夜に光を見る③
「マユナ!」
闇からマユナを呼び出す。
でも召喚したところで……という感は否めない。さっきは私とマユナとエルミナ様で一体倒した。まあ二体ならいけると思う。倍頑張ったとして四体。いや、むしろ逆にいける気がしてきた。
「わたくしたちが察知されていたおかげで、この魔人たちがまだ街に放たれていない、と考えるならば、きっと正しい選択だったのでしょうね」
エルミナ様が論理で自分を奮い立たせている。育ちの差が出ましたわね。
「奥の手みたいなのってありま――」
言いかけたところで、こつん、こつんと第三の足音が入った。
「あら、ごきげんよう。ソフィ様。こんな時間にお会いするなんて、奇遇ですわね」
エルミナ様がわざとらしく丁重な挨拶をする。
「ごきげんよう。エルミナ様。今宵の舞踏会はいかがですか?」
上階からソフィ・フィリア・ツー・ウォルツ生徒会長が答える。
「ええ、楽しんでおります。ご紹介しますわ。こちら、エスコートのステラ様です」
「こんばんは、ソフィ様。素敵なお屋敷へのご招待、まことにありがとうございます」
「相変わらず、あなたの振る舞いは優雅ですね。ダンスもお得意なのかしら」
「華麗に舞えますよう、善処いたします」
「それは楽しみですね」
「エルミナ様」と小声で声をかける。「あの人の相手一人でやれますか?」
「無茶をおっしゃる」
私はソフィ会長の魔法を見たことがない。でも四大公爵令嬢で生徒会長で第一王子の婚約者で四属性にない雷魔法を使えて魔人を待機させられる人間が強くないはずがない。だけどおそらく全ての人生で、エルミナ様はこの時期にソフィ会長を殺害している。エルミナ様は知らないだろうけど、ソフィ会長を殺すことにかけてエルミナ様に勝る人間などいないのだ。
「やります。やりますわよ」
「期待してます」
「ステラこそやれますの?」
「任せてください。これでも聖女なんですから」
剣に聖魔法を付与する。
瞬間、上から何かがピカッと光る。エルミナ様の影が伸びて私の前にできた壁に穴が開いた。なるほど、これが雷魔法。
初見でこれは無理だ。エルミナ様が守ってくれなかったら、私は即死していただろう。
「ほうら、楽しい舞踏のお時間ですよ」
「ならばまずはわたくしと踊っていただけますのっ――!」
エルミナ様が足元から生やした闇を光魔法で相殺しつつ、その反動で上階まで跳ね上がる。
そっちはまかせましたよ。
「さて、私は……」
六体の魔人が得物を見定めるようにゆっくりと円を描く。形は人に近いけれど、魔の森で戦ったのと違ってここのは四足歩行で獣のようだ。人間が道具を使うために二足歩行になったとするのなら、道具を使わない魔人に最適なのは四足なのかもしれない――ねッ!
影から跳ねて、聖剣で正面の魔人に切りかかる。手前の一体の腕を落とした。跳ぶ。
数瞬前にいた床に大きなひびが入った。くるりと回転しながら、聖剣を一回転させる。迫ってきていた魔人の指を発散させた。
舐めるなよ、私は聖女だぞ。
次の一振りで剣への聖光付与が切れる。
触れる闇を手当たり次第に祓っている分、こちらの切れも早い。
魔人の一撃をただの剣で受け止める。体格が違いすぎる分、壁まで弾き飛ばされる。
いや、全然オーケー。踏ん張っていたら囲まれていた。
迫る魔人をマユナが体当たりで弾いた。ナイス。
後頭部から血が出ている。治癒するのとそのリソースを剣に回すのとのどちらが最適かを一瞬考えて、頭の怪我は放置する。聖光付与。自身にも光魔法付与。身体能力だけは底上げを維持する。
「アカリ」
聖光粒子が降り注ぐ。
こんなものが魔人に効くとは思わないけど、詠唱魔法を軽んじてくれたら儲けものだから一応撃っておく。
魔人が聖光粒子に気を取られた隙に、戻ってきたマユナの背中に騎乗する。
ジャンプ一番、魔人たちの中央に突っ込む。上からの魔人の拳をマユナの背中で防いで、私はマユナの裏に潜る。マユナの胴の下から転がり出て、ぐるんぐるんと聖剣を振り回す。三体の足を削いだ。
「抜けて、マユナ!」
マユナの胴にしがみついて、群れの中を脱出する。私はしがみついたまま詠唱。
「レヴァレイション」
宙に現れた七つの光剣が降り注ぐ。
核に刺さった三体が完全に消滅した。
魔力をごっそり持っていかれて、マユナに掴まる握力がなくなる。慣性によって床をごろごろと転がった。
「………………」
今ので三体だけ!?
完全に魔力効率を誤った。消耗とリターンが見合ってない。
私の体力魔力はもはや二割もない。「ステラ」どころか「レヴァレイション」も打ち止めだ。対して魔人はあと三体。二体は足がないけれど、一体は指以外全部そろっている。
「ディクレーエン」
聖光を鳥の形にして二羽飛ばす。動けない魔人二体を処理。
残り一体、体力残り5パーセント。
マユナを影に戻す。
体力10パーセント。マユナの維持に使っていた分の魔力を回復したけど、出すときの方が魔力を使うから今日はもう出せない。
正真正銘の一対一。
「ッ……ぐウッがッ」
魔人に殴り飛ばされる。
その衝撃で骨が何本か折れて、壁にぶつかった衝撃でまた少し折れた。
両腕と左足が使い物にならない。
片足で立ちあがって、右腕だけ治癒する。
そういえば剣がどこかにいってしまった。
朦朧としながら、どうせ使えない左手の指を一本嚙みちぎって、右手で握る。
私に無から聖剣を作れるほどの技量はない。薬指だったものを剣に見立てて聖光を付与する。くらえっ!
「…………あー」
やっちゃった。
跳びかかってきた魔人の右肩から下を削いだけど、核に至らなかった。魔人は消滅しない。
聖光が切れる。
魔人が残った三本指で私の首をつかむ。
息ができない。魔素を取り込めない。首の骨がみしみしと悲鳴を上げている。
手も足も、もう動かない。
自らマユナに食べさせたことはあったけど、思えば魔物に殺されるのって初めてだ。聖女として、実に不名誉で残念なことである。いつもは人間に殺されているからな。
「がはっ…………」
敗因があるとすれば、それは闇魔法を習得したことかもしれない。光と闇は対の概念だ。魔法が闇側に少し寄るのなら、当然その分、対魔物には弱くなる。対人の力を手に入れたおかげで初めて魔物に殺されるというのは、なんというか寓話的な話だ。
そう考えると、エルミナ様はいつもより対人能力が下がっているかもしれない。それでもあの雷魔法が私のところに飛んでくることは一度もなかった。きっと上手くやっているのだろう。
「…………ぐ」
これからエルミナ様はどうするだろうか。
たぶん聖女の死をウォルツ家のせいにして、グルナート家一強の時代を作るだろう。
第一王子の婚約者枠が空くから、私以外の女で婚約破棄破棄をしてお妃様の座につくかもしれない。もちろん、そのままこの国を手中に収めるだろう。
彼女の人となりを多少知ったから、その未来がそんなに悪いものだとも思わない。ユナちゃんやジルのことだって、きっと気にかけてくれるだろう。
一つ嫌なことがあるとすれば、それは婚約破棄破棄をする相手が私ではないことだ。
今だから想像できる過去だけど、おそらく婚約破棄破棄は彼女の学園時代における一つの集大成、「詰め」にあたる部分だ。それを最前列で見られないというのは、なんだか悔しい気がする。
今後の彼女の活躍を見られなくて悔しい。この場を任せてくれた彼女の期待に応えられなかったことが悔しい。
死ぬときに「悔しい」と感じるのはいつぶりだろう。
いつも最期は虚無感だった。「助けて」と思いながら、だけど助けが来ないことは知っていて、無気力と絶望だけが支配的だった。ユナちゃんには「自分で切り拓くもの」なんてカッコいいこと言ったけど、あれは死に際していない状態だから口にできる軽い言葉だ。
実際に死ぬ瞬間というのは、なにか巨大なものに押しつぶされたみたいに手も足も感情も動かなくなるものだと思う。
だけど今回は「悔しい」という気持ちでいっぱいだ。だからきっと、今生は充実していて、楽しかったのだろうな、と思う。
さようなら、エルミナ様。もし次の人生があったなら、最速でお友だちになりにいきますからね。それで最速でソフィ会長をぶっ殺しましょう。
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…………………………。
……………………。
「リンフォーレ!」
身体がどさりと床に落ちる。
「ちょっとあなた! 勝手に死なないでくださるぅ!?」
発散するまもの。
彼女が闇のつばさで上階から降りてくる。
降り注ぐのは光の雨。
金色の髪が、光を反して輝いてみえる。
「……………」
なにか気の利いた返事でもしようと口を開いたら、
感情が言葉にならないことに気がついて、
ただただ涙があふれてきた。




