すべての婚約は婚約破棄に通じている
剣の稽古や魔法演習をやっているうちに、あっという間に舞踏会はやってきた。
「ごきげんよう、ステラ様。どのドレスとてもお似合いですわ」
エルミナが選んでくれたドレスだからね。
「ありがとうございます、ユーリカ様。なんていうか、その、とてもカッコいいです」
結局、パートナーは先輩のユーリカ様に努めてもらうことにした。
今回の舞踏会は、学園で築いた交友関係を示すためのものなので、同学年がパートナーでなくても問題ないようだった。
驚くことに、ユーリカ様の去年のお相手はソフィ元会長だったという。
まあでも、
「もしかしてユーリカ様はソフィ会長と親しかったのですか?」
「いいえ。ただソフィ様はウォルツ公爵家の方ですから、お相手選びに慎重になっていたようで、逆に最も家力がなかった私を選択されていたようです。父も母も大喜びだったのですが、結局ウォルツ家との関係はなにも進展しなかったとか」
ということなのでセーフ、だと思う、ことにした。
因みにお誘いを頂いていたセルン様は丁重にお断りした。
自分が、相手が有用かどうかでパートナーとなるかを判断をしようとしていたことに気づいて反省したのと、元々セルン様の様子を見に行ったはずのスラムでエルミナといい雰囲気になったことで、セルン様のことがどうでもよくなってしまったという二点が原因だ。
どちらも私の都合なので申し訳ない限りではあるのだけど、セルン様は笑って許してくれた。いい人だったな。
舞踏会は、場所が王家でも使われることのある由緒正しきホールであることと、王家の人間が見に来ることを除けば普通の舞踏会だった。もっとも、来ているのは国王や王妃ではなく第一王子のヨハン殿下だけど。元々、舞踏を媒介に家同士の交流を深めるためのイベントだから、エディング第二王子の家族枠として、ヨハン第一王子が来ているということらしい。大人たちが、ヨハン第一王子の前に列をなして、順々に挨拶を行っていた。
私とユーリカ様といえば、並べられた食事に舌鼓を打っていた。
「それはやめておいた方がいいですよ、ユーリカ様。マヨネーズはできたてでビネガー臭の強いものでないと病気になる恐れがあるそうです。それは作り置きのように見えますから」
「博識なのね、ステラ様は」
「なぜなら経験があるので……」
「あらまあ」
四回目の人生だったと思う。アルスの卵はユナちゃんの国の卵とは状態が違うらしく、雑に作るとトイレに籠りっぱなしになることを学んだ。懐かしい思い出だ。
「ユーリカ様のご両親はいらっしゃっているのですか?」
「いえ、お相手が『聖女様』だと伝えたところ、褒められはしましたが、王都には来ていないようです」
「まあ私にはいわゆる貴族的な『家』がないですからね」
「私の家も少し前まで平民でしたので分かりますわ」
「踊って食べて、のんびりして帰りましょう」
「そうですわね」
ホールはかなり人が多い。一年生から三年生までが2クラスずつ、それに家の人、楽団、給仕係、警備兵などがいるわけだから、数百人はいるのではないだろうか。どこかにエルミナやリュカやカイもいるはずだけど、どこに埋もれているのだか見当もつかない。でもおかげで目立たずに済んでいる部分はあるから、今の私にとっては結構ありがたいことである。
三つに分けられたグループのうち、最初のグループが始まった。
ホールの中央で、三十組がステップを踏む。エルミナがいた。跳びぬけて美しい髪と、滲み出る高貴さがあるから、視野の中にいればすぐに見つけられる。
エルミナの相手は知らないご令嬢だった。
確かに第二王子の婚約者のファーストダンスの相手がイケてる相手だと角が立つのか。
ソフィ元会長がユーリカ様にお相手を求めていたのも、そういう部分もあるのかもしれない。
エルミナのダンスは美しかった。
周りのペアがその美しさに負けてスペースを空けてくれるから、美しさがより際立って見えた。エルミナがリード側だった。優雅に、大胆に、しっとりとパートナーをリードしている。ステップに合わせてなびく金色の黄昏が美しい。最近の記憶の中のエルミナといえば、狭いトンネルをひたすら歩いたり、ゴミ山でトレを吸ったりのイメージだったけれど、こうしていると本当に公爵令嬢みたいだ。
一瞬エルミナと目が合った。彼女の口角が少し上がったのを見た。「あなたにこのダンスができまして?」と言っているのが分かった。自分のペアが終わったら、他の人と踊っていい時間があったはずだ。エルミナ様、勝負ですわ!
やがて二番グループが終わり、私たちの番がやってきた。
ユーリカ様に手を取られて、ホールに立つ。
音楽が始まる。
ユーリカ様もダンスがお上手だった。なんというか、安心して体を預けられる。きちんと重心を示してくれるから、次にどう動けばいいかが分かる。勝手に身体が動いているみたいな感覚だ。
あまりに完璧なので、逆にいたずらを入れてみたくなる。
重心をずらして、私の方で彼女を誘導する。やれやれ、という足さばきで彼女が付き合ってくれる。ユーリカ様ってこういう一面もあったんだなと思った。
三グループの披露が終わり、自由な歓談時間となった。
音楽は続いているから、踊りたい人は踊ることもできる。
エルミナの元へ行こうとしたけど、残念ながら先にエディング王子に取られてしまっていた。取られたというか、体裁のためにエルミナから行ったのかな?
食事をしながら、踊りを眺めて待つことにする。そういえば私、エディング王子とは結構踊ったことがあるんだよな。力任せでパッとしなかった印象があるのだけど、この人生でもそれは同じようだった。
「やあ、エディングが空くのを待っているのかい?」
「いいえ、エルミナ様の方です」
なんとなく答えてから、顔を見る。
「ふやぇ」
この場にいて、エディング王子を敬称なしで呼ぶことができる人物なんて一人しかいない。
「よ、ヨハン殿下!?」
「名前を知っていてくれて嬉しいよ。君はステラ嬢だね」
「……はい。その通りでございます」
「それは良かった。一曲お相手いただけますか、お嬢さん」
「はい、もちろんですわ。よろこんで」
差し出された手を取る。なぜなら正しい選択肢が他に存在しないから。
ちょうど曲の変わり目だった。エスコートされて、前の組と入れ替わりでホールに出る。
エルミナとすれ違った。
(なんですのぉ!?)
(わ、分かりませんわぁ~)
曲が始める。
もうなるようにしかならない。これまでの人生で会話したのは婚約破棄破棄前後の一二回くらいだけど、なにせ婚約破棄破棄の前後だったから、何を話したかは全然覚えていない。
ヨハン殿下にネガティブなイメージはないから、たぶんそんなに嫌なことは言われていないとは思うけど。落ち着いた雰囲気で、思慮深く、聡明で、私としては結構好きになりやすいタイプの人間だ。
「君の話をね、ソフィから聞いたことがあったんだ」
ステップを踏みながら、彼が耳元でささやく。
「ソフィ様がですか?」
そんなの絶対シチューじゃん。
「君に牽制を入れにいったら逆にやり返されたと楽しそうに話していたよ」
今生で初めて、シチュー以外の部分が人に評価されている。
「まあ、やり返したなんて。ボールが飛んできたのでお返ししただけですよ」
「それでね、今日君の顔を見るのを楽しみにしていたんだ」
「ご感想は?」
「瞳が美しい。思慮をする人間の目だ」
「それは、どうも、ありがとうござい、ます」
急に私に効果的なタイプの褒められ方をしたので、なんというか普通に照れてしまった。
「それだけじゃない。いい手だ。いい意味で貴族的ではない。身体もだね。意図をもってデザインされた肉体だ。全身に君の思想が通っているように感じるよ」
「殿下のお口には、女性を褒めるための意匠がなされているのですね」
「正確には、美しいものを美しいと表明するための発声機能だけれどね」
くるりと回された。
完全に手玉に取られているけれど、不思議と楽しい。
「殿下にとって、美しさとはなんですか?」
「聡明さ、かな。思想的であることともいっていい。私は理念の通ったものに美しさを感じるよ」
「殿下は美しいですか?」
「フフ、その問いに私は美しさを感じるな」
「お上手ですね」
「ありがとう」
曲が終わる。
ダンスゾーンから出るためにヨハン殿下がエスコートしてくださるのかと手を預けたら、彼が急に片膝を地につけた。
その異様な光景に、周囲の視線が集まる。
「聖女ステラ、私、ヨハン・ツェルン・ツー・アルスと婚約していただけないだろうか」
「…………え?」
は?
はい……?
…………………………。
えっっっっっっっっっっっっっっ!!!!!!??????




