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煙と紅茶のファンタジー

 合宿が終わり、王都に戻った私とエルミナの懸念事項は、他にもドラゴンがいるのか、という点であった。


 仮に乱獲でもされて鱗を防具に転用されてしまえば、私たちは二人とも対人戦において無力になってしまう。もちろん、そんな物騒なことがなければそれに越したことはないのだけど、私たちはこの国全体にケンカを売ろうとしているのだ。そこを楽観視できるほど、私もエルミナも人間を甘くは見ていない。


 だからしばらくはドラゴンの伝承について、図書館で手当たり次第に調べる日々だった。

 だいぶ人生をやっている私が初めて見たくらいだから、中々資料がなかった。唯一それらしかったのはうたの一節で、「エルフとドラゴンは森の奥で仲良し」というふんわりしたものくらいだった。

 エルフは、三回目の人生で追放された教会で、一度だけ実物を見たことがある。ドラゴンと違ってエルフは聖女と同じくらい物語にもよく出てくるから、なんとなくイメージが湧きやすい。

 長命で、森で暮らし、髪を編んでいて、背が高く、耳が尖っている。

 実際はいうほど耳は尖っていなかったけど、尖ってるか尖っていないかと言われたら、まあ尖ってるかな……くらいの感じだった。私たちに身長差があるのと同じように、耳の尖り方は人それぞれなのかもしれない。


 それはともかく、ドラゴンを探そうと思ったら、エルフを探すくらいしか手がないような状態だった。

 そもそも、仮にエルフと仲良くしているドラゴンの群れを見つけてどうするんだという話ではあるんだけど。だから実際は単なる好奇心だ。エルフの里って存在するのなら一度くらい訪れてみたいし、群れで舞うドラゴンを見上げたなら、それはきっと素敵な、あるいは死地のような光景だろうなと思う。

 私たちの長期休暇の予定が決まった。


 とはいっても、長期休暇はまだ先で、その前に学園のイベントを色々こなさなければならない。

 上クラスにいるおかげで武闘大会とかいう野蛮な見世物への参加義務はなくなったけれど、代わりに舞踏会に出なければならないらしい。しかもこの舞踏会、踊るのは私たちだけど、それは「学園でこの家の子と仲良くなりましたよ」と家に示すためで、親世代がそこを糸口に貴族同士の交流を図っていくためのものらしい。

 つまりは単なる貴族間結束と権力拡大のためのダシなのだ。

 しかも実質的には王都内に住む貴族と遠方領地に暮らす貴族との交流が意図されているためか、王都の貴族同士はペアを組めないことになっている(そもそも面識があるので旨味がない)。

 そのせいで、私はチーム仲良し以外とペアを組まざるを得なく、それが結構だるかった(そもそも私は別に貴族じゃなくない? と思ったけど、このルールのおかげでエディング王子とペアになる可能性を除外できるので従うことにした)。


 休み時間は誰とペアを組む・組まないがもっぱらの話題になっていた。リュカとカイはすぐに相手が決まっていた。カイは最初に申し込んできた相手で、リュカは希望者を集めてくじ引きをしていた。個性が出ているな、と思う。


 エディング王子意中のリーズ様は王都貴族だから、王子は別の相手を選んだらしい。今回の相手もちゃんとエルミナに了承を取りに来ていて本当に偉いと思った。前世までの私に足りなかったのは確実にこの部分だ。


 逆にエルミナは相手がまだ決まっていないようだ。確かに、王子の婚約者とペアになって、後から王子に嫌味いわれたりしたらめちゃくちゃ嫌だ、という気持ちになるのはかなり分かる。それにソフィ元会長の事故死の発表とともに、ウォルツ侯爵家がグルナート公爵家の印象が悪くなるような噂をたくさん放流しているから、たぶんその影響もある。エルミナ的には最後に残る敵がグルナート家になると考えているから、現状はむしろ望むところらしいけれど。


 一方の私はというと、意外にもいくつかの申し出を受けていた。

 だけど全員他クラスで、素性を知らない人ばかりだ。だいたいがギラついていて上から目線だったので、「平民」と見下しながらも「聖女」というステータスが欲しいのだということが容易に分かる。そんなトラブルの元、お断りですわ~。


 唯一判断に迷ったのが、セルン・フォン・ユクス様だった。一つ下のクラスの辺境の伯爵令息だ。

 ユクス領といえば、かつて私が凌辱後に投げ捨てられてそのまま餓死した井戸があることでお馴染みである。流石にあれを領主の管理不行き届きだとは思わないけれど、ある種の感情がある地であることには間違いないので、名前を聞いたときに「お」と思った。


「うちは辺境だからね、教会と上手くやっていくしかないんだ。だから『聖女』であるとされる君にとても興味がある」

「そうですか? 私はあまり興味がありませんわね」

「だから君に興味を持ってもらうための機会を僕にくれないだろうか。王都でも教会の人たちには良くしてもらっていてね、だから僕も教会の手伝いをしているんだ。今は平民街下層の修復を手伝っている。先日の魔物騒ぎで随分と損壊を受けていたからね」

「ありがとうございます。私は平民ですから、気にかけてくださる貴族の方がいらっしゃることを大変うれしく思います」

「まあ僕も教会の手伝いじゃなかったらやってなかっただろうから、その謝辞は教会の人たちにするといいのではないかな」

「そうですわね。そうします。ちなみにスラム地区の復旧もお手伝いされているのですか?」

「したいとは思っているのだけどね。なにが喜ばれるか分からなくて」

「そうですわね。川から水を引く……のは大変すぎますから、手軽なところですと、温かい食べ物や衣服でしょうか。おそらく、話し相手になるのとかも喜ばれますわね」

「なるほど、そうなのか。ありがとう。次の休みに行ってみるよ。よければ君も」

「申し訳ございません。その日は予定が埋まっておりまして、その次でしたら」

「うん、そうだね。そもそも危険な場所に君を誘うべきではなかった。また誘いに来るよ。それまでパートナーの座が空いていたら、僕はとても嬉しい」

「ええ、今のところセルン様が一番魅力的ですわ」


「――という話をしたんだけど、どう思いますか?」と後でエルミナに尋ねる。

「お名前は存じておりますが、わたくしもすべての貴族に詳しいわけではありませんのよ。特に王都外は。でも少しいけ好きませんわね。あなたの語りの中に出てきた彼がいけ好かない、というだけのような気もしますが」

「私もあんまりなんだけど、教会の活動には結構興味があって。昔手伝ってたこともありますから」

 なんて話をしていたら、エルミナと一緒にスラムに遊びに行くことになった!


*****


「昼間に来たのは二度目ですわ」と深くフードを被ったエルミナがいう。

 その美しい金髪は、スラム中で最も浮くものの一つだから、泥でくしゃくしゃと汚した上で、深く深くフードを被ってもらっている。

「エルミナってもっと忙しい人なのかと思ってました」

「先日までわたくしが忙しかった理由のほとんどは、ソフィ・フィリアにありましたのよ」


 来るときは、ソフィ元会長の掘ったトンネルの一つを使った。あの事件のあとにエルミナが内々に調べたことだが、王都にはありとあわゆるところにトンネルが通っているようだった。いくつかはエルミナ調査団が発見したが、おそらくは他にもまだあるだろうという話だ。文字通り、王都に巣食っていたというわけである。


 せっかくなので、私がガイドをしてあげることにした。

「こちらが魔の森の入り口と呼ばれるところです。別にどこからでも入れるのですが、ここが一番森っぽくなくて迷い込みやすいので、警鐘的な意味も込めてそう呼ばれているらしいです」

 ちょっとだけ森からマユナを呼んでかわいがった。

「こちらが私がジルや他の子どもたちにお勉強を教えていた小屋です。魔の森に近いおかげで、人が来なくて重宝していました」

 徐々に人がいる方に案内していく。

「ここはずーっと火を燃やしているところです。『釜』と呼ばれています。みんなここから火を貰っていきます。火の近くは治安がいいです」

「ここが有名なゴミの山です。悪臭の一番の原因はここです。みんなが不要なものを捨てます。平民が橋を渡って捨てにくることもあるみたいです。逆にそこから使えるものを探そうと、ゴミ山の中に住んでる人もいるらしいです。四年前はあそこの木のところまでしかなかったはずだから、日々大きくなっているのだと思います」

「ここら辺はトレを吸う人たちが自然と集まってきがちな場所です。火とゴミ山が近いですからね。臭いの種類がちょっと変わるので、ゾーンに入るとなんとなく分かります」

「あれがスラム街名物の食べ物屋台です。白・黒・灰・茶の四種類のパンのメニューがあります。この屋台は面白いので食べていきましょう。こんにちは。白2、灰1、茶3、黒4ずつパンをください」

「あいよ」

「そんなに食べられますの?」


 しばらくして、パンが二つと包み紙が出てくるので、お金と交換する。

「パンは普通にまずくて硬いです。エルミナは食べない方がいいかも」

「じゃあ一口だけにしておきますわ。……かったい!」

「たまに中に虫が湧いているので、できるだけ小さく千切って確認してから食べたほうがいいです」

「先に言ってくださるぅ? この砂糖のようなものを一緒に食べますの?」

「それはトレ、みんなやってる薬物を粉状にしたものです」

 味見をしようとしていたエルミナがせき込んだ。

「先に言って……いや、言いましたわね」

「パンの色と数字の組み合わせが注文になっているそうです。黒パン以外のメニューは本当はないそうで」

「よくご存じなこと」


 ゴミ山からいい感じの容器を探してきて、底を二重にする。火を貰ってきて鍋に入れる。二重底の上からトレを落とすといい感じの煙が出るので、植物の茎で吸引する。

「巻いたり、パイプとかで吸った方が本当は絶対に美味しいんだけど、スラム流はこんな感じです」

 煙を吸って、息を止める。しばらく待ってから、吐き出す。

「あなたこれ、依存性があるんじゃなくて?」

「基本的にスラムのトレは悪性なのですが、これは割と大丈夫です。あの店主は、儲けようとかじゃなくて、単純にみんなにトレの良さを分かってほしくて、自分が良いと思えるものだけを売っているみたいですよ」

 だから私はあの店主を魔の森に放り込んではいないのだ。


「あなたがそう言うのなら……」

 エルミナが恐る恐るというように、茎を吸う。

「ああっ、もったいない。もうちょっと吸い込んだままにしてから吐き出してください」

「こう?……なんとも感じませんけど」

 エルミナが吸っている間に、私はお茶を淹れる。トレには熱々の紅茶が絶対に合うのだ。

「何回か吸ったら、たまにこれを飲んで」

「わたくし紅茶には少々うるさくてよ。あら……いいですわね」

「トレを吸ってるときに大事なのは、味ではなくて口の中の温度だと思うんです。これを分かっていない人が多いです」

「なに目線ですの?」

 そのまま二人でぼーっとトレを吸った。


「そこ、草が生えていますわ」

「ほんとですね」

「ふふ、なんでしょう。美しいですわね」

「分かります」

「雲の流れが速いですわ」

「分かります」

「………………」

「……………………」

「………………」

「……………………」


「なくなりそうですわ。なんと注文すれば買えるの?」

 エルミナがフードを被ろうとするのを引き留める。

「ほら、私の吸っていいですから」

「あら、ありがとう」


 ゴミ山を背に、火を囲んで、友だちと煙を吸う。

 楽しいな、と感じる。


「これって門の中でも買えるのかしらね」

「たぶん。でもここで吸うから全然気にならないけど、酸っぱい臭いが付くから入浴前とかじゃないとバレると思います」

「残念ですわぁ」

「闇魔法で臭いだけを削れないかな」

「そんな器用なことはできないでしょう。でもアイデアとしては面白いですわね」

「臭いも目に見えないくらい小さな物体なんだってユナちゃんが言ってました」

「前々から思っていましたけど、あなたの妹も独特な視点を持っていますわよね。まあ、あなたの妹だからなんでしょうけど」

「私がユナちゃんから影響を受けてたりもしますね」

「一度きちんとご挨拶したいものですわ。あなたの侍従としてではなく、あなたの妹として」

「もし私になにかあったらユナちゃんをお願いします」

「承りますわ。もっとも、あなたに何かがあったときは、わたくしにも何かがありそうですけれど」

「それもそうですね」

「わたくしね、あなたと親しくなってからよく想像しますの。わたくしがこの国の権力を掌握したとして、多くの反発が予想されます。ですから――」

「一心に憎悪を背負い悪役となったエルミナ・グルナート公爵様を聖女である私が討ち果たして溜飲を下げる?」

「……お見事」

「聖女ですからね」

「でも今やめましたわ。あなたが嫌がりそうですもの」

「そうそう。そういうの超迷惑です」

「だから二人でやり遂げましょうね。あるいは失敗したら、二人で落ち延びましょう」

「そうですね。志は高く、だけど楽しく生きていきましょう」

 ヒビの入ったコップに、冷めたお湯を注いで乾杯をする。

 なににだろう?

 きっとこれまでと、これからのすべてに。


「「乾杯」」

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