の知識だから授業はぼけっとしていることが多いけれど、なにを恐れるでもなく、ただ座ってぼけっと人の話を聞いていられるというのは、存外楽しいものである。


 お昼はユーリカ様と食べることが多い。

 ユーリカ様がいないときは、ネリー様やリーズ様と食べたりもする。最近はサンドイッチをテイクアウトして、ガゼボやベンチでピクニックするのが流行している。サンドイッチといっても、平民的な硬いパンに雑に具を詰めたものではなく、一口サイズに切られた柔らかな白パンに、それぞれ色々な具材が挟まれたものだ。ハムやテリヤキや季節の果物なんかが品よくサンドイッチされている。もちろん発案者はユナちゃんで、これを私たちは「貴族の平民化作戦」と呼んでいる。貴族の食べ物を少しずつ平民的にしていくことで、その心理的な垣根を低くしていこうという算段だ。数年がかりのプロジェクトだし、結果が伴うかは分からないけれど、やって損ということはないから色々やっている。


 放課後は、カイのところで剣を学ぶか、リュカと魔法の持続時間を競うか、一人でひたすら走るかをしている。これらは先の魔人六体戦で私が学んだ反省点だ。結局のところ私が魔物に敗北するとしたら、それは魔力の集束不足かスタミナ切れなので、そこはひたすらに強化していきたい(加えて私に剣の腕がもっとあれば、六体目の魔人を聖剣で斬れていたはずだ)。


 夜はユナちゃんやジルに色々教えたり、教わったりしている。

 特にユナちゃんの異国言語学講座はかなり面白い。ニホン語はもうマスターしてるから、ニホン以外の国の言葉について教えてもらっている。もちろん私がそれを実用する機会はおそらく一生こないのだけど、「言語」というものがある種フレーム的にできているという考え方自体がパズルみたいで楽しい。

 主語の直後に動詞がくる言語、動詞が必ず文末にくる言語、主語を使わず動詞の形で指示する言語、何があろうと絶対に動詞を文章の二番目に置く言語などなど様々なフレームがあるけれど、そこに対応する訳語を入れてあげると私でもなんとなくそれっぽい感じになるのだ(「それっぽさ」の判定人がユナちゃんの反応しかないけれど)。


 因みにこれは実践的には、エルフが独自の言語を使用していた場合に備えて、類型のストックを持っておくことを目的としている。私の記憶によれば、修道院にいたエルフはあまり話すのが得意ではなかった。今にして思えば、生育環境では別の言語を使っていたのかもしれない。ここら一帯の国々はみんな同じ言語を話すから、学園には修辞学の授業はあっても言語学の授業はない。だから当時の私にはその可能性が思い浮かばなかったのだ。願わくば、エルフ語が主語を省略せず、冠詞の使い方に厳密でなく、過去を表す表現の種類が少なく、抑揚で意味が変わらず、名詞に性がない言語でありますように……。


 学園が休みの日は、変装したエルミナと落ち合って、ソフィ・トンネルを使って平民地区やスラム地区に遊びに行っている。服屋や雑貨屋を見たり、変なものを食べたり、トレを吸ったりしている。別にトレ自体は貴族門の中でも売人を探せば買えるはずだけど、最初のトレ体験が良かったためか、トレといえばスラム! という感じになっている。


 エルミナはトレに合わせる紅茶探しにハマっており、自分で茶葉や火の魔石まで持参している。おそらく彼女は薬物流通ルートを乗っ取ろうとしているのだと予想している。高級茶葉を合わせるのは貴族向けのブランディングだ。薬物を市場から締め出すことは難しい。奥に奥に潜られて、価格が上がって、質は下がって、中毒性が増し、流通元の稼ぎが増えるだけだ。だから良質で薬効が高く依存性の低いトレを流通させる。私ならそうするから、たぶんエルミナもそう考えていると思う。ここら辺は一介の平民聖女にはやれることが少ないので、暗黒面を持つ公爵家令嬢にお任せだ。私たちはただ、ゴミの山を見ながら最高な気分でトレを吸うだけである。でも安物の依存にだけは本当に気を付けてね(元中毒者より)。


 一番難しいのは、魔阻の問題だ。

 ソフィデータによると、普通に紅茶用のお湯を沸かしたり、下水路まで排水を押し流すような生活レベルならほとんど魔物の出現率には影響を与えないらしい。だけど王都は人口が馬鹿みたいに多いし、貴族は金持ちのポーズとしてむやみやたらと魔石を使うから、魔阻が無視できないくらい溜まっていく。そのうえ街全体が城壁で囲まれているから、魔阻の逃げ道がないのでスラムに蓄積するのだけど、もし仮にこの壁がなかったとしたら発散していくから、即自的な影響は皆無ということだ。ただ枠外考察として、それらが数百年単位で大地のどこかにたまったときに発生する強大な魔物が「魔王」なのでは? という走り書きがあった。


 数百年前はまだアルス王国や近隣諸国も存在しないから、これは確かめようがない。「魔王」は御伽噺の中だけの存在だけど、ドラゴンだってこの前まではお話の中の存在だった。でも御伽噺がすべて現実であれば、お菓子の雨が降るはずだし、空に浮かぶ島もあるはずだ。そんなものはないから、現実可能性のラインをどこに引くかという話になる。情報不足につき結論は保留。


 話を戻すと、魔素を体内で魔法に変換出力ときは魔阻が出なくて、一方で魔石を介して魔法を発現させると魔阻が出る。ここから、魔阻の原因が魔石部分での変化にあることが考察される。

 因みに魔石がどうやって生成されるかというと、王国の予算を受け取った上級貴族が下の貴族に依頼し、下の貴族がさらに下の貴族に依頼し、その貴族がさらに下の……と予算を吸いつくしたその先で、魔術師が作成している。そしてそれを魔法が使えない平民が購入している。ところで王国の予算といえばもちろん税収で、税収は平民たちから徴収したものだ。つまりこれは生活の快適を人質に平民の財を吸い上げて貴族に再分配するためのフローということになる。この仕組みを最初に考えた人のことは素直にすごいと思う。

 しかも、魔術師(魔石作成人材)は平民側から取り上げられ、加えてそれは素晴らしいことだと平民に認識されている。むろん、教会の「鑑定式」というブランディングによって。

 王国と教会は分離した組織だという前提があるから中々気づきにくいけれど、おそらくはこの魔石利権のために、それぞれが「分離した別組織に見える」というカモフラージュが行われているのではないだろうか。証拠はないので示唆される可能性の一つとしてだけど。

 まあここら辺は、学園の一生徒である私たちにはまだ手が出しにくいところだから、十年計画として少しずつ考えていくとしよう。


 そんなこんなで楽しい毎日を過ごしていたら、あっという間に夏の長期休暇がやってきた!

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