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竜の吐息のように熱く

 翌朝、二番地区に行くと見せかけて、三番地区に向けて出発した。


 リュカはそういうのが大好きだし、カイも二番地区に出るような兎サイズの魔獣では物足りないから、全員合意の上だ。観察官は怒るかもしれないけど定時までに戻ればバレようがないし、ロス先生はたぶん全然気にしないと思う。あの人は魔法にしか興味がないからな。

 とはいっても、三番地区に抜けるためには結局二番地区を抜けないといけないから、一応そこで実践的な連携の確認はしておいた。いい感じだ。


 地図上では三番地区に入ってしばらく谷の方に進むと、初めての中型魔獣に遭遇した。

 三匹の群れ。狼型。魔の森に湧きがちなやつよりもシュッとしていて素早そう。

 襲ってきた魔狼の爪をカイが剣で弾く。残り二匹に向けて放ったリュカの氷柱は、木を盾にされた。知能がある。

 私が魔剣で木々を削り取ってリュカに魔法の道を作る……のはいいんだけど、私が邪魔で魔法を撃てなかったようだ。なるほどね。

 カイが剣に火を宿す。エルミナがうずうずしている。

 火剣が群れの攻撃を怯ませる。

 反対側に回り込んで、闇を放つ。

「ディクレーエ!」

 魔狼の周囲を削り取りながら、リュカの両脇を闇が抜けていく。

 視界が開けたリュカが、火と風を組み合わせて、魔狼たちの足元で爆風を起こす。

 宙に浮いて機動力の落ちたその瞬間に合わせて、二匹をエルミナのヒカリが貫く。

 残りの一匹を、カイの火剣が両断した。


「いやぁ、ステラに削り殺されるかと思ったよ」

「私も岩の破片で穴が開くかと思った」

 リュカとハイタッチを交わす。

「なかなか良かったのではなくて?」

「一撃目を火剣で受けたかった」

「私も、私が邪魔で撃てなかったときあったよね? あれは良くなかったな」

「ステラだから撃っちゃっても大丈夫かなーって思ったんだけどね。結局射線上にいたからさ」

「実践を積まなければ得られないこともある」


 確かに、きちんとパーティで魔物と戦ったのは初めてだ。正直、聖魔法が使えない人たちはどうやって魔物に対抗しているのだろう、と思っていた節があったのだけど、たぶんこっちが正規の戦い方なのだろう。みんなで協力して、火や風や水や土で工夫しながら。私って全然何も知らなかったんだな、と感じる。

「休む必要はありまして」

「まだまだ」「問題ない」「いけます」の声が重なって、私たちは三番地区の奥地へとさらに歩みを進めた。


 道中の私たちは、どんどん連携が良くなっていった。一人ひとりが四人とも個別に戦うのと比べて、倍以上の力が出せるようになったように感じる。カイは火剣の点火が早くなって、初撃をフィニッシュとしても使えるようになったし、リュカは仲間が近くにいるときに最大どの程度まで巻き添えにせずにいられるかという火力の見極めが上手になった。エルミナはヒカリを撃つまでの速度と正確性が上がったし、私はといえば俯瞰した立ち回りができるようになった。私以外の全員が魔物をしとめるための一撃を持っていて、あるいは誰かの補助をしながら、その局面を作れるようにサポートし合う。チーム! って感じがする。


 魔人未満のあらゆる大きさの魔物を消滅させ、帰路につこうとしたときにそれはやってきた。

 やってきた、というよりも出会ってしまった。もっと正確にいうと、なんかいた。


 魔物ではなかったから、初めは大型の鳥類かと誤認した。

 前脚に三本の爪、鋭利な牙。尾の一振りで木々がなぎ倒れる。

 口から灼熱。大きな二つの翼。


「竜……!」


 カイが初めに認識した。

 体長はどれくらいだ……大きすぎて分からない。十五馬身かそれ以上? たぶん私を二十人繋げたとしても、向こうの全長の方が大きい。


 万が一、竜に遭遇した際に行うべき対応には諸説ある。

 光る物を置いて、そっと後ろずさること。

 全力で竜と垂直方向に走ること。

 死んだふりをすること。

 目を合わせたまま、竜が立ち去るまで絶対に動かないこと。


 なんでこんなに言っていることがバラバラなのかというと、「ドラゴン」の存在が空想的だからだ。「竜を前にしたかのような」「竜の吐息のように熱く」「寝た竜を起こす」なんて表現は多々あれど、きっと誰も見たことがない。女神様と同じで、〝姿かたちはなんとなく知っているけど実在するとは思ってない〟のが竜だ。


 だから今の私も、単に魔阻要因で大きく育ったトカゲか鳥なんじゃないかという気がしている。……気がしているはずなのに、この場を動けない。今動くのは正しくないのではないか、と本能が警告している。トカゲからは決して感じ得ない死への隣接を感じている。


「散開!」


 声をひねり出して叫んだ。

 今私たちがいた場所に、灼熱のブレスが飛んできた。

 この時点で、交戦しないルートは消滅した。仮に私たちが逃げたとしても、竜は追ってくる。お遊びのような挨拶がてらのブレスが、獲物に対するマーキング行為だと直感的に理解できる。

「ディクレーエ!」

 エルミナが聖魔法縛りをやめて闇を飛ばす。当然だ。魔物でないのだから聖魔法が効かないし、手加減をして勝てる相手でもない。

「ディクレーエ!」

 私も合わせて闇を飛ばす。

 闇は硬い鱗に阻まれて、ダメージを入れることができなかった。

「ヒカリ」

 魔物を竜だと誤認している可能性はあるから、念のために確認だけはしておく。予想通り、聖魔法は意味がない。これは魔物ではなく純然たる生物だ。

「ディクレーエ、エラプティオ、アクス」

 複数の闇魔法を連続的につなげている。流石エルミナ、闇魔法の先輩だ。

 しかし闇爆発も、その後の闇針も効果はなかった。

「イクプロシオ!」

 リュカの火球が風魔法と合わさって最大級の爆発を起こす。私とエルミナの闇障壁で、カイを保護する。

「アクエロ!」

 ドラゴンの頭上から水が降る。

「グレイシオ!」

 ドラゴンの鱗にまとわりついた水が氷結する。

「ハァァァァあああああ!」

 カイの火剣。動かなくなっていた右翼を、氷ごと切り落とした。

 ドラゴンの尾が鞭のように着地したカイを狙う。

「「ムルス!」」

 二人の闇魔法の声が重なる。

 尾の一撃を二重障壁が防ぐ。

「リュカ! 魔剣試させて」

「あいよ!」

 リュカが風と雹でドラゴンの目くらましをする隙に接近する。

 周囲の木々を足場に、光魔法の身体強化で跳躍。上方から斬りかかる。

 少し削げた!

 いや、でもこれは闇魔法ではなくて純粋に剣が通ったのか。

 などと考察する間もなく、ドラゴンが呻く。

 口が開く。灼熱が、来る!

「僕の後ろに!」

 リュカの後ろに入る。

「ウィンデイクプロシメテオ!」

 放たれた灼熱のブレスを、最大級の火球が相殺する。

 爆風。

「スピナ!」

 地面から伸びた棘状の闇が、ドラゴンの口内で炸裂する。

 それを見て私も、

「ディクレーエ!」

 今度は口内に向けて。鱗が固くても、口内には闇が通る!

「グレイシオ!」

 地面にたまっていた水が、氷柱のように下からドラゴンの首に刺さる。

 氷を解かすブレスのために、もっとも首が膨らんだ瞬間、鱗に隙間ができた瞬間に、

「火剣――ッ!」

 ものすごい音がして、

 ドラゴンの首が地に落ちた。


 静寂。


 ドラゴンの身体構造なんて誰も知らないから、首を落としただけで死ぬのかが分からない。


 静寂。

 ドラゴンは息絶えていた。


「う、うおおおおお!」

 カイが勝利の雄叫びを上げる。

 リュカとハイタッチ。エルミナも加わった。

「ヤバげなものを、意外とあっさり倒せましたわね……」

「でもあっさり倒せてなかったら、私たちがあっさり倒されてましたよ、きっと」

「ね! ね! 僕たちって結構すごいかも!」

「オレが落とした……。ドラゴンの首を……」

 盛り上がってたら緊張の糸が切れて、急に疲労が来た。

 みんなもそうだったらしく、へろへろと座り込む。

「三番地区危なすぎじゃない? こんなに普通にドラゴンがいるの? というかこれドラゴンですよね?」

「ドラゴンですわね」

「実は秘密にされてるだけで普通にいるのかな?」

「少なくとも騎士団でそんな話を聞いたことはない」

「僕もかなー」

「わたくしが知らないのですから、おそらくその事実はありませんわ」

「ドラゴンって巣?」

「知らない」

「だよねえ」


 しばらくみんなで色々話した後、思い思いにドラゴンの死体を観察していると、エルミナが近づいてきた。

「ステラ、気づいていまして?」

 エルミナが耳元でささやく。

「あの鱗ですか?」

「流石ですわね」

 闇魔法が私のへろへろの剣よりもダメージを与えられていなかった。

「あの鱗を使って鎧を作られたなら……」

「私たちの闇魔法が対人で効かなくなる」

「それはかなりよろしくない可能性ですわ」

「ねえ、エルミナー、ステラー、それでこのドラゴン、どうするー?」


 持って帰って鱗を研究されるわけにもいかないし、そもそも動かせる大きさじゃない。だけどここに放置したなら、理論上、そのうちきっと魔竜化してしまうだろう。


「リュカ燃やせる?」

「どうかなー。大きいかなー」

「オレが解体しよう」

「できるの?」

 やった方が早い、と言わんばかりに、カイが自身の何倍もあるドラゴンを舞うように解体していく。

「何事にも、斬ることのできる刃の角度が存在する。生物がなかなか斬れないのは、それが動いているからだ」

 三人で「おー」と拍手で讃える。


 小さくなった肉片を積み上げて、リュカが苛烈炎で焚き上げる。風魔法との混ぜ方で炎の温度を上げる方法を学んだらしい。ドラゴンだったものは、ゆっくりと骨の欠片へと還った。

 立ち上る煙を眺めながら。焚き上げる前に取り分けたドラゴンの肉をかじり、生きて、そして死んでいった強大な生物に、ほんの少しの思いをはせた。

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